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――side リゼット。


 国家騎士団本営の一角に設けられた小演習場。


 小演習場という名前ではあるが、二十人ほどが並んでも十分に余裕がある。

 踏み固められた地面には、木と金属で作られた人形や標的が置かれ、壁際には刃引きされた剣や槍が整然と並べられていた。


 集まった者たちの姿は様々だ。


 仕立てのよい服を身につけた貴族の付き人。

 使い込まれた革鎧を纏う護衛役。

 慣れていない様子で武器を抱えた、若い見習いの姿もある。


 男性の方がやや多く、女性は全体の三分の一ほどだろうか。


 騎士試験の受験者と比べると、年齢も装備もばらつきがある。

 仕える相手も、ここへ来るまでに積んできた経験も異なるのだから、当然なのかもしれない。


 その中に、私と同じくメイド服を身につけている方がいた。


 柔らかそうな茶色の髪に、どこか頼りなさげな雰囲気。

 王都に到着してから、どこかで見かけた気もするが……。

 すぐには思い出せなかった。


「それでは、従騎士登録試験を始める」


 演習場の中央から、よく通る声が響いた。


 担当を務めるのは、赤みがかった髪を後ろで束ねた女性騎士だった。

 装飾の少ない軽鎧を身につけ、腰には細剣を下げている。


 女性騎士が私たちを見回すと、自然と周囲の話し声が収まった。


「最初に説明しておくが、従騎士は騎士団の正式な階級ではない。ゆえに、国家騎士の入団試験ほど厳密な審査を行うつもりもない」


 その言葉を聞いて、何人かがほっとしたように肩の力を抜く。


「だが、騎士の任務へ同行する以上、最低限の力は必要になる。自分の身を守る力。仕える騎士を補佐する能力。そして、周囲を巻き込まないだけの魔力制御だ」


 女性騎士が片手を上げると、係の者たちが人形を演習場の中央へと運び込んだ。


 人と同じほどの大きさがあり、胴体や手足にはいくつもの関節が備わっている。

 内部へ魔力を流すことで、実際の人間に近い動きをする仕組みらしい。


「各自、得意とする魔法か武技を一つ見せてもらう。攻撃に限る必要はない。防御や治療、敵の足止めなどでも構わん。従騎士として役立つ能力だと判断できれば合格とする」


 説明が終わると、試験札の番号順に名前が呼ばれていく。


 剣に魔力を纏わせ、人形の胴へ鋭く斬り込む者。

 魔力の盾を作り、木剣の一撃を防ぐ者。

 味方の身体能力を一時的に高める補助魔法を披露する者もいた。


 騎士試験とは違い、純粋な強さだけを比べるものではないらしい。

 仕える騎士に何ができるのか。

 それを示す試験ということなのだろう。


「次、ミリア・エルネス」

「は、はいぃ!」


 名前を呼ばれたのは、先ほど見つけたメイドの少女だった。


 ミリアは肩を大きく跳ねさせると、ぎこちない足取りで演習場の中央へ向かう。


 緊張していることは、離れた場所からでも一目で分かった。

 右手と右足が同時に出かけ、そのことに気づいて慌てて姿勢を整えている。


「使用するのは魔法か?」

「はいっ。火属性の魔法を使います!」


 質問に答える声も、僅かに裏返っていた。


 女性騎士が人形を指し示す。

 ミリアはその正面に立つと、胸元で両手を重ね、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「落ち着いて……。姫様の従者として、しっかりしないと……」


