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「まずは、第二試験の突破おめでとう。ここまで残った者なら、騎士に必要な基礎は十分に身についていると考えていい」
機動演習場の中央に立つガレスが、集まった受験者たちへ労いの言葉をかける。
その背後には、先ほどまで俺たちが挑んでいた関門が並んでいた。
不規則に上下する足場や、大球を転がしてくる訓練人形。
奥にそびえる最後の壁。
改めて眺めるとなかなか容赦のない試験だったと思う。
広場に残っているのは、二十人ほどだろうか。
封魔環を外した手首を確かめる者。
地面へ腰を下ろし、荒い息を整えている者。
鎧についた泥を払いながら、近くの受験者と健闘を称え合う姿もあった。
第一試験が始まった頃と比べれば、人数は随分と減っている。
もっとも、試験はまだ終わっていないようなので、合格者はここからさらに絞られるわけだが……。
「休ませてやりたいところだが、先に次の説明を済ませるぞ」
ガレスは俺たちの様子を見回したあと、話を続ける。
「第三試験は実戦形式だ。指定された区域に生息する魔物を討伐し、手に入れた魔核の量と質で審査する。ここまでの試験とは違い、次に相手をするのは訓練用の仕掛けではない。本物の魔物を前にして、どう判断し、どう動くのかを見せてもらう」
受験者たちの表情が再び引き締まる。
実戦という言葉に不安を覚えた者もいるだろう。
逆に、ここからが本番だと気合いを入れ直した者もいるようだ。
「詳しい規則、合格基準などは現地へ到着してから説明する。ただし、一つだけ先に言っておく。他の受験者を殺すことは禁止だ」
ざわり、と広場の空気が揺れる。
わざわざ殺害を禁じるということは、単に魔物を倒すだけの試験ではないらしい。
「認められているのは、あくまで騎士になるための競争だ。他人の命を奪った者に、この国を守る資格はない。故意に殺害した場合は即座に失格。その後の処分も覚悟しておけ」
ガレスの声が、一段低くなる。
全身鎧に覆われているため表情は見えない。
それでも黄金騎士の纏う圧力は十分に伝わったらしく、異を唱える者は一人もいなかった。
常識的に考えて、同じ国の者に手をかけるような人間が騎士を名乗るのはおかしな話だが……。
わざわざ念を押すということは、過去にそうした輩がいたのかもしれないな。
「まあ、今から身構えていても仕方がない。第三試験の開始は午後だ。それまでは休憩時間とする」
張り詰めた空気を解くように、ガレスは両手を打ち合わせた。
「腹が減った状態で魔物と戦っても、普段の力は出せん。この後に備えて、しっかり腹を満たしておけ。指定された刻限までに本営の正門へ集合するように。遅れた者は置いていくから、そのつもりでな。では、解散」
説明が終わり、受験者たちが思い思いの方向へ動き始める。
昼休憩か。
王都へ到着してから、まだ一日も経っていない。
この辺りの店など知るはずもないし、ギデオンにでも聞いてみようか。
観客席の方へ目を向けると、階段を下りたところにギデオンの姿があった。
すぐ近くにはフィオナとミリアもいる。
フィオナは真剣な表情で何かを尋ね、ギデオンが顎髭を撫でながら答えていた。
今あの輪に入れば、また勝負の話を持ち出される可能性が高い。
昼飯くらいは静かに食べたいところだ。
別の当てを探すとしよう。
「ノエル様」
背後から声をかけられ、振り返る。
こちらへ歩いてきたリゼットの胸元には、小さな銀色の徽章が留められていた。
「リゼット、その徽章は?」
「従騎士試験の合格者に与えられる、従騎士候補章です。私も無事に試験を終えることができました」
リゼットは指先で徽章へ触れ、柔らかく目元を和らげる。
「おめでとう。これで俺だけ落ちたら、格好がつかないな」
「そのような心配はしておりません。ノエル様でしたら、必ず合格なさると信じておりますので」
迷いのない返事だった。
ここまで信頼されている以上、期待を裏切るわけにはいかないな。
