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「第一試験はここまでだ。合格者は係員の案内に従い、第二試験会場へ移動してくれ」


 ガレスの声が大練兵場に響き渡る。


 周囲を見回すと、広場に残っている受験者は最初の七割ほどだろうか。

 もっと一気に数を減らすものかと思っていたが、まだまだ人数は多い。


 俺は係員の指示に従い、大練兵場の奥へ続く通路を進む。

 しばらく歩くと、石造りの通路の先で視界が開けた。


 そこに広がっていたのは、またしても広大な訓練区画だった。

 ただし、先ほどの大練兵場とは趣が違う。


 足を取られそうな泥地。

 高く積み上げられた石壁。

 さらに、一定の間隔で上下する足場や、淡い光を帯びた訓練用の魔道具まで並んでいる。


 前々世の感覚で言えば、大がかりなアスレチック施設といったところだろうか。

 もちろん、ここで行われるのは遊びではない。

 障害物の規模や配置を見る限り、気を抜けば普通に怪我をしそうである。


「集まったな。説明を始めるぞ」


 先に移動していたガレスが、訓練区画の中央でぱんぱんと手を叩いた。

 その音に、受験者たちの視線が自然と集まっていく。


「ここは機動演習場だ。第二試験では、魔力の扱い方を見せてもらう」


 ガレスが指差した先には、木と石で組まれた高台があった。

 その先へ伸びているのは、空中に架けられた五本の細い道だ。

 幅は人ひとりが走れる程度。

 足を踏み外せば、下に張られた網へ落ちる仕組みになっているらしい。


「開始台から出発し、制限時間内にゴールまでたどり着けば合格だ。ただし、第二試験では全員に封魔環を装着してもらう」


 その言葉に、受験者たちの間でざわめきが起こった。


 封魔環。

 名前からして、魔力を抑える魔道具だろう。

 見ると、係員たちが銀色の腕輪のようなものを並べた箱を運んできていた。


「封魔環は、身体から引き出せる魔力の上限を一定値まで下げる道具だ。完全に魔力を封じるわけではないが、普段通りの力は出せなくなる。限られた魔力でどう動くか、よく考えて挑め」