 小さな呟きが聞こえる。

 やがて、ミリアの両手の間に赤い魔力が集まった。


 小さな炎が一つ、二つと浮かび上がる。

 それらは数を増やしながら、ミリアの周囲をゆらゆらと漂い始める。


 離れた場所にいても、頬を撫でる熱が感じられる。

 周囲の受験者たちは声もなく、増え続ける炎を見つめていた。


「【火葬】!」


 ミリアが両手を前へ突き出す。


 次の瞬間、ゆらめいていた炎が一斉に押し寄せた。


 赤い炎は扇状に広がり、人形ごと辺りを呑み込んでいく。

 燃え盛る炎が地面を舐め、熱気と焦げた匂いが演習場に立ち込めた。


「なんだ、あの威力は……」

「攻撃範囲も広いぞ」

「本当に従者なのか?」


 周囲から驚きの声が上がる。


 複数の敵を一度に焼き払うことを想定した魔法なのだろう。

 従騎士試験で見せるものとしては、十分すぎるほどの威力だった。


「や、やりましたぁ……」


 ミリアは安堵したように胸を撫で下ろす。

 しかし、広がった炎の端が風に煽られ、彼女の足元へ流れていた。


「え?」


 メイド服の裾に、赤い炎が燃え移る。


「ひゃあああっ!? も、燃えてます! 私、燃えてますぅ!」


 ミリアは顔を青ざめさせ、その場で慌てて回り始めた。

 このままでは、かえって炎が広がりかねない。


「動かないでください。【氷結】」


 私は指先から冷気を放った。


 白い霜が地面を走り、燃えていた裾の部分だけを氷で覆う。

 炎は小さな音を立てて消え、白い蒸気が立ち上った。


「もう大丈夫です」

「あ、ありがとうございますぅ……!」


 ミリアは涙目になりながら、何度も頭を下げる。

 その様子を見て、担当の女性騎士が大きく息を吐いた。


「魔法の威力と範囲は十分だ。だが、自分の服を燃やしていては、騎士を補佐するどころではないぞ」

「も、申し訳ありません……」

「放った後の炎にまで意識を向けろ。魔法は発動すれば終わりではない。今回は合格にするが注意するように。下がってよし」

「はいぃ……」


 すっかり肩を落としたミリアが、こちらへ歩いてくる。


「本当に助かりました。あのままだったら、服だけでは済まなかったかもしれません……」

「お怪我がなくて何よりです」

「えっと……先ほど、ノエル様とご一緒にいらした方ですよね?」

「ノエル様をご存じなのですか?」


 首を傾げて尋ねると、ミリアはこくりと頷いた。


「はい。姫様を追いかけていた時、転びそうになったところを助けていただきました」

「そうだったのですね。私はリゼットと申します。ノエル様の従者として、こちらの試験を受けに参りました」

「私はミリアです。フィオナ姫様にお仕えしています」


 名乗り終えると、私たちは揃って頭を下げた。

 フィオナという名を聞き、受付で遠目に見かけた金髪の少女を思い出す。


 ノエル様の前に立ち、何やら強い口調で言葉を交わしていた方だ。

 その傍らに、ミリアの姿もあったような気がする。


「姫様のお役に立ちたくて受験したのですが……。やはり、私には向いていないのでしょうか」

「そのようなことはありません。先ほどの魔法には、十分な力がありました」

「でも、自分の服を燃やしてしまいましたぁ……」

「扱いに慣れていないのであれば、これから身につければよいのです。最初から何もかも完璧にできる方ばかりではありませんから」


 私自身、氷属性の魔法を使い始めた頃は、必要以上に周囲を凍らせてしまうことがあった。

 ノエル様やギデオン様との修行を重ね、少しずつ扱い方を覚えてきたのだ。


「……はい。ありがとうございます、リゼットさん」


 ミリアは表情を明るくし、私の隣へ並ぶ。

 その時、後方にいた男性たちの話し声が耳に入った。


「火力だけは大したものだったが、あれではな」

「自分の身を危険に晒すようでは、従騎士失格だろう」

「所詮はメイドだ。戦場へ出るより、主人の身の回りの世話をしている方が似合っている」


 声を潜めているつもりなのだろう。

 けれど、エルフ族である私の耳には、はっきりと届いていた。

 ミリアにも聞こえたのか、再び俯いてしまう。


 私一人が何を言われようと、気にするつもりはない。

 王宮にいた頃は、これよりも悪意のある言葉を何度も浴びせられてきた。


 けれど、今の私はノエル様の名を背負い、この場に立っている。

 私の振る舞いは、主人であるノエル様への評価にも繋がるかもしれない。


 ならば――。


 ノエル様の従者として、恥ずかしくない姿をお見せしなければならない。


「次、リゼット」

「はい」


 名前を呼ばれ、私は一歩前へ出る。

 演習場の中央へ向かう途中、先ほど話していた男性たちから視線を向けられた。


「またメイドか」

「しかも、エルフ族の子供だぞ」


 私は足を止めることなく、訓練人形の前へ立つ。


「使用するのは氷属性の魔法と、短剣です」


 そう告げ、エプロンの裏側に仕込んでいた二本の短剣を抜いた。


 女性騎士が係の者へ目配せする。

 係の者が魔道具を操作すると、訓練人形の瞳に淡い光が灯った。

 続けて木剣を構え、関節を軋ませながら動き始める。


「準備はいいか?」

「はい。いつでも構いません」

「では、始め!」


 合図と同時に、訓練人形が地面を蹴った。

 真っ直ぐにこちらへ向かい、木剣を振り上げる。


「【凍華陣】」


 私の足元から、冷気が地面を伝っていく。

 ただし、以前のように周囲一帯を凍らせることはしない。

 白い氷が花のように咲いたのは、訓練人形の両足だけだった。


 地面と足を繋ぐように氷が固まり、人形の身体が大きく揺らぐ。

 振り下ろされた木剣が、虚しく空を切った。


 同時に、私が進む先の地面へ細い氷の道が生まれる。

 一歩踏み出し、靴底を滑らせた。


 足を乗せる頃には、その先へ新たな氷が伸びていく。

 通り過ぎた場所の氷はすぐに薄くなり、地面にはほとんど残らない。


 訓練人形へ向かって、一直線に加速する。


 人形の足は封じた。

 けれど上半身は動く。


 迫る私に合わせて、訓練人形が木剣を横薙ぎに振るった。

 剣が届く寸前。

 右足へ僅かに力を込める。

 私の前に伸びていた氷の道が、急角度で横へ曲がった。


 木剣の軌道から外れ、そのまま人形の周囲を滑る。

 直進から急な曲線へ。

 身体を傾けながら背後へ回り込み、氷の道を途切れさせた。


 その瞬間、滑っていた身体がぴたりと止まる。

 私は右手の短剣を持ち上げ、人形の首筋へ刃先を突きつけた。


 演習場が静まり返る。


「……そこまで」


 女性騎士の声が響いた。

 私は短剣を下ろし、訓練人形から離れる。


「対象の拘束、自身の移動、急な方向転換から停止まで……。すべて一つの魔法で行ったのか」

「はい」

「それでいて、必要のない場所にはほとんど魔力を使っていない……」


 女性騎士は訓練人形の足元へ視線を落とすと、感心したように息を吐いた。


「見事だ、リゼット。文句なしの合格とする」

「ありがとうございます」


 短剣を収め、丁寧に頭を下げる。


 その直後だった。


 演習場の外から、大きな歓声が聞こえてくる。

 高い壁の向こう側。

 ノエル様が試験を受けている方角だ。


「今の歓声は……?」

「騎士試験の方で、誰かが何かしたのか?」


 周囲の受験者たちが、口々に声を上げる。


 姿を見ることはできない。

 それでも、あの歓声の中心に誰がいるのか、なぜか分かったような気がした。


「……ノエル様」


 私は演習場の外へ視線を向ける。

 きっとあちらでも、ノエル様は周囲の方々を驚かせているのだろう。

 そう思うと、自然に口元が緩んだ。

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