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――クラヴィエ領近郊の森。
森といっても入口付近なので樹々の間隔も空いている。
下生えの草も歩きやすい程度にしか生えていない。
頭上からは小鳥のさえずりが聞こえ、枝葉の隙間からは柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
「すごい……。ここが、本物の森なんですね。なんだか少し緊張してきました」
アランは周囲を物珍しそうに眺めながら、感嘆の息を漏らす。
領主の跡取りとして大切に育てられてきたアラン。
両親からは、森には近づかないように言いつけられていた。
街の外へ出るのははじめてなのだ。
「その緊張感は正解じゃよ。一見すると平和な森に見えるかもしれんが……。ここには動物だけでなく、凶暴な魔物も生息しておるからの。何があっても、ワシの側から離れんようにな」
「はい、気をつけます!」
注意を促すように指をたてるギデオンに、アランはこくりと顎を引いた。
「それはそうとノエルよ、お主は兄と違って随分と落ち着いているのじゃな?」
「本で読んだ景色と同じだな、と思っていただけですよ」
「ふむ。肝が据わっておるというか、なんというか……」
誤魔化すように適当な理由を並べ、樹々を見上げる。
ギデオンはというと、顎髭を撫でながらジト目でこちらを窺っていた。
俺が以前にも森へ入った経験があると予想しているのだろうが、転生してから街の外に出たのは初めてだ。
もっとも、前世では森を住処にしていたくらいだから自然の景色は見飽きている。
魔物も数え切れない程相手にしてきたので、緊張するのも難しいというわけだ。
「度胸があるのも騎士にとっては才能のひとつじゃな。それでは、実践といくか。まずはワシが手本を見せよう」
ギデオンは話をまとめると、ゆっくりと目を閉じて息を吐きだす。
その大きな肉体から、魔力の波が周囲へと放たれる。
これは【魔力探知】だ。
練り上げた魔力を薄く、そして広く空間に拡張する技術。
周囲の僅かな動きや気配を捉えることが出来る。
広範囲に魔力を維持するのは高い集中力を必要とするが……。
ギデオンはそれを息をするように自然に行っていた。
「……ふむ。東の茂みから三十歩といったところかのう」
目を開いたギデオンが、森の奥へと視線を向ける。
隣でアランが目を凝らすが、ギデオンの獲物は離れた場所の茂みに隠れているので、何も見えないはずだ。
次の瞬間、ギデオンの足元から炸裂音が鳴った。
――ドンッ!
「えっ!?」
突風が吹き荒れ、思わず声を上げるアラン。
目の前に立っていたギデオンの姿が忽然と消え失せ、立っていた地面がすり鉢状に抉れていた。
常人なら目で追うことすら不可能な速度だが……。
この技、【瞬動】はギデオンが模擬戦でも最後に使っていた移動術の一つで、足の裏に魔力を一点集中させることで爆発的な推進力を得ることが出来る。
模擬戦で勝利している俺は当然ながら、今回のギデオンの動きもはっきりと捉えていた。
「ほれ、捕まえたぞ」
わずか数秒後。
茂みの奥から悠然と歩いて戻ってきたギデオン。
その右手には、額に鋭い角を生やしたウサギ型の魔物が、耳を掴まれてバタバタと暴れていた。
「す、すごい……! 一瞬で消えたかと思ったら、もう魔物を……!」
アランは目を見開いて、興奮気味に声を震わせている。
「こいつは【ジェットラビット】といってな。攻撃性は低いが、逃げ足が早いのが特徴じゃ、そして……」
ギデオンはそう言うと、慣れた手つきで腰のナイフを抜く。
そして、暴れる獲物の急所へ躊躇なく突き立てた。
一瞬で力が抜け、絶命するジェットラビット。
「こいつの肉は、焼くとすこぶる美味いんじゃよ」
「うっ……」
さっきまで生きていた魔物があっという間に食肉へと変わる。
アランが顔を引きつらせた。
だが、これも騎士になるための大切な現実だろう。
「さて、アランにノエルよ。お主たちの修行はまず【魔力探知】からじゃ。目を閉じ、自身の内にある魔力を波紋のように広げていくイメージを持て。この辺りに生息するジェットラビットの気配を感じ取ったら、手を挙げて報告するんじゃ」
「「はいっ」」
俺とアランは声を揃えて返事をする。
アランはその場に胡座をかき、目を閉じて集中し始めた。
さて、俺はどうするか。
探知も瞬動も、俺にとっては今更やるまでもないことだ。
しかし、すぐに出来ましたなどといえばアランも面白くないだろう。
適当に自重して、アランの様子を眺めているだけにしておくとするか。
そう思っていたのだが――。
「ふんふ〜ん♪」
機嫌よく鼻歌を歌いながらたき火を起こしたギデオン。
続けて、下処理を終えたジェットラビットの肉を炙りだした。
ジュウウゥウっと肉が焼ける音と共に、香ばしい匂いが森の中に漂い始めた。
俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「ガハハハハ! 最終的には探知から捕獲まで一人で出来るようになってもらうが、今日は初めてじゃからな。上手く見つけられたらワシが仕留めて、褒美にこいつを食わせてやろう!」
「本当ですか!? 僕、頑張ります!」
ギデオンの発破に、アランが目を閉じたまま気合いを入れ直す。
一方の俺は、漂ってくる暴力的なまでに良い匂いから意識を離せなくなっていた。
前世である不死王の姿は早い話が骨。
当然ながら食事をとる必要もなければ、味覚すら存在しなかった。
だからこそ、再び人間へと転生してからの俺は食に対するこだわりが人一倍強くなっているのだ。
前々世にも存在しなかった魔物肉。
一体どんな味がするのだろうか。
…………。
まあ、ちょっと探してみるくらいならいいよな?
俺は先ほど心で決めた自重を撤回し、大人げなく【魔力探知】で気配を探る。
早速、何か動く気配を発見……。
って、これは。
「先生っ!」
指示された通り、手を上げる俺。
「なんじゃ、ノエル。もう見つけたのか」
ギデオンは串焼きにした肉を豪快に頬張り、モチャモチャと口を動かしている。
俺は上がった手を降ろし、森の奥へと指を差す。
「ここから進んだ先。人が魔物に襲われています。かなり危険な状態なので急いだ方がよさそうです」
言って、俺は走り出した。
それなりに距離があるので、すぐに向かわなければ間に合わないのだ。




