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見えない刺青  作者: ゆずさくら


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 放課後、晶紀と知世が保健室の扉を開けると、中にクラスメイトの木村かなえが立っていた。

「かなえちゃん、どうしてこんなところにいらっしゃったのですか?」

 晶紀は木村かなえの姿をじっと見つめた。髪はボブ。右目の下に涙ボクロがあった。印象が薄い感じがする。

 袋に入った長い棒と、大きな巾着袋のようなものが足元に置いてある。

「ちょっとね。佐倉先生に呼び出されたんだ。知世と晶紀はなんでここに?」

「私たちも佐倉先生に呼び出されたみたいなものだよ。それより、木村さんのその荷物って……」

「うん。剣道やってるんだ」

「えっ?」

 知世がものすごい形相で驚き、自らの胸を左手で押さえた。

「知りませんでしたわ。一年の時から同じクラスだったにも関わらず……」

 息が苦しいと言った様子で、体を屈めて激しく呼吸を繰り返す。

 木村が腰に手を当てて、少し体を反らせるように立った。

「なんで知世が知らないのよ。いっつもこんな荷物持ってたでしょ?」

「けど、剣道をやっているというのは一言も聞いたことは……」

 木村が首を傾げ、顎に指を当てて、言う。

「う~ん、確かに『剣道』という言葉は出さなかったかも。けどわかるでしょ? この荷物なんだから」

 その時、ガラガラと引き戸が開く音がした。全員、一斉に保健室の入り口を振り返る。

 そこには佐倉が立っていた。そのままの位置で、中にいる人物を一人一人確認する。

「おう、そろったな」

 佐倉が大きな巾着袋を放り投げる。

 投げられた晶紀は何とかそれを受け止める。

「な、なに?」

 それはかなえの足元にあるものと同じようなサイズと恰好をしていた。

「防具だ。二人とも防具を付けたら武道場に来い」

 佐倉はそう言って保健室の扉を閉めた。

 そうかと晶紀は思った。昨日の木刀を持った道着の女は『木村かなえ』だったのだ。

「へ? 武道場、そんなのあるの?」

 晶紀は場所が思いつかず、知世を振り返る。

(わたくし)も武道場というのは初めて聞きました。真光学園内に『武道場』って……」

 知世がかなえの方を振り返ると、晶紀もかなえを見つめた。

 二人の視線に気づいて、かなえは少し考えるように時間をとってから言った。

「えっと…… あるよ。あるけど、きっと」

 言いかけて言葉を飲み込んだ。

「何か問題でもあるのか?」

 晶紀がたずねると、かなえは俯いた。

「……私のトラウマが」

『トラウマ?』

 晶紀と知世の声がシンクロする。

「どういうことよ」

「そんなに簡単に言えないから『トラウマ』って言ったの」

 かなえは、そう言って黙ってしまった。

「まあ、なんでもいいや。これの付け方を教えてよ、これつけて武道場に行かなきゃ」

 晶紀はかなえにそう言ったが、

「イヤ! つけてもいいし、付け方を教えるのはいいけど、あそこに行くのは嫌」

 と、拒絶されてしまった。

 おそらくかなえに『剣道を教わる』ことが佐倉のやりたいことだ。自分が防具をつけても、かなえがこのまま『トラウマ』とやらで武道場に行って、訓練をしないと自分は昨日の『かなえを取り込んだ霊』に勝てない。晶紀はそう思って、鞄から神楽鈴を取り出した。

