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不規則に上下する足場や、訓練人形が大球を転がしてくる区画を抜け、俺は奥のエリアへ進んでいく。
そうして、ようやく最後の関門へたどり着いた。
「これはまた……随分と高いな」
行く手を塞いでいたのは、見上げるほど巨大な壁だった。
正確な高さは分からないが、七、八メートルはあるだろうか。
壁の下部は、助走をつければ駆け上がれそうな急斜面になっている。
しかし、途中から角度が垂直へ変わり、最上部に至っては手前側へ僅かに反っていた。
おまけに、壁面には手を掛けられそうな窪み一つない。
難所なのは間違いないらしく、先に出発した受験者まで壁の下へ集まっている。
正面から何度も駆け上がろうとする者。
少しでも身体を軽くするため鎧を脱ぐ者。
そして、魔力を纏わせた武器で足場を作ろうとする者もいた。
試験中の武器使用は禁じられていないから反則にはならないはずだ。
……しかし、気になるな。
これだと、持ち込んだ武器によって難易度が変わってしまう。
たとえば、腰に双剣を下げていた男は、二本の刃を交互に壁へ突き刺しながら身体を引き上げている。
「おお、いけるぞ!」
「もう少しだ!」
周囲から期待の声が上がった。
双剣使いは垂直になった部分も越え、上端まであと僅かという位置へ到達する。
このまま突破者の一人になるかと思われた、その時だった。
「うわっ――!?」
男の身体が、何かに弾かれたように横へ流れる。
壁に刺さっていた剣も抜け、そのまま下に張られた網へ落下した。
「おい、大丈夫か!」
「怪我はないか!?」
近くにいた受験者たちが、一斉に駆け寄っていく。
双剣使いは網の上で身体を起こすと、悔しげに壁の上を睨んだ。
「上の方まで行くと、横から強い風が吹く……! ずっとじゃない。何度か間を置いて、急に来やがるんだ」
「風だと?」
「ああ。あの反り返った場所で食らったら、掴まっているだけじゃ耐えられないぞ」
なるほど。
単に壁を上れば終わりというわけではないらしい。
俺は聞き耳を立てながら、最上部へ目を凝らす。
しばらくすると、壁の上端から零れた砂埃が横へ走った。
少し間を置き、もう一度。
完全に同じ間隔ではないようだが、吹く直前には上の砂が動く。
前触れまで隠されているわけではなさそうだ。
さて、どう越えるか。
一人でも方法はいくつか思いつく。
壁に武器を突き刺して上ることもできるし、先ほど確認した横風を利用する手もありそうだが……。
「なあ、ノエル!」
考えを巡らせていると、背後から明るい声が飛んできた。
振り向けば、ルーカスが丸盾を抱え、反対の手に長いロープを持って立っている。
何やら楽しそうな顔だ。
「俺と協力しないか? この壁を越える、とっておきの作戦を思いついたんだ!」
「その盾で俺を上へ飛ばして、登り切ったところからロープを垂らすつもりか」
「……お前、俺の頭の中が読めるのか? 天才か!?」
本気で驚いているらしく、ルーカスは目を丸くする。
「その手に持っているロープを見れば分かる」
「おっと。こいつがヒントになったか」
ルーカスは今さら隠すように、ロープを背中へ回した。
もう遅いぞ、ルーカス。
「まあ、作戦が伝わったなら話が早い。それで、どうする? 俺の案に乗るか?」
「そうだな。やってみるか」
一人でも越えられるが、ルーカスの方法なら手間が少ない。
制限時間のある試験中だ。
わざわざ申し出を断り、別の手段にこだわる理由はなかった。
「よし、決まりだ!」
ルーカスは嬉しそうにロープを握りしめると、壁の下へ駆けていく。
俺もその後に続き、壁上の砂埃へ目を向けた。
「大事なのはタイミングだ。俺が盾を振り上げる瞬間に、ノエルも跳んでくれ」
「分かっている。風が止んだ直後を狙うぞ」
「変な方向に飛んでも恨むなよ!」
「成功させる気はあるんだろうな?」
ルーカスは返事の代わりに、歯を見せて笑った。
両手で丸盾を持ち、壁へ向けて斜めに構える。
俺はその上へ両足を乗せ、腰を落とした。
ほどなくして、壁上の砂埃が横へ大きく流れる。
強風が過ぎ去り、辺りの空気が静まった。
「行くぞ、ノエル!」
「ああ」
「せーのっ!」
ルーカスの両腕が淡い光を帯びた。
鍛え上げた筋力に魔力強化を加え、盾を勢いよく振り上げる。
同時に、俺も足裏へ魔力を集中させ――その表面を強く蹴った。
身体が上空へ射出される。
壁の下部にある斜面を越え、垂直部分も一息に抜けていく。
上端へ手が届くかと思ったが、反り返った部分を越える寸前で上昇が止まった。
あと僅かに高さが足りない。
落下へ転じる前に腰の剣を抜き、壁へ突き立てる。
刃が深く食い込み、落下しかけた身体を支えた。
その直後、横合いから強烈な風が吹きつける。
「っ……!」
片手で剣の柄に掴まったまま耐えようとすれば、やがて握力が尽きるだろう。
先ほどの双剣使いが吹き飛ばされたのも納得できる強さだ。
俺は剣を支点にしながら、あえて身体を風へ預けた。
勢いよく横へ振られたところで腰を捻り、反り返った壁の上へ片足を掛ける。
そのまま最後の一歩を踏み込み、身体を頂上へ運んだ。
壁上へ転がり込むように着地したあと、すぐさま身を起こす。
突き刺した剣までは、目と鼻の先だ。
上から柄を掴んで引き抜き、今度は足元の地面に深く突き立てた。
続けて、柄にロープの端を結びつける。
何度か引いて固定を確かめてから、残りを壁の下へ投げ落とした。
「ルーカス、上れるぞ!」
「待ってました!」
下から威勢のいい返事が届く。
ルーカスはロープを掴み、壁の斜面へ足を掛けた。
途中で再び横風に煽られたものの、ロープにしがみついて耐える。
盾を背負い直し、腕の力と足運びを使って着実に壁を登っていった。
「よっと……!」
最後は俺が腕を掴み、壁上へ引き上げる。
「ははっ、上手くいったな!」
「最初からロープを見せていなければ、もう少し驚けたんだけどな」
「まだそれを言うのかよ!」
言い合いながら、俺たちは先へ向かって走り出した。
壁の向こうに残っていたのは、木組みの台に吊るされた大きな鐘だけだ。
ルーカスが先にたどり着き、勢いよく鐘を鳴らす。
カァン――!
澄んだ音が、演習場全体へ響き渡った。
係員が俺たちの試験札を確認し、手元の名簿へ目を落とす。
「ノエル・クラヴィエ、ルーカス・ロックベル。両名、制限時間内の到着を確認した。第二試験、合格だ」
「よっしゃあ!」
ルーカスが拳を突き上げる。
騒がしいところはあるが、腕と判断力は確かだ。
こいつと組んだのは正解だったな。
俺は高台を下り、合格者たちの集まりへと加わる。




