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魔核を回収した俺たちは、踵を返して入口方面へ引き返していた。
やがて、狭かった通路が途切れる。
先にあったのは、複数の道が交わる広めの石室だ。
朽ちた木箱や空の棚が壁際に残っているところを見ると、かつては物資の保管場所として使われていたのだろう。
「それで、これからどうするんだ?」
石室の中央まで進んだところで、ルーカスが尋ねてくる。
「王女様との勝負に備えて、もっと魔物を探すのか? さっきの分だけでも合格はできそうだが、勝つつもりなら足りないだろ」
「まさか。勝ちにこだわる理由も、俺にはないしな」
「あれだけ真正面から勝負を挑まれて、よくそんなに平然としていられるな。王女様は今頃、目の色を変えて魔核を集めてるんじゃないか?」
呆れたように言われても、こちらから望んだ勝負ではない。
試験に合格できる量さえ確保すれば、それ以上危険を冒してまで魔物を狩る必要もないだろう。
そう返そうとしたところで、俺は片手を上げた。
「待て。誰か来る」
耳を澄ませるまでもなく、複数の足音が近づいてくる。
かなり急いでいるらしく、金属の装備が擦れる音まで慌ただしい。
やがて、側面の通路から三人の受験者が駆け込んできた。
先頭にいるのは、細身の剣を下げた青年。
その後ろには短槍を持つ男と、弓を背負った女性が続いている。
三人とも目立った怪我はないものの、顔色は悪く、息も大きく乱れていた。
「なっ……今度はノエル・クラヴィエだと!?」
先頭の青年は俺の姿を認めるなり、驚いたように足を止めた。
後ろの二人も警戒するように武器へ手を添える。
「お前たちは……」
見覚えがない。
俺が首を傾げると、ルーカスが横から小声で補足してきた。
「あいつらは三人とも中央貴族の家の出だ。夜会で何度か顔を見たことがある。第一試験と第二試験で派手にやってたから、お前の名前を覚えてたんだろうな」
「好きで目立ったわけではないんだがな」
確実に試験を突破するには、ある程度の力を示す必要があった。
その結果、顔や名前まで覚えられてしまうのは居心地が悪いが……。
必要なことをした以上、ここは割り切るしかないか。
「それで、魔核を賭けた勝負でもするつもりか?」
俺が三人へ向き直ると、先頭の青年は慌てて首を横に振った。
「待ってくれ、今はそれどころじゃない!」
「どういうことだ?」
ルーカスが眉を寄せる。
青年は息を整えようとしたが、うまく言葉が出てこないらしい。
代わりに、後ろにいた女性が一歩前へ出た。
「地下の壁が突然崩れて、その向こうから見たこともない魔物が入り込んできたんです。私たちでは、まともに相手をすることもできませんでした」
声が僅かに震えている。
余程危険な目に遭ったのだろう。
「もう駄目だと思ったところへ、フィオナ殿下が来てくださって……。殿下の力を借り、どうにか魔物を壁の向こうへ押し返すことはできました。ですが、最後の一体を追い払った直後、崩れていた足場が抜けたんです」
「フィオナ様が落ちたのか?」
「はい。壁の先は急な下り坂になっていて、そのまま奥へ滑り落ちてしまいました。殿下は私たちに、自分を追わず試験官へ知らせるよう仰って……」
なるほど。
三人が慌ててこちらへ戻ってきたのは、助けを呼ぶためか。
こんな地下から侵入してくる魔物なんて、限られている。
あるいは……。
「その魔物は、蟻に似た姿をしていなかったか? 赤い甲殻と、大きな顎を持っていたはずだ」
「あ、ああ。その通りだ。何体もいた」
先頭の青年がすぐに肯定する。
この地下に生息する魔物より明らかに強く、赤い甲殻を持つ蟻型。
話を聞く限り、間違いない。
「だとしたら、そいつは【ブラッディクローラー】だ」
「知っているのか?」
「ああ。地中に巣を作り、集団で獲物を襲う魔物だ。中でも人間を好んで狙う。兵隊個体だけでもBランクに分類され、村や街がまるごと餌食になることもある」
三人の表情がさらに強張った。
だが、本当に危険なのは兵隊蟻ではない。
巣を束ねる女王はSランクの魔物だ。
「もしこの先が奴らの巣に繋がっているなら、騎士試験どころの話じゃない」
俺は説明しながら、三人が来た通路へ歩き出した。
「おい、どうするつもりだ?」
「早く向かわないと、フィオナ様が危ないからな」
ルーカスが追いかけてくる。
「まさか、その巣穴へ乗り込む気か?」
「もちろんだ。放っておくわけにはいかない」
「だったら俺も――」
「いや、お前は来るな」
言葉を重ねる前に断ると、ルーカスが納得できない様子で声を上げた。
「なんでだよ! 二人で行った方が、何かあっても対処しやすいだろ!」
「ルーカスには、俺の分の魔核も入口まで届けてもらわないと困るからな」
