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「ノエル! 今の剣、どうやったの!? まさか、先生に勝っちゃうなんて!」
模擬戦を見学していたアランが駆け寄ってくる。
尊敬の眼差しを受けながらも、引きつった笑みを浮かべる俺。
「は……はは。ありがとう兄さん。なんか適当に剣を振り回してたら、偶然勝てちゃったみたいです」
「偶然でワシの剣が弾き飛ばされてたまるか」
声の方へ身体を向ける俺たち。
飛んでいった木剣を拾ったギデオンが、呆れた顔で戻ってくる所だった。
ギデオンはそのまま続ける。
「ワシはこれでもアシュラント王国の騎士の最高峰【七聖騎士】の座に就いておる男じゃぞ。そのワシの剣を無傷であしらうような者は、はじめて会ったくらいじゃ!」
七聖騎士?
俺は騎士に詳しくないので、初めて聞いた名前だが……。
最高峰というくらいだから騎士の中でも上澄みなのだろう。
「引退したロートル騎士じゃなかったのか」
「誰が引退した騎士じゃ! ワシはまだまだ現役じゃわい!」
しかめっ面で声を上げるギデオン。
どうやら心の声を口に出してしまったらしい。
「ご、ごめんなさい」
「まあよいわ。して、アランよ」
「はいっ!」
突然話を振られ、アランがビシッと背筋を伸ばす。
意外にも、ギデオンはこれ以上俺のことを詮索するつもりは無いらしい。
この世界では子供でも化物みたいに強い者は存在するから、その類と思われたのだろうか?
なんにせよ、深く追及されないなら好都合だ。
俺はホッと胸を撫で下ろし、大人しく黙っておくことにした。
「まさかとは思うが、お主もノエルと同じような腕を持っておるのか?」
「とんでもない!」
ギデオンの問いかけに対し、アランは勢いよく首を横に振った。
「僕が先生と模擬戦をしたら、最初の一撃で負けていました! 僕に出来ることなんて、せいぜい剣や身体に風の魔力を纏わせることくらいで……」
俺の異常な実力を目の当たりにした直後だからか、アランはすっかり自信を無くしたように肩を落とす。
対してギデオンは朗らかに笑い、アランの肩に手を置く。
「よいよい、それが普通の子供じゃ。気にする必要は全くないぞ。むしろ、魔力の纏い方はこれから一番に教えようと思っておった基礎じゃからな。独学でそこまで辿り着いているなら、お主は十分に進んでおる方じゃよ」
「ほ、本当ですか!?」
ギデオンの力強い励ましに、アランの顔にパァッと明るい色が戻る。
豪快なだけではなく、ちゃんと生徒のモチベーションを上げるのも上手いらしい。
「うむ! お主たちの現在地はよく分かった。さっそく次の段階へ進むとしよう。じゃが」
そこでギデオンは言葉を切り、顎髭を撫でながら裏庭をぐるりと見渡した。
視線の先には、先ほどの俺との手合わせでギデオン自身が抉ってしまった、地面の痛々しいクレーターがある。
「次の訓練をやるには、ここは少々手狭じゃな。これ以上屋敷を壊してしまってはダリウス殿に申し訳が立たん。少しばかり、場所を移すとしようか」
「場所を移すって、どこへですか?」
「ガハハハハ! 着いてきてのお楽しみじゃ!」
豪快に笑い、さっそくとばかりに歩き出す老騎士。
アランも「はいっ!」と元気よく返事をし、期待に満ちた足取りでその後を追っていく。
……ええっと、俺も付いて行かないと駄目なのかな?
あわよくばこのままフェードアウトできないものかと、俺がその場に足を止めて様子を窺っていると。
「ん? どうしたノエル、何をぼさっとしておる。お主も早く来んか!」
数歩進んだところで振り返ったギデオンが、当然のように俺を呼んだ。
「ほらノエル、早く!」
「……はいはい、行きますよ」
前を歩くアランにも急かされ、俺はささやかな抵抗を諦めた。
ため息をつきながらも、二人の背中を追って歩き出すのだった。
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小高い丘の上に建つ屋敷から、なだらかな坂道を下っていく。
暖かな日差しに、どこかから吹く風が優しく肌を撫でて心地よい。
視界の先に広がるのは領民たちの住む木造住宅と、豊かな農地。
クラヴィエ領を簡単に言えば、牧歌的でのどかな場所である。
「あっ、アラン坊ちゃん! それにノエル坊ちゃんも!」
畑で収穫作業をしていた恰幅の良い村人の一人が、俺たちに手を振ってきた。
それに釣られるように、周囲で農作業をしていた領民たちも次々と顔を上げる。
俺は近づいてきた村人の一人、トマスに挨拶をする。
「こんにちは、トマスさん。今日も精が出ますね」
「ええ、今年のカラントは一段と色づきと甘みが強いですからね!」
そう言って振り返った先で青々と葉を茂らせているのは、我が領地の特産品であるクラヴィエ・カラントだ。
特別な土壌で育つこのベリーは、布を染めるための高級な染料として有名である。
おかげで、我がクラヴィエ領は辺境でありながらもそれなりに潤っている。
「……おや? そちらの見慣れない御仁は?」
村人の視線が、俺たちの先頭を歩くギデオンに向けられた。
ただならぬ気配を放つ巨漢に、領民たちは圧倒されたように目を丸くする。
「王都から来てくださった、僕たちの剣の先生なんです。これから修行をつけてもらうんですよ」
「おおっ、そうでしたか! アラン坊ちゃんもノエル坊ちゃんも、立派な騎士様になれるよう頑張ってくだせえ! ほら、これ持っていきな!」
元気よく答えるアランに、村人はもぎたての果実が入った木籠を手渡してくれた。
艶やかな赤紫色のカラントが、陽の光を反射してキラキラと光っている。
「ありがとうございます。修行の合間にいただきますね!」
「ガハハハハ! 良い領民たちじゃな。ダリウス殿がよく治めておる証拠じゃ!」
アランの爽やかなお礼と、ギデオンの豪快な笑い声が青空の下に響く。
朗らかに手を振る村人たちに見送られながらも、土道を進んで行く俺たち。
もらったばかりのカラントを口に放り込み、小腹を満たしていると……。
ふと、遠くの景色を眺めながらギデオンが呟いた。
「やはりここは落ち着くわい」
「先生。もしかしてこの辺りには、以前にも来られたことが?」
懐かしむような横顔を見て、俺は思わず尋ねる。
迷いなく進んで行く足取りをみても、ギデオンが過去にクラヴィエ領に訪れたことがあるのは明白に思えた。
するとギデオンは「恥ずかしい話じゃがな」と、大きな頭をポリポリと掻く。
「ワシは昔、手強い魔物相手にヘマをして死にかけたことがあってな。街道で死にかけていた時に、通りかかったダリウス殿に命を救われたんじゃよ」
「えっ、お父様が先生を!?」
隣を歩くアランが驚いたように声を上げる。
ギデオンは深く頷いた。
「まだ、お主たちが生まれる前の話じゃ。この領地で看病され、なんとか今でも騎士を続けておる。そんなわけでダリウス殿は恩人なのじゃ」
なるほど。
だから現役騎士であるギデオンが、田舎まで出向いてくれたのか。
俺は口の中の果汁を飲み込みながら一人納得した。
そんな昔話をしているうちに景色は一変する。
農地は途切れ、木々が立ち並ぶ近郊の森へと足を進めていった。