「ノエル、昼飯は決まっているか?」
続けて声をかけてきたのは、先ほど一緒に壁を越えたルーカスだった。
丸盾と槍は背負ったままだが、顔に疲れた様子はない。
第二試験を突破した勢いが残っているのか、むしろ機嫌がよさそうに見える。
「今から探そうと思っていたところだ」
「なら、俺と一緒に行かないか? 中央育ちだから、この辺りの店には詳しいんだ。料理も景色もいい場所を案内するぜ!」
ルーカスはそう言うと、隣に立つリゼットへ視線を移した。
「もちろん、そっちの従者も一緒で構わない。三人までなら問題なく入れる店だ」
「そういうことなら頼む。知らない街を当てもなく歩き回るより、詳しい奴についていく方が確実だからな」
「よし、決まりだ!」
返事を聞くなり、ルーカスは足早に歩き出す。
相変わらず、行動へ移るのが早いやつだ。
俺とリゼットは顔を見合わせたあと、その背中を追うことにした。
♦
案内されたのは、騎士団本営から二つほど通りを進んだ高台にある店だった。
石造りの三階建てで、入口の上には白い楡の木を浮き彫りにした看板が掲げられている。
周囲の店よりも窓が大きく、外観にも落ち着いた品があった。
店内へ入ると、濃紺の制服を身につけた給仕の男性が一礼する。
ルーカスが銀色の札を差し出すと、給仕は表面に刻まれた家紋を確かめた。
続けて俺とリゼットへ目を向けたものの、呼び止められることはなく、そのまま二階へ案内される。
通されたのは、王都の街並みを広く見渡せる窓際の席だ。
眼下には様々な色の屋根が連なり、その向こうには王城の白い尖塔が見えている。
通りを進む馬車や人々も、ここから眺めれば随分と小さかった。
見晴らしは確かに素晴らしいが……。
ほどなくして料理が卓へ運ばれてくると、俺の意識はすっかりそちらへ奪われた。
大きな皿に盛られた鳥肉の香草焼き。
表面には食欲をそそる焦げ目がつき、切り分けると内側から透明な肉汁が溢れ出した。
添えられた芋や野菜にも、肉の旨味を使った濃い色のソースが絡んでいる。
一口食べてみる。
香草の爽やかな風味が脂の甘さを引き立て、柔らかな肉が舌の上でほどけていった。
「……美味いな」
思わず、素直な感想が漏れる。
「だろう? 白楡亭は料理も評判なんだ」
向かいに座るルーカスが、自分の手柄のように胸を張った。
「貴族向けの店は、見栄えばかりで量が少ないところもある。けど、ここは騎士団の連中もよく使うからな。腹を空かせた奴が多い分、量もきちんと考えられているんだ」
「なるほど。よく分かっている店だ」
美しく飾りつけられた料理を否定するつもりはない。
しかし、午後から魔物と戦うというのに、皿の中央へ一口分だけ盛られても困る。
味と量を両立しているのなら、文句のつけようがなかった。
「それにしても、随分と立派なお店ですね」
リゼットが窓の外へ視線を向けながら、ルーカスへ尋ねる。
「入口で札を確認していましたが、誰でも利用できるわけではないのでしょうか」
「ああ。登録された貴族家や、一部の騎士団関係者だけが使える会員制の店だ。会員なら二人まで客を連れてこられる」
ルーカスは入口で見せた銀札を取り出し、卓上へ置いた。
片面には店の印である白い楡。
反対側には、盾を思わせる家紋が刻まれている。
「ロックベル家も一応は中央貴族だからな。こういう時くらいは、家名を使わせてもらっている」
「一応、か」
少し引っかかる言い方だった。
けれど、ルーカスはそれ以上説明することなく、残っていた肉を口へ運ぶ。
今は料理を冷ましてしまう方が惜しいので、俺も食事へ戻ることにした。
しばらくの間、三人で料理を味わう。
焼きたてのパンに残ったソースを絡め、皿を空にした頃……。
給仕が食後の紅茶を運んできた。
向かいのルーカスは一口飲んだあと、カップを静かに戻す。
「さて、腹も膨れたところで本題だ」
軽い調子を収め、真っ直ぐにこちらを見る。
「次の試験、一緒に組まないか?」
「俺と?」
「ああ。第三試験は毎年ほとんど同じ内容なんだ。指定された区域で魔物を狩り、終了時に持っている魔核の量と質で順位が決まる」