俺の言葉に、ルーカスは思わずよろめく。
そして、勢いよく突っ込まれた。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ……!」
「もちろん、それだけが理由じゃない。あの三人は怪我こそしていないが、かなり魔力を消耗している。このまま別の魔物に遭遇すれば危険だ」
振り返らずに、先ほどの受験者たちを指し示す。
「一緒に入口の広間まで戻って、教官へ状況を伝えてくれ。応援が来なければ、フィオナ様を見つけても安全に連れ出せるとは限らない。そっちは頼んだぞ」
ルーカスが加われば、三人も入口まで問題なく戻れるだろう。
何より、危険を知らせる役目は誰かが引き受けなければならない。
返事を待たず、俺は地面を蹴った。
「しょうがねえな。こっちは任せろ! だからお前も、応援が来るまでは絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
背後から、ルーカスの大声が追いかけてくる。
振り返る代わりに片手を上げ、足へ込める魔力を強めた。
♦
三人が来た道をたどっていく。
ほどなくして石壁が大きく崩れた場所へたどり着いた。
床には大小の石材が散らばり、その向こうには旧砦のものではない穴が口を開けていた。
土の断面には鋭い顎で削られたような跡がいくつも残っている。
ここで間違いなさそうだ。
穴の先には光が届かず、奥まで黒一色に沈んでいた。
俺は片手を掲げ、聖属性の魔力を集める。
「【灯光】」
白い光球が掌の上に生まれ、ふわりと浮かび上がった。
周囲が照らされると、地中へ続く道の形も見えてくる。
傾斜はかなり急だ。
おまけに、ブラッディクローラーが何度も通ったせいか、土が押し固められて滑らかになっている。
普通に足をつけて下りるのは難しいだろう。
俺は姿勢を低くし、足裏へ薄く魔力を纏わせた。
そのまま斜面へ踏み込むと、身体が一気に下方へ運ばれていく。
光球を頭上に従えながら、曲がりくねった穴を滑り降りる。
やがて、前方に広い空間が見えてきた。
だが、斜面は地面へ繋がっていない。
巣穴の出口は、広間の壁面――床から数メートルほど高い位置に開いていた。
考える間もなく、勢いのついた身体が穴の外へ放り出される。
俺は【空歩】で軌道を変え、近くの壁を蹴る。
勢いを殺して、地面へ降り立った。
「かなりと深くまで降りてきたな」
振り返ると、滑り降りてきた穴が壁の上部に口を開けている。
あそこまで跳び上がり、急斜面を逆に駆け上がるには、かなり繊細な魔力操作が必要になるだろう。
さらに周囲へ視線を巡らせるが、フィオナはいない。
落下地点で待っていてくれれば話が早かったのだが……。
踏み荒らされた地面を見るに、魔物たちに襲われたのだろう。
そのせいで移動せざるを得なかった可能性が高いな。
巣穴はすぐ先でいくつもの道に枝分かれしていた。
壁も床も剥き出しの土で、旧砦の地下区画とは明らかに造りが違う。
ここは完全に、ブラッディクローラーの巣の中というわけだ。
俺は目を閉じ、【魔力探知】を広げた。
入り組んだ通路の先から、密集した魔力反応がいくつも返ってくる。
兵隊個体と思われる一つ一つが、先ほど戦ったアイアンクラウンに匹敵していた。
その中に、覚えのある聖属性の魔力が混じっている。
「まだ生きているな」
フィオナの反応は消えていない。
ただし、同じ場所に留まっているわけでもない。
複数のブラッディクローラーに追われ、巣の奥へ向かって移動している。
さらに、その進行方向。
探知の端に、周囲とは比較にならないほど巨大な魔力が触れた。
ほとんど動いてはいないが、存在しているだけで地下全体を圧迫するような濃さだ。
恐らく、ブラッドクイーン。
このまま進めば、フィオナは女王のいる区画へたどり着いてしまう。
手段を選んでいる場合ではないな。
「【眷属召喚】」
黒と赤の光が絡み合い、宙に円形の術式を描く。
そこから数匹の蝙蝠が姿を現した。
探索用の眷属、ナイトアイズだ。
それぞれ別の道を調べるよう命じると、ナイトアイズたちは暗がりへ散っていく。
魔力探知で分かるのは、大まかな方角と距離までだ。
道が複雑に折れ曲がっている以上、近そうな通路がフィオナの元へ繋がっているとは限らない。
先に眷属を散らしておけば、行き止まりや魔物の群れを確認できる。
それだけではない。
ナイトアイズを形作っているのは俺自身の魔力だ。
【霊化】を使えば、その痕跡を目印に離れた場所へ移動することもできる。
これで道を間違えたとしても、すぐに修正できる。
「さて、急ぐか」
フィオナの魔力を最も強く感じる道へ進路を定める。
俺は躊躇なく、暗い巣の奥へ駆け出した。




