39
指定された刻限までに本営の正門へ戻ると、すでに大型の馬車が何台も用意されていた。
俺たち受験者は係員の指示に従って分乗し、そのまま王都の外へ向かう。
石壁に囲まれた街並みが途切れてから、さらに半刻。
馬車を降りた先に現れたのは古びた砦だった。
その地上部分も足早に通り抜け、俺たちは地下区画まで案内された。
長い石段の先に広がっていたのは、天井の低い四角形の広間。
壁には照明用の魔道具が一定の間隔で取りつけられている。
明るいとは言い難いものの、足元や周囲を見渡すには困らない程度の光は確保されていた。
床には土埃が積もり、隅には蜘蛛の巣が張っている。冷えた空気には、湿った石の匂いが混じっていた。
広間の奥からは、三本の通路が別々の方向へ伸びている。
その先にも淡い光が続いているが、いずれも途中で折れ曲がっており、奥までは見通せない。
「ここで魔物を狩るのか……」
「入り組んでいそうだな」
受験者たちが周囲を見回し、声を潜めて言葉を交わす。
剣の柄へ手を添える者もいれば、通路の先へ目を凝らしている者もいた。
「はいはい、説明するからこっちを向け」
ガレスが鎧を鳴らしながら、広間の中央へ進み出る。
その後ろには騎士団の係員が数名控えていた。
受験者たちが地下の様子を窺う中、ガレスは全員の視線が集まるのを待ってから口を開く。
「ここは、昔の戦争で使われていた砦だ。今では騎士団の管理下にあるが、軍事拠点としての役目はとっくに終えている」
ガレスは片手を上げ、周囲の石壁を示す。
「地下には物資を保管していた倉庫、捕虜を収容する牢、緊急時の抜け道などが残っている。兵士の訓練に使われていた迷路区画もあってな。長い年月の間に地上から入り込んだ魔物が、今ではあちこちに巣くっているというわけだ」
なるほどな。
管理しているといっても、現役の施設として整備されているわけではないらしい。
定期的に魔物を駆除し、外へ溢れ出さないよう数を減らしているのだろう。
言ってしまえば、今回の試験はその仕事を受験者へ手伝わせる形になる。
実戦経験を確かめながら旧砦の安全も保てるのだから、騎士団にとっては都合のいい話だ。
「先ほども伝えた通り、第三試験では地下にいる魔物を討伐し、魔核を集めてもらう。魔核の質は、基本的に魔物の強さと比例する。合格基準は、Cランク魔物の魔核十個分だ」
聞いている受験者たちの表情が引き締まる。
そんな様子を確かめながら、ガレスは言葉を続けた。
「この地下をうろついているのは、大半がDランク。だが中にはBランク相当の魔物も混ざっている。数を集めるか、強い魔物を狙うかは好きにしろ。基準を満たしていると思った者は、この広間まで戻って係員へ査定を頼め」
後ろに立つ係員たちが、小さく頭を下げる。
どうやら、ここが試験の出入口であり、魔核の査定場所にもなるようだ。
「一度査定に出して基準へ届かなかった場合でも、時間が残っていれば探索を続けて構わない。ただし、制限時間を過ぎてから持ち込んだ魔核は一切数えん」
そこで、ガレスが背後へ片手を上げた。
合図を受けた係員が、広間の端から大きな砂時計を抱えてくる。
どこに用意していたのか、受験者たちの視線が集まる中……。
それは広間の中央へ重い音を立てて置かれた。
透明な器の中では、すでに砂が細い筋となって下へ流れている。
「制限時間は、この砂がすべて落ちきるまでだ」
「落ちきるまでって……もう砂が動いてるぞ!」
受験者の一人が、砂時計を指差して声を上げる。
ガレスは当然だと言わんばかりに両手を広げた。
「その通り。今ので説明は終わったからな。もたもたしていると、魔物に会う前に全員不合格になるぞ」
「なっ……!」
「先に行くぞ!」
誰かが駆け出したのをきっかけに、受験者たちが一斉に動き始める。
三本の通路へ次々と人影が吸い込まれ、金属製の装備がぶつかる音や足音も遠ざかっていった。