そこまでは、ガレスから説明された内容と変わらない。
ルーカスは周囲の卓へ軽く目を向けたあと、僅かに声を落とす。
「問題は、他の受験者が持っている魔核を奪うことも認められている点だ。魔物と戦っているところを横から狙われたり、集めた魔核をまとめて奪われたりするのも珍しくないらしい」
「やはり、受験者同士で奪い合う仕組みか」
ガレスが殺害だけを先に禁じた理由も、これではっきりした。
「一人で魔物を狩るだけなら、俺も何とかなる。けど、戦いながら周囲を警戒して、魔核まで守るとなると話は別だ。二人で動けば、一方が魔物を相手にしている間、もう一方が他の受験者を警戒できる」
ルーカスの提案には理がある。
第二試験で見た限り、こいつは盾を使った防御だけでなく、状況に応じて作戦を考えることもできる。
多少騒がしいところはあるが、組む相手として不足はないだろう。
ただし、一つ確認しておきたいことがあった。
「言っておくが、俺は辺境貴族だぞ」
俺の言葉を聞いて、ルーカスが片眉を上げる。
「王都では名前すら知られていない家の次男だ。中央貴族のお前が俺と組めば、周囲から余計なことを言われるかもしれない。それでも構わないのか?」
「なんだ、そんなことか」
ルーカスは拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「中央貴族といっても、ロックベル家は領地すら持たない下級貴族だ。家格を鼻にかける連中からは、昔から散々馬鹿にされてきたもんだ。今さら辺境貴族と組んだくらいで、立場が悪くなることもない」
両手を広げ、やれやれといった具合に首を振るルーカス。
中央で生まれ育った者が、全員恵まれているとは限らない。
周囲に身分の高い貴族が多い分、下級貴族として肩身の狭い思いをすることもあるのだろう。
「そんなわけで、俺たちは仲よく爪はじき者同士ってことだ」
言って、自らの境遇さえ冗談に変えるような、あっけらかんとした笑みを見せる。
「こっちの方こそ、組んでくれる相手が見つかるか心配してたんだ。第二試験でノエルと知り合えて助かったぜ。辺境貴族だからと気にしてたみたいだけど、俺は最初、お前を冒険者上がりか何かだと思ってたくらいで――」
「……ノエル様は、見た目で判断できるようなお方ではありません」
珍しく、リゼットが口を挟んだ。
声の調子は普段と変わらない。
けれど、蒼い瞳がルーカスをじっと見つめていた。
「ま、待て。別に悪く言ったつもりじゃないぞ! 装備も服も飾り気がないし、障害の越え方も妙に慣れてただろ!? 貴族の坊ちゃんには見えなかったって話だ!」
「リゼット、気にしなくていい。ルーカスに悪気はない」
「……ノエル様がそう仰るのであれば」
リゼットはまだ少し不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
どうやら俺のことを軽く評されるのは、あまり面白くないらしい。
俺としては、あんまり周囲から注目されるのは避けたいんだけどな。
なぜなら……。
「奇遇ですわね、ノエル・クラヴィエ」
聞き覚えのある声が店内へ響く。
まるで答え合わせのようだった。
目立てば目立つほど、厄介な相手にまで見つかりやすくなる。
入口側へ顔を向けると、ゆるく波打つ金髪を揺らしながら、フィオナがこちらへ歩いてくるところだった。
その一歩後ろには、メイド服姿のミリアも控えている。
周囲の客や給仕たちは、フィオナの姿に気づくなり静かに頭を下げた。
「フィ、フィオナ第三王女殿下……!?」
ルーカスが椅子から立ち上がり、慌てて姿勢を正す。
先ほどまでの気安い態度は、どこかへ消えてしまったようだ。
「楽にして構いませんわ。こちらへは昼食を取りに来ただけですもの」
フィオナは軽く片手を上げ、そのまま俺たちの卓の前までやってきた。
貴族や騎士団関係者が利用する店なら、王族であるフィオナが訪れても不思議ではない。
