9
――クラヴィエ家、書庫。
周囲に人がいないことを確認して、話を切り出す。
「俺の名前はノエル・クラヴィエといいます。貴女は?」
「リゼットと申します。一介の冒険者にすぎませんので、どうかお気になさらず、楽にお話しください」
恭しく頭を下げるリゼットは、年齢以上に大人びて見える。
エルフ族の成長は普人族と変わらないが、リゼットの様子を見て、精神は早熟だと言われているのを思い出した。
「そういうことなら、普段通り話させてもらうよ。単刀直入に聞くが……。昨日のこと、どこまで覚えてる?」
「魔物に追われ、腕や目を失い、死を覚悟していました。そんな中、ノエル様が現れて、常識では考えられないような規格外の魔法を行使し、私を元の姿に戻してくださったところまでです」
「つまり、全部覚えてるってことだな」
「はい。そういうことです」
スンと澄ました顔でこちらを見つめ返すリゼット。
まるで今日の天気を報告するかのような、落ち着きっぷりだ。
死にかけていたなんて言っても、信じる者は少ないだろう。
さて、どうしたものか。
頭を悩ます俺だったが、内心を察したのかのようにリゼットは口を開く。
「昨日の詳細につきましては、まだどなたにもお話ししておりません。ノエル様が御望みでしたら、この件については決して他言しないとお約束いたします」
「いいのか? どうして隠したいのか、まだ理由も話してないんだが」
「命の恩人を困らせるような趣味は持ち合わせておりませんので。……ただ、一つだけお願いがございます」
胸に手を置き、真剣な面持ちのリゼット。
前置きしつつも、やはりなにか対価を求めてくるのではないか。
唾を飲み込んで身構える俺だったが……。
「私を、この屋敷で働かせていただけないでしょうか」
「……え?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「働くって、使用人としてか?」
「はい。一度は失った命ですから。救っていただいたこの御恩を、ノエル様のお側でお仕えすることで返していきたいのです」
リゼットは淀みない声でそう告げると、恭しく頭を下げた。
「恩なんて気にする必要ないよ。それに、リゼットは魔力も持っているようだし、冒険者としても活躍してるだろう」
俺は片手を広げて、諭すように言った。
リゼットからはそこらの貴族よりも大きい魔力を感じる。
なので、勿体なく思ったのだ。
「先日Cランクに上がりましたが……。私には身寄りもなく、冒険者の仕事はあくまで生きる手段にすぎません。ですが、ノエル様にお仕えしたいという思いは心からの願いなのです」
ワンピースの裾を、小さな両手でぎゅっと握りしめているのが見える。
気丈に振舞っているが、年齢は今の俺と変わらないくらいだ。
一度は助けた相手だし、身寄りもないと言われると、どうにも情が湧いてしまう。
「わかったよ。そこまで言うなら、うちで働けるように取り計らってみよう」
「本当ですか?」
「ああ。屋敷の使用人を管理しているのは母さんだから、まず話を通してみるよ」
答えた瞬間、リゼットは安堵したように息を吐き、ぱぁっと花がほころぶような笑みを浮かべた。
先ほどまでの大人びた顔も悪くないけれど、年相応の無邪気な笑顔のほうが、リゼットにはよく似合っている。
「本当に、ありがとうございます。必ずノエル様のお役に立ってみせますから」
「無理はしないようにな。それはそれと、一つ聞きたいんだが……。昨日の傷はグレイウルフたちにつけられたものなのか?」
冒険者のランクは下はFからはじまり、EからAへと続いていく。
Cランクは駆け出しを抜けた中堅どころといった感じだろうか。
魔力を持っていることも考えれば、リゼットが下級魔物であるグレイウルフ相手にあそこまで追い詰められるのは疑問だったのだ。
「いえ、グレイウルフには逃げている途中で遭遇しました。失った瞳や腕は、別の魔物によるものです」
「やっぱりそうか。ちなみに、その魔物というのは?」
「大きな翼をもつ鳥型の魔物でした。強力な魔力を持っており、不思議なことに人の言葉を喋っていました」
「人の言葉を……」
思わずリゼットの言葉をオウム返しして、顎に手を当てる。
あり得ないことだ。
この世界の魔物に知性が無いことは、前世に散々調べ尽くしたことだった。
だが、リゼットが嘘を言っているようにも思えない。
「調べる必要があるな」
「どうやって調べるのですか?」
今度は、リゼットが訊ねる番だった。
どうと言われると、勿論前世で培った魔法を使ってなのだが……。
すでに規格外の魔法を見せてしまってるし、ここで誤魔化す意味もないか。
「今から見せる魔法も他言無用で頼むぞ」
「承知しました」
リゼットが頷くのを確認し、俺は空中に魔力の篭った指先を滑らせる。
「【眷属召喚】」
発動句を口にすると、空中に赤黒い光を帯びた魔法陣が出現した。
その中からバサバサと音を立てて、数匹の蝙蝠が飛び出してくる。
こいつは、探索用の眷属で名前をナイトアイズという。
蝙蝠の骨を媒介に、俺の魔力で肉付けした存在だが、よくある死霊術のように死体を蘇らせて操っているわけでは無い。
この世界では、前世の俺の力をもってしても、亡くなった存在を復活させるようなことは出来なかったのだ。
ナイトアイズは魂を持たない人形のようなもので、痛覚も感情もない。
危険な偵察にはうってつけの存在というわけだ。
「小さな体の中に、信じられないほど濃密な魔力が込められていますね……」
頭上を飛び回る蝙蝠を見上げながら、リゼットは頬に一筋の冷や汗を伝わせた。
それに気が付けるリゼットの魔力探知もなかなかの腕だ。
「こいつらを使って森中を捜索させる。リゼットの言う魔物も、じきに見つかるだろう」
言って、俺は書庫の窓からナイトアイズたちを放つ。
赤黒い影たちが空に散っていくのを見届けて、小さく息を吐いた。
「ひとまず、これで手は打った。あまりここで長話をしていると、また母さんやメイドたちにからかわれそうだからな。一度戻ろう」
「かしこまりました、ノエル様」
リゼットは三歩下がって俺の斜め後ろに控えた。
既にメイドになったかのような仕草に、思わず笑ってしまう。
「……なにか変ですか?」
からかわれたのかと思ったのか、不満げに頬を膨らませるリゼット。
「いや。その様子なら、メイドとしても一人前になるのは早そうだなと感心しただけだ」
そんなやり取りをしつつ、今度こそ俺たちは書庫を後にするのだった。