「魔力を抑えられて走れっていうのかよ」

「そんなの、騎士の試験じゃないだろ」

「力を示す場ではないのか……?」


 不満げな声が、あちこちから漏れる。

 だが、俺は悪くない試験だと思った。


 魔力持ちかどうかは、生まれで決まってしまう。

 けれど、魔力量そのものは訓練によって増やすことができる。

 多いに越したことはないが、それだけで優劣が決まるわけではないというわけだ。


 引き出した魔力をどう扱うか。

 身体の動きへ、どれだけ無駄なく反映できるか。

 限られた魔力で最大限の結果を出す技術も、実戦では重要になる。


 もちろん、俺くらい規格外の魔力を持っている場合は話が変わってくるが……。

 そんな例外を基準にするわけにもいかないだろう。


「係員から封魔環を受け取った者は、腕に装着して開始台へ並べ。五人そろった組から順次出発だ。制限時間を過ぎた者、封魔環を外した者は失格とする」


 ガレスの説明が終わると、受験者たちは順番に係員の元へ向かい始めた。


 俺も封魔環を受け取り、手首へ通す。

 かちり、と小さな音がして輪が閉じた瞬間、体の内側に薄い膜を張られたような感覚があった。

 魔力そのものを奪うのではなく、外へ流す量を絞っているらしい。


 力ずくで壊せないこともなさそうだが、試験中にそんなことをすれば当然失格だ。

 大人しく、この条件で動くとしよう。


 やがて、最初の五人が開始台へ上がる。

 その中にはフィオナの姿もあった。

 五本の細い道へ、それぞれ一人ずつ配置される。

 そして細道の左右では、巨大な振り子が待ち構えていた。

 丸太の先に鉄塊を括り付けたような訓練器具だ。

 ぶんっ、ぶんっ、と唸りを上げながら、細道を横切るように振られている。


 当たれば落下は免れないだろう。

 下に網があるとはいえ、痛みまでは防いでくれないはずだ。


 フィオナは軽く膝を曲げ、前方の細道を見据えた。

 封魔環の感覚が気になるのか、一度だけ手首へ視線を落とす。

 だが、すぐに顔を上げると、いつもの勝ち気な表情を取り戻した。


「始め!」


 ガレスの合図と同時に、五人の受験者が一斉に走り出す。


 先頭に立っていた受験者の一人が、真っ先に飛び出した。


「よっしゃあ、行ってやらぁ!」


 男は威勢よく叫び、足裏に魔力を集中させる。

 狙いは分かりやすい。

 振り子の動きを読むより先に、細道を一気に駆け抜けるつもりなのだろう。


 だが、次の瞬間。

 男の顔に、明らかな戸惑いが浮かんだ。


 封魔環によって、引き出せる魔力が制限されている。

 普段なら爆発的な加速を生むはずの踏み込みも、今は思ったほど速度が乗らない。


「うおっ――!?」


 横合いから振られた鉄塊が、男の身体を捉える。

 鈍い音と共に体勢が崩れ、男は細道から弾き出された。


「うわああああっ!」


 叫び声を上げながら、男は下に張られた網へ落ちていく。

 網が大きく沈み込み、弾むようにしてその身体を受け止めた。

 命に別状はなさそうだが、しばらく起き上がる気配はない。


「……おいおい。こんなの、どうやって進めっていうんだよ」


 一組目の受験者の一人が、思わず足を止める。

 無理もない。

 細道の上に立てば逃げ場は限られる。

 しかも封魔環のせいで、普段通りの速度や跳躍には頼れない。


 そんな中、フィオナが動いた。


 彼女は細道の上で重心を落とし、迫り来る振り子をじっと見据える。

 鉄塊が目の前を横切った直後。

 足元に白金色の魔力が淡く灯った。


 鋭い踏み込みだが、決して大きく進みすぎない。

 数歩先へ移動すると、次の振り子が迫る前にぴたりと止まる。


 そして、また待つ。

 鉄塊が通り過ぎる。

 その一瞬後に、再び踏み込む。


 振り子の隙間を縫うように進んでいた。

 足に込める魔力も必要最小限。

 封魔環で出力を制限されている以上、正しい判断だろう。


「ふぅ……」


 思わずため息がこぼれる。

 どうやら、第一関門の対処法は分かっていたようだな。


 ……って、なんで俺が安心してるんだ。


 別にフィオナが落ちようと、俺の試験結果には関係ない。

 ないはずなのだが……。

 あれだけ正面から勝負を挑まれた相手が、この程度の障害で脱落するのは少し物足りない。

 たぶん、そういうことだろう。


 フィオナの動きを見て、他の受験者たちも少しずつ進み始めた。

 最初はぎこちない。

 振り子の前で足を止めすぎたり、踏み込みの距離を誤って慌てたりしている。

 それでも、最初の男のように力任せで突っ込む者はいなくなった。


 一組目は、五人中三人が細道を突破した。

 その後も、数組が同じ関門へ挑んでいく。


 うまく振り子の周期を読めずに落ちる者。

 時間を使いながらも、慎重に渡り切る者。

 途中で足を滑らせかけ、冷や汗をかきながら踏みとどまる者。


 見ているだけでも、実力差がよく分かる。

 単に魔力量が多いだけでは進めない。

 これは確かに、魔力の扱いを見る試験なのだろう。


 やがて、俺の番が回ってきた。


「第七組、始め!」


 開始の合図を出したのは、ガレスではなく係員の女性だ。

 教官本人は、少し離れた観客席に座っていた。

 障害物はこの細道だけではなく、いくつかの関門がある。

 全体を見渡せる場所から、受験者たちの動きを確認しているのだろう。


 合図と共に、同じ組の受験者たちが動き出す。


 だが、俺は一歩も進めなかった。


 なぜなら、俺の前にある細道の途中で、一人の受験者が立ち止まっていたからだ。

 前の組の者だろう。

 振り子と振り子の間で完全に動けなくなり、足元を見たまま固まっている。


「……あの、まだ人が残っていますけど」


 俺は近くにいた係員の女性へ声をかけた。


「え?」


 女性は慌てて細道の方を見る。

 残っている受験者に気づくと、困ったように眉を寄せた。


「そこの受験者。あなたは制限時間を過ぎています。失格ですので、降りてこちらへ戻ってください」


 係員の声が、機動演習場に響く。

 しかし、細道の上にいる男は首を横に振った。


「む、無理だ! 俺は高いところが苦手なんだよ!」


 ここまで来て、それを言うのか。

 そんな言葉が喉まで出かかる。

 もちろん口にはしない。

 だが、同じようなことを考えた者は多かったらしく、周囲の受験者たちから微妙な空気が流れた。


「こういう時は、どうするんですか?」


 俺が尋ねると、係員の女性は申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません。あまりない事態ですので、教官に確認いたします」