少し前まで人で埋まっていた広間が、あっという間に静かになる。
「じゃあ、俺たちも行くか」
隣に残っていたルーカスへ声をかける。
ルーカスは呆れ半分、感心半分といった顔でこちらを見た。
「ノエル大将は落ち着いてるなぁ。周りが走り出しても、まるで慌てる様子がない」
「いつから俺は大将になったんだ。それに、急いで先へ進んでも、魔物を見つけられなければ意味がないだろう」
「そりゃそうだけどよ。試験開始と同時に置いていかれて、その台詞が出るのは大したもんだぜ」
ルーカスは肩をすくめながらも、楽しそうに槍を担ぎ直す。
俺たちは人の少ない右側の通路を選び、旧砦の奥へ進むことにした。
♦
探索を始めてから、どれくらい歩いただろうか。
旧砦の通路は予想以上に複雑だった。
途中で左右に枝分かれしているだけでなく、崩れた壁によって道が塞がれ、別の区画へ迂回しなければならない場所もある。
道中で遭遇した魔物を倒し、DランクとCランクの魔核をいくつか確保したが、合格基準へ届いたとは言い切れない。
どうせなら、査定へ戻る回数は少なく済ませたいところだ。
「止まれ、ルーカス」
曲がり角の手前で足を止め、後ろへ片手を向ける。
ルーカスもすぐに歩みを止め、声を抑えた。
「何かいるのか?」
「ああ。五体だ。まとまってこっちへ向かっている」
魔力探知で捉えた反応は、同程度の四体。
その中心に、一回り大きな気配が混じっている。
こちらの存在にも気づいているようだ。
足音は徐々に大きくなり、硬い爪が石床を引っ掻く音まで聞こえ始める。
「正面から来るなら、迎え撃ちやすい。俺が動きをまとめるから、仕留める方は任せてもいいか?」
「構わない。だが、そのうちの一体はBランク相当だ。無理に受け止めようとするなよ」
「了解。盾ごと吹き飛ばされたら、格好がつかないからな」
ルーカスは丸盾を正面へ構え、腰を落とした。
俺も両手へ魔力を集めながら、通路の先へ目を凝らす。
ほどなくして、暗がりから蜥蜴型の魔物たちが姿を現した。
前にいる四体は、人間の胸元ほどの高さがある二足歩行の魔物。
暗緑色の鱗に覆われ、伸びた前脚の先には鎌のように湾曲した爪が生えている。
――レイザーリザード。
素早い動きと鋭い爪を武器に、群れで獲物を追い詰めるCランクの魔物だ。
その中央を進む個体は、取り巻きよりも倍近く大きい。
石のような灰色の鱗を持ち、頭部から後方へ伸びた角は、歪な王冠を思わせる形に並んでいた。
レイザーリザードの上位種、アイアンクラウン。
巨体に魔力を乗せた突進は強烈で、正面から止めるには相応の実力が必要になる。
「ギャアアアアッ!」
アイアンクラウンが通路を震わせるような咆哮を上げた。
それを合図に、四体のレイザーリザードが左右へ広がる。
中央の巨体で獲物の動きを止め、取り巻きが側面から爪を振るうつもりだろう。
狭い通路でなければ、さらに大きく散開して逃げ道を塞いでいたはずだ。
「思った通りだ。まとめてやるよ――【収嵐】!」
ルーカスが盾を床へ押しつける。
その正面で風が渦を巻き始め、瞬く間に人ひとりを呑み込めるほどの大きさへ膨らんだ。
周囲の空気が渦の中心へ吸い込まれ、左右へ散開しようとしていたレイザーリザードたちの身体が引き戻される。
直接傷を与える力はないが、敵の位置を操れる便利な魔法だ。
こうして前衛が待ち構えている状況では、特に使い勝手がいい。
「今だ、ノエル!」
「ああ」
俺は地面を蹴り、ルーカスの頭上へ跳び上がった。
空中に魔力の足場を作り、さらに一歩。
【空歩】で盾を構えるルーカスと、先頭の魔物たちを一息に飛び越える。
「【双極剣】」
聖と死。
二つの魔力が手の中で混ざり合い、白く輝く剣を形作った。
狙うのは、アイアンクラウンの首だ。
双極剣は、触れた物質を消滅させる魔法剣。
よほど強固な魔力防御でも纏っていない限り、鱗の硬さや肉体の厚さは関係ない。