「ごめん。時間がないんだ」

 鈴が次々と音を立てながら、かなえの視野の中で右から左へ動いていく。

 最初の鈴の音から端に来た時に鳴っている鈴までの間に、かなえは瞼を閉じていた。

「おっと」

 晶紀が脱力したかなえを抱きとめた。

「知世、悪いけど椅子を持ってきて、そこの背もたれのあるやつ」

 知世が持ってきた椅子にかなえを座らせた。

 眠ったように目を閉じ、体全体から力が抜けている。

「かなえちゃん? 聞こえたら返事して」

 知世が晶紀の左手を取って小声で言う。

「(ぐっすり寝ているようですわ。返事はしないかと)」

「キコエマス」

「!」

 知世はびっくりして晶紀の腕にしがみついた。

「真光学園に武道場があるでしょ。でも生徒は武道場の場所を知らない。これどうしてかな?」

「ソレハ」

 かなえは黙ってしまった。

「それはどうしたの? 言ってみて」

「(これ、どういう状態ですの?)」

 ぐったりと椅子で寝ている香苗を指さす。

「(催眠状態みたいなものかな。これでトラウマになる部分を全部吐き出してもらって、心すっきりになってもらうって術だよ)」

「(話してもらえばいいのですか?)」

「(話してもらえさえすればね)」

 しかし、催眠状態とは言え、心の奥底で封印されているようなことはなかなか話せるものではない。晶紀は腕を組んで考える。

「かなえ。お前が武道場を使えなくしたんだな?」

「(晶紀さん、突然何言ってるの?)」

「(はったりだよ)」

「チガウ!」

 ぐったりした体から、強い口調でそう言葉が発せられた。

 その反応から、晶紀はかなえが武道場を使えなくしたのは間違いなさそうだと思った。 

「剣道が嫌いだった。だから、武道場に火をつけた」

「ソンナコト、ゼッタイニ、シナイ。ケンドウハ、ワタシノイキガイ」

「かなえ。話してくれ。どうして武道場が使えなくなった?」

「ソレハ…… イエナイ」

 保健室の扉が開き、佐倉が現れた。

「遅いと思ったら……」

 晶紀が佐倉に素早く近づく。そして小さい声で言った。

「(かなえが協力してくれないんだ。武道場が使えなくなった理由が分かれば、かなえのトラウマが消えるような気がするんだけど)」

 晶紀がなぜ小さい声で言ったのかを考えないのか、佐倉は普通の声で答える。

「武道場は、『なぎなた』とか『剣道』を生徒に教えるために作ったんだが、近年、保護者や生徒の評判が悪くて授業からなぎなたや剣道がなくなった。無くなった後も部活としての剣道部があったんだが、一昨年(おととし)だったか、顧問の長坂先生が学校を辞めてから、指導する人がいなくなって剣道部が廃部になったんだ。それ以降、生徒も教師も武道場を使わなくなった。そのせいで、誰も武道場だ、という認識がないのだろう」

「長坂先生?」

「学校側が、警察官で現役バリバリの剣道家だった長坂さんを警察から学校の部活の指導者としてスカウトしてきたみたいだな」

「……」

 それだけの話なら『かなえ』のトラウマにはならないだろう。顧問の先生が辞めたことか、廃部に深く関連があるとしか思えないが、ただ一昨年だとすると、かなえが学校に入学する前の話になってしまう。

「かなえ。かなえが剣道部の顧問の長坂先生を辞めさせたんだな?」

 晶紀は完全にヤマを張っていた。

「チガウ! ワタシノセイジャナイ」

 動揺した『かなえ』の反応をみて、晶紀はヤマが当たったと判断して続ける。

「切っ掛けの一つではあった」

「……」

「かなえ、本当のことを話してくれ。長坂先生が辞めて、剣道部が廃部になった。そのせいで完全に武道場が使われなくなった。そうなんだろ?」

「ナガサカセンセイ……」

「かなえ」

「ワカッタ。ホントウノコトヲハナス。ワタシ、ニュウガクマエカラ、コノガクエンノケンドウブニカヨッテイタ……」

 かなえは流れるように話始めた。

 真光学園は剣道部を強くする為、七年前から長坂先生を剣道部の顧問にし、剣道の強い生徒を集めていた。

 はじめの二年間は、学園にいた生徒を鍛えただけで、大して成績は伸びなかった。だが、警察官時代に全国に名を轟かせた長坂先生が声を掛けると、生徒は真光学園に入りたいとやってくるようになった。そんな長坂先生が選んだ生徒を積極的に取ることで、三年目から都の代表を、四年目からは全国を狙えるレベルに急成長したそうだ。真光学園はそんな剣道の強豪になっていた。かなえも中学三年の時、長坂先生から声を掛けられ、真光学園の武道場で剣道部の練習に参加することになった。

