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「ふう、終わったぞノエル! そっちの娘はどうじゃ!」
背後からギデオンの野太い声が聞こえてくる。
俺はポーションの中身をさっと地面に流し、少女を背負って岩陰から顔を出した。
「大丈夫です。気を失っていますが、大きな怪我はありませんでした」
「おお、それはよかった。……じゃが、ちと派手にやりすぎたかのう。魔物たちの血の匂いで、他の奴らが集まってくるかもしれん。アランのことも心配じゃし、一旦この場を離れるぞ」
「はい、そうしましょう」
周囲に散乱するグレイウルフの残骸を一瞥し、ギデオンが踵を返す。
討伐した魔物からは素材をはぎ取って換金するのが基本なのだが……。
ギデオンは国に仕える国家騎士だ。
わざわざ下級魔物の死体を漁って、小銭を稼ぐ必要はないのだろうな。
俺は少女を落とさないように背負い直す。
「ノエルよ、重ければワシが代わるぞ?」
「いえ、魔力で身体を強化しているので平気です。それに、先生も魔物との連戦で疲れているでしょう」
「ガハハハハ! なんじゃ、可愛い娘じゃから自分で背負いたいと申すか。お主も男よのう!」
「……はい?」
思ってもみなかった返事に、俺は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
たしかに少女の顔立ちは整っているが、年齢は今の俺と変らない程度だ。
仮に前世の魔物時代をカウントしないにしても、前々世でも成人してた俺からすれば恋愛対象というより庇護対象である。
「よいよい、そういうことならワシは野暮な口出しはせん。じゃが、無理はするなよ?」
「お気遣いありがとうございます」
変な誤解をされてしまった気がするが……。
ギデオンに少女を背負わせると俺が魔法を使ったことがバレる可能性がある。
俺はギデオンのからかいを甘んじて受け入れつつ、その背中を追って歩き出す。
アランと合流した後は、少女を介抱しなければいけないという理由もあり、その日の訓練は終了となった。
♦
翌日。
久々に魔力を使ったおかげか、昨夜はよく眠れた。
欠伸を噛み殺しながら自室を出ると、なんだか広間のほうが騒がしい。
「わぁ、本物のエルフだ!」
「お肌真っ白ですっごく可愛いー!」
「髪の毛もサラサラですよっ!」
様子を見に行くと、我が家で働く若いメイドたちが一人の少女を取り囲んでいた。
エルフ族特有の尖った耳に、流れるような銀髪。
間違いない、森で出会った少女だ。
汚れていた軽鎧は脱がされ、今はゆったりとした白い麻のワンピースを着ている。
メイドたちによって手厚い世話を受けたようだな。
小柄で可愛らしく、はしゃぐのも分からなくもない。
当の本人は物静かで、されるがままになっていた。
「あらあら、皆さん」
苦笑交じりに割って入ったのはエリーゼだ。
「いくら珍しいからといって、病み上がりの子の周りで騒ぎ立てては駄目ですよ。さぁ、お仕事に戻りましょうね」
エリーゼの言葉に、メイドたちが「はーい……」と名残惜しそうに散っていく。
残された少女は、母さんに向かって丁寧に一礼した。
その仕草はどこか気品すら感じさせるもので、不思議と目を惹きつけられた。
「ふふっ、驚かせてごめんなさい。……あら、ノエル。起きてきたのですね」
俺の姿に気づいた母さんが手招きをする。
二人のそばまで歩み寄ると……。
昨日とは違い、欠けることなく揃った少女の蒼い双眸が、じっとこちらを捉えた。
そして、俺が声をかけるよりも先に、彼女は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。助けていただいて」
それが、少女の放った最初の一言だった。
「どういたしまして」
相槌でも打つように返事をする俺だったが……。
待てよ、この少女は昨日のことをどこまで覚えているのだろう?
気絶したタイミングから考えて、自身が欠損していたことは知っていそうだ。
とにかく、確認しないとな。
「昨日のことで聞きたいことがあるのですが、二人で話せませんか?」
「わかりました」
俺がそう切り出すと、少女は頷いてこちらに歩み寄る。
その様子を眺めていた母さんは、口元に手を当てて「あらあら」と声を漏らす。
「もう二人きりでお話ですか? ノエルも隅に置けませんね」
「……母さん、変な誤解はやめてください」
昨日のギデオンとの会話が思い返される。
元々娯楽の少ない世界なので、この手の色恋沙汰には敏感なのは仕方がない部分ではあるが……。
こういう勘違いは、巻き込まれた相手にも無用な気まずさを与えてしまうから嫌なのだ。
今は少女も目覚めた状態だし、一応否定の言葉を口にする俺だが。
エリーゼの背後では、仕事に戻りかけたはずのメイドたちが、期待に満ちた目をこちらに向けていた。
居心地の悪さを感じつつも、それを無視して歩き出す。
「照れてしまいましたか。うふふ、邪魔をしてはいけないですね」
エリーゼは楽しそうに笑うが、今度こそメイドたちを引き連れて広間から去ってくれた。
少女を引き連れた俺は、誰かに盗み聞きされないよう書庫へと場所を移す。
壁を埋め尽くす蔵書が音を吸収してくれる上、内側から鍵もかけられるこの部屋は密談にはうってつけなのだ。