俺たちを追いかけてきたというより、入店したところで見つけたのだろう。
「第二試験では、振り子を足場にして関門を突破。最後の壁も、そちらの方と協力して越えたそうですわね」
フィオナが一度だけルーカスへ視線を向ける。
当の本人は、第三王女に見られたことで、さらに身体を硬くしていた。
「先生のお言葉が大げさではなかったことは認めます。アナタ、思っていた以上にはやるようですわね」
「ありがとうございます、フィオナ様」
初対面の時と比べれば、随分と評価が上がったらしい。
素直に褒められているとは言い難いものの、田舎者という理由だけで見下すつもりはなくなったようだ。
「ですが、次は実戦です」
フィオナは胸元へ手を添え、堂々と顎を上げる。
「魔核の量でも質でも、私がアナタを上回ってみせますわ。相手が強いほど、勝つ価値もありますもの。先生の一番弟子に相応しいのが誰なのか、第三試験ではっきりさせて差し上げます」
「まだ一番弟子にこだわっていたんですか」
「当然ですわ!」
即座に返された。
どうやら、その部分だけは譲るつもりがないらしい。
「はい! 姫様なら、きっと勝てます!」
後ろに控えていたミリアが、胸元で両手を握りしめる。
「先ほどもギデオン様に、ノエル様がいつ頃から修行を始められたのか、どのような鍛錬をしてこられたのか、何度もお尋ねになっていましたもの!」
「……ミリア」
フィオナの声が低くなる。
「はい?」
「そこまで話す必要はありませんわ」
「ですが、姫様がノエル様を侮らず、勝つためにきちんと調べていらっしゃることをお伝えした方が、宣戦布告にも説得力が出るかと……」
ミリアは本気で主人を援護したつもりらしく、不思議そうに首を傾げている。
しかし結果として、フィオナが俺のことを気にしてギデオンへ質問していた事実を暴露しただけだった。
本人の意図とは反対に、少しばかり迫力が削がれてしまった気がする。
「フィオナ様は、ノエル様を競うに値する相手として認めておられるのですね」
それまで黙っていたリゼットが、口を開く。
フィオナは一瞬言葉に詰まり、それから誤魔化すように金色の髪を払った。
「油断して勝てる相手ではないと判断しただけですわ。……というより、あなたはどなたですの? 初対面の相手に、随分とはっきりものを言いますのね」
「こちらはリゼットさんです。ノエル様に仕えている方で、とても強い魔力をお持ちなんですよ!」
ミリアは待っていましたと言わんばかりに、身を乗り出した。
「従騎士試験でも、私の魔法で服に火が燃え移ってしまったところを、氷の魔法で助けてくださいました!」
「あなた、今度はノエル・クラヴィエの従者にまで助けられているんですの!?」
「は、はいぃ……。ですが、今度はノエル様ご本人ではありません!」
「そういう問題ではありませんわ!」
頬を膨らませたフィオナは、小さな拳でミリアの肩をぽかぽかと叩き始めた。
「姫様、痛いですぅ!」
「少しは反省なさい!」
……この二人は、昼食ではなく漫才でもしに来たのだろうか。
一方リゼットはといえば、「ミリアさんのお力になれたのであれば、何よりです」と涼しい顔をしている。
「とにかく、第三試験でお会いしましょう。今度こそ、私が上だと分からせて差し上げますわ」
「望むところです、と言った方がいいのでしょうか」
「少しは競争心を見せなさい!」
最後に声を荒げ、フィオナは身体を反転させる。
「姫様、お食事の席はこちらだそうですぅ」
ミリアは俺たちへ慌てて頭を下げたあと、店の奥へ向かう主人を追いかけていった。
二人の姿が衝立の向こうへ消える。
俺は椅子へ座り直し、少し冷めた飲み物を一口含んだ。
「話の途中だったな。第三試験は一緒に組もうか」
「いやいやいや、待て!」
ルーカスが卓へ両手をつき、身を乗り出す。
「今のやり取りを見た直後に、その結論になるのか!? 第三王女殿下にあれだけ目をつけられているなんて聞いてないぞ! ものすごく厄介ごとの匂いがするんですけど!」
昼下がりの白楡亭に、ルーカスの悲鳴じみた声が響き渡った。




