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流れるように移り変わる景色。
視界の端にちらりと見えたのは、驚いて走り去るジェットラビットだ。
素早いことで有名な魔物を、俺はひとっとびで追い越していく。
前世と比べると身体のスペックは落ちているが……。
やはり、この世界で大事なのは魔力だ。
量と技術が伴っていれば、十歳の身体であろうと常人離れした身体能力を発揮することができる。
そんな俺の背後から、ドスドスと重たい足音が追いかけてきた。
「こら、ノエル! 待たんかいっ!」
振り返ると、ギデオンが少し息を切らしながらも俺に追従していた。
さすがは【七聖騎士】というべきだろうか。
先ほどの入口付近とは違い、奥に進んだこの辺りは樹々が生い茂げっている。
そんな山中をこれだけの速度で走るのは、かなりの技術がいるはずだ。
「先生、足速いですね」
思わず感心の言葉が口から漏れる。
「そっくりそのまま、ワシのセリフじゃっ! お主と出会ってからまだ半日も経っておらんというのに。いったいどれだけワシを驚かせれば気が済むんじゃ!」
声を大にしてツッコミを入れてくるギデオン。
いやいや、俺だって出来れば自重したいとは思ってはいるのだが。
保身のために他人を見捨てるほどクズでは無いということだ。
「えっと……必死だったもので。そういえば、兄さんはどうしたんですか?」
俺は誤魔化し半分に尋ねる。
魔力を持っているとはいえ、アランを森に一人残してくるのは危険だ。
ギデオンは呆れたように息を吐きつつも、俺の問いに答えてくれた。
「アランなら心配いらん。丁度近くに【聖域】があってな。そこで待つように言ってある」
「なるほど、それなら安心ですね」
聖域というのは魔物が近寄れない結界のようなものだ。
人の住む村や街は大きな聖域がある場所に作られるわけだが……。
この聖域は世界のあちこちに自然発生しているものなので、こうした森の中にも点在している。
ここがRPGゲームの世界だったら、セーブスポットも一緒に設置されているような安全地帯だ。
「しかし、本当に襲われている人はいるのかのう?」
「もう着きますよ、見て下さい」
首をかしげるギデオン。
俺はピタリと足を止めて、前方に視線を送る。
そこは樹々が開けた、少し広い空間だった。
「グルルルルル……!」
低い唸り声を上げているのは、三匹の狼型の魔物――【グレイウルフ】だ。
鋭い牙と爪を持ち、狼らしく集団で敵を襲うのが特徴。
身体を覆う漆黒の毛並みは刃を滑らせてはじき返す天然の鎧となっている。
魔物の区分でいえば下級クラスだが、そのなかでは強いといった立ち位置で、戦闘経験の無い一般人ではまず歯が立たない相手だろう。
そして、三匹が取り囲む視線の先。
岩陰から倒れている少女の姿が見えていた。
特徴的な尖った耳から察するにエルフ族だろう。
ボロボロになった小さな背中が微かに上下している。
まだ息はあるようだ。
「あやつらの相手はワシがする。ノエル、お主は隙を見てあの子を救い出し、これを飲ませてやるんじゃ」
ギデオンは腰のポーチから緑色の液体が入った小瓶を取り出し、放り投げた。
こいつはポーションだな。
魔力の篭った薬草から作られる薬品で、軽い傷なら一瞬で治療することが出来る。
「わかりました、お気を付けて」
俺が空中で瓶をキャッチするのを見ると、ギデオンはグレイウルフたち目掛けて突撃した。
武器も持たずにどうやって戦うのかと思ったが……。
ギデオンは両手に魔力を纏わせて、魔物達に振り下ろしていた。
どうやら、拳で語るタイプだったようだ。
ひとまず魔物はギデオンに任せて平気そうなので、俺は任せられた仕事をしよう。
ウルフたちの注意が完全にギデオンへと向いた隙を突き、俺は岩陰に倒れる少女の元へと駆け寄る。
うつ伏せになっている小さな身体。
身につけている軽鎧や装備からして、冒険者か傭兵だろう。
俺は彼女の肩にそっと手を掛け、ゆっくりと仰向けにひっくり返した。
「……これは、酷いな」
惨状を目の当たりにした俺。
ここに鑑はないが、苦虫を噛み潰したような顔になっているのだろう。
少女の片腕と片目は無残に失われ、腹部も大きく抉り取られている。
開いた傷口からは絶え間なく大量の血が溢れ出しており、生きているのが不思議なくらいだった。
手に持ったポーションへと視線を落とす。
感じられる魔力から見ても、効果は擦り傷や切り傷を塞ぐ程度と思われる。
いくらファンタジー世界といっても、欠損部位を治療するような薬品がほいほいそこら中に転がっているわけがない。
あったとしても、扱えるのは王侯貴族くらいだ。
くそ、どうする。
助ける方法はあるにはあるが……。
その時だった。
倒れた少女が残った手を伸ばして、立ち尽くす俺の足を掴んだ。
「た、助けて下さい……」
か細い声だが、たしかに聞こえた。
蒼い瞳は間違いなく俺を捉えていた。
だが次の瞬間には、指先から力が抜け……。
ぱたり、と力なくその腕が崩れ落ちる。
瞳からも光が失われ、ゆっくりと閉じられる。
「そうだよな、助かりたいよな」
少女の姿を見ると思い出してしまう。
前々世、病気だった頃の自分をだ。
どんなに願っても、結局俺の元には救世主は現れなかったが……。
今の俺には、絶望を叩き壊すだけの力がある。
諦めない者には手を差し伸べてやりたい。
「安心しろ。お前は俺が治してやる」
ちらりと横目でギデオンを見やると、まさに最後の一体に止めを刺そうと拳を振り上げているところだった。
やるなら今しかない。
「【完全再生】」
俺は隠していた死属性の魔力を解放して、魔法を行使する。
死属性は生命を奪う魔法と思われがちだが、実際は生命をコントロールする力という方が正しい。
応用すれば、こうして回復魔法として扱うことも出来る。
そして、この世界の魔法はイメージが大事なのだが、俺が想像するのは前々世で見た漫画やゲームでの治療シーンである。
意外とこれが上手くいくようで、前世では普通の人間が使えないような魔法をいくつも操ったものだった。
黒色の魔力がもやのように少女の身体を覆い隠す。
わずか数秒。
魔力の霧がスッと晴れた時には、傷一つない姿へと戻っていた。
土気色だった頬には赤みが戻り、今はスースーと静かな寝息を立てている。
どうやら、間に合ったらしい。