 女性がもう一人の係員に指示を出すと、その者は足早に観客席の方へ走っていった。


「……分かりました」


 返事はしたものの、俺は細道の上で固まっている受験者を見る。

 このまま待っている時間も、当然、俺の制限時間に含まれているのだろう。

 なかなか理不尽な状況である。


 さて、どうしたものかな。


「おい、あれ見ろよ!」


 背後から聞こえた声に反応して、隣の細道へ視線を向ける。

 同じ組の受験者の一人が、他とは違う方法で進んでいた。


 左腕に丸盾を構え、迫ってくる振り子を受け止める。

 いや、受け止めるというより、弾いているのか。

 盾の表面に魔力を流し、衝突の瞬間に角度をつけて力を逃がしている。


 鉄塊が盾を打つたび、鈍い音が響いた。

 それでも男の足は止まらない。

 一歩、また一歩と、危なげなく細道を進んでいく。


 あいつ、やるな。


 封魔環で魔力を制限された状態で、あの大きな振り子を弾く。

 盾の角度、足運び、魔力を流すタイミング。

 その全てが噛み合っていなければ、簡単に体勢を崩されるだろう。


 ……そういえば。

 振り子に触れたら失格とは言われていない。

 落ちなければ問題ない、ということか。


 なら、俺も少し別の方法で行かせてもらおう。


 俺は細道の先を見据え、振り子の軌道を目で追った。

 正面には、相変わらず動けない受験者がいる。

 普通に進めば、どうしてもそこで詰まる。


――だったら、普通に進まなければいい。


 目の前を振り子が横切った瞬間、俺は地面を蹴った。

 開始台から飛び出し、宙へ躍る。


「なっ……!?」


 係員の驚いた声が聞こえた。

 だが、構っている暇はない。


 俺は振り切った直後の丸太部分へ足を乗せる。

 足裏に薄く魔力を流し、揺れる足場の上で姿勢を保つ。


 次の振り子が迫る。

 その動きに合わせて、さらに跳ぶ。

 今度は鉄塊の付け根を踏み台にし、反対側へ身体を運んだ。


 落ちれば失格。

 当たれば網の上。

 だが、動きの周期さえ読めば、振り子も足場として使えなくはない。


 細道の上で固まっていた受験者を頭上から追い越す。

 男がぽかんと口を開けて見上げていたが、気にしている場合ではない。

 俺は八つほどの振り子を踏み、最後に細道の終点へ向かって跳んだ。


 着地。

 靴底が石の床を叩く。


 振り返ると、動けなくなっていた受験者も、係員も、他の受験者たちもこちらを見ていた。

 また少し目立ってしまった気がする。


「お前、すごいな!」


 横から明るい声が飛んできた。

 見れば、先ほど盾で振り子を弾きながら進んでいた青年が、こちらへ歩いてくるところだった。


 短く刈った茶色の髪に、人懐っこい笑み。

 背中には短めの槍を背負い、左腕には使い込まれた丸盾を装着している。


「いやー、俺も変わった進み方をしてる自覚はあったけどさ。まさか振り子の上を走る奴がいるとは思わなかったぜ」


 青年は楽しげに笑うと、こちらへ右手を差し出した。


「俺はルーカス。ルーカス・ロックベルだ。よろしくな、ノエル・クラヴィエ」

「名乗った覚えはないんだが?」


 ルーカスに半眼を向ける俺。

 恐らく、第一試験の時にガレスとのやり取りを聞いていたのだろう。

 そもそも、制限時間のある試験中に自己紹介を始める時点でどうかと思うが……。


 俺の視線など気にした様子もなく、ルーカスは半ば強引にこちらの手を取った。


「まあまあ、同じ組になった縁だ。お互い頑張ろうぜ!」


 軽く上下に振るように握ると、ルーカスはすぐさま次の障害へ向かって駆け出していく。


 ……なんとも慌ただしいやつだ。


 とはいえ、腕は確かだろう。

 俺も、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。


 ルーカスの背を追うように、俺は次の関門へ向かって走り出した。

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