「コウコウノゼンコクレベルガ、ワタシイカダッタ」

「えっ?」

 『私以下だった』と言ったのだろうか。晶紀は考える。かなえがそんなに強い生徒だったのだろうか。確かに、女子は高校ではすでに体の成長が止まっていることが考えられるが、だからといって中学より高校の全国レベルが落ちるとは考えにくい。

「ショウジキ、ゲンメツシタ。ワタシハ、ソノコロチチノモトデ、ダンシダイガクセイトレンシュウヲシテイタ」

 やはり相当強い選手だったということだ。父親がすごいのか、かなえに才能があったのか。

「けど、それと武道場が閉じたこととどう関係するの?」

「チュウガクサンネンセイニタタキノメサレタ。ケンドウブノブインハ、ヒトリ、マタヒトリトヤメテイッタ」

「かなえは先輩達が辞めるのを、とめなかったの?」

 部活は一人でやるものではない。強い者だけが残れば成り立つというものではないのだ。

「ヤメテイクセイトニ、ナガサカセンセイガコウイッタ。『ワタシガキムラニカッタラモドッテキテクレ』」

「かなえが長坂先生と試合するってこと?」

 ぐったりしている『かなえ』が、その問いにうなずくことはなかった。

「ソノシアイハ、ダイダイテキニセイトヲアツメテ、オコナワレタ」

「まさか、そんな観客の前で……」

「シアイハ、ワタシガカッテシマッタ。ケッカトシテ、ドウジョウヤブリノヨウナカタチニナッテシマッタ」

「それで廃部に」

 晶紀の体は、寒くないのに寒気を感じたように震えた。話を聞いただけの想像でしかないが、おそらく木村かなえは『鬼のように強い』果たして自分が本人に教わったとして、勝てるのだろうか。晶紀は思った。こんなに強い女性剣士と闘ったとしたら、昨日一瞬で絶望したのも無理もないことだと。

「ナガサカセンセイノプライド、ゼンコクタイカイジョウレンコウノプライド。ソウイッタモノスベテ、ワタシガウチクダイテシマッタ」

 催眠状態で、無意識状態のはずのかなえの腿のあたりに、水滴が落ちた。

 涙。自分が生んでしまった残酷な結果に、泣いているのか。

「トウジノワタシハ、タニンノキモチナンカ、コレッポッチモリカイデキナカッタ。ジブンガカツコトガタダシイ、ソレシカナカッタ」

「けど、手を抜いて負けるわけにはいかないでしょう?」

「……モウヤメテ」

 泣き続けているかなえは、それ以上口を開かなくなった。

 佐倉がスマフォを晶紀に見せた。

 そこには当時の状況をしる教師からの話が表示されていた。

『木村かなえは強すぎた。そして、無慈悲だった。防具の上からとは言え、同じところを何度も叩かれた。竹刀の打突とは言え、傷ついたところを何度も打たれると、気持ちが萎えてしまう。現役の時の勘を取り戻す為、一か月も警察で練習を積んだ長坂先生を、何度も何度も打ちのめした。怪我も酷かったが、心の状態が酷かった。長坂先生は、剣道部の顧問としてのすべてを失って学校を去って行った』

 ただ勝ったのではない。相手に『もう剣道をしたくない』と思わせるほど徹底的に叩きのめしているのだ。佐倉の差し出すスマフォから『かなえ』に目を移すと、晶紀の体に、ふたたび震えがきた。

 晶紀はそう言いながら、椅子に座っている『かなえ』を後ろから抱きしめた。




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