だからこそ、胴体は避ける。
試験で必要なのは討伐の証明となる魔核であり、体内の核まで巻き込んで消滅させては意味がない。
俺は落下の勢いを乗せ、白い刀身を横へ走らせた。
刃が首へ触れた部分だけが音もなく消え去り、王冠状の角を持つ頭部が宙を舞う。
勢いを失った巨体は数歩前へ進んだあと、石床へ重く沈んだ。
指揮役を失い、取り巻きの動きが乱れる。
その隙を逃す理由はない。
着地と共に、すぐさま身体を反転させた。
飛びかかってきた一体を、すれ違いざまに斬り伏せる。
続けて横から爪を振るった二体目の頭部を、返す刃で消し飛ばした。
三体目は逃げようと身を翻したが、遅い。
追いつきざまに双極剣を走らせると、暗緑色の身体が力なく崩れ落ちた。
「ギャッ!」
残る一体は俺とルーカスに挟まれ、逃げ道を失った。
追い詰められた魔物は、正面にいたルーカスへ向かって突進する。
「一体、そっちへ行ったぞ!」
「任せろ。こっちにも見せ場を残してくれたんだろ!」
ルーカスは丸盾を斜めに構え、振り下ろされた鎌爪を横へ受け流す。
魔物の上体が泳いだ瞬間、反対の手に握った槍を突き出した。
鋭い穂先が喉元を貫く。
レイザーリザードは四肢を激しく動かしたものの、ルーカスが槍を捻って引き抜くと、その場へ倒れて動かなくなった。
終わったな。
周囲に別の気配がないことを確かめ、俺は双極剣を解除した。
腰の小刀を抜き、まずはアイアンクラウンの胸部へ刃を入れる。
「アイアンクラウンがBランク。取り巻きのレイザーリザードは、どれもCランクといったところだな」
硬い鱗の隙間へ小刀を通し、体内から灰色の魔核を取り出す。
続けて、倒れたレイザーリザードの処理へ移った。
「道中で集めた分も合わせれば、そろそろ二人分は溜まったか。余裕を持たせるなら、もう少し狩っておきたいところだが――」
「なあ、ノエル」
それまで黙って見ていたルーカスが、妙に真剣な声を出す。
俺は取り出した魔核についた汚れを布で拭いながら、そちらへ目を向けた。
「どうした?」
「お前、すごいな」
「すごいって、何がだ?」
「何がって、全部だよ!」
声が人気のない通路へ大きく響いた。
今の叫びで別の魔物や他の受験者を呼び寄せないといいのだが……。
ルーカスは一体どうしたのだろう?
「実力があるのは、第二試験を見て分かってた。けど、魔物の気配は俺より先に見つけるし、種類も強さも一目で判断する。戦いが終わった後は、俺が口を挟む隙もないくらい手際よく魔核を取り出してるし……」
ルーカスは自分の槍と、足元に倒れた魔物たちを交互に見る。
「俺だって、騎士になるために随分と鍛えてきたつもりだったんだけどな。こうも何から何まで上を行かれると、なんだか自信がなくなってくるぜ」
分かりやすく肩を落とすルーカス。
明るく振る舞ってはいるが、意外と繊細なところもあるらしい。
さて、どう返したものか。
俺の戦闘技術や魔物の知識は、不死王として五百年以上を過ごした結果だ。
同年代の人間と比べることに意味はないと思うが、その事情を正直に話すわけにもいかない。
だからといって、下手に謙遜を口にすれば、今の戦いを見た後では嫌味に聞こえるだろう。
何か、俺にはなくてルーカスにあるものは……。
「そうだ。一つあったぞ」
「本当か!?」
ルーカスが期待を込めて顔を上げる。
俺はその腰に下げられた、小さな革袋を指差した。
「お前がアイテムボックスを持っていて助かった。おかげで、集めた魔核を抱えて歩かずに済むからな」
見た目以上の物を収納できるアイテムボックスは、それなりに貴重な魔道具だ。
少なくとも、俺は持っていない。
きちんと褒めたつもりだったのだが……。
「俺は荷物持ちかよ!」
先ほどまで肩を落としていたルーカスが、今度は半眼でこちらを見ている。
どうやら、言葉の選び方を間違えたらしい。




