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さすがに有名人なのだろう。
名乗り出たのがフィオナだと分かると、受験者たちがお互いに顔を見合わせる。
「第三王女殿下だ……」
「フィオナ様が受験されるとは聞いていたが」
「どれほどの力をお持ちなのだろうな」
そんな声を背に受けながら、フィオナは迷いなく測定碑の前へ立った。
男の多いこの会場では、華やかな姿がひときわ目を引く。
だが、腰に下げた剣へ伸ばす手つきには、確かな鍛錬の跡が感じられる。
「準備はいいか?」
ガレスの問いに、フィオナは小さく頷く。
「ええ。問題ありません」
そう答えると、フィオナはちらりとこちらへ視線を向けた。
なぜ、いちいち俺を見る。
今は試験に集中した方がいいんじゃないか?
俺の心の声が聞こえたわけじゃないだろうが……。
フィオナは前へ向き直り、腰の剣を抜いた。
磨き上げられた刀身に、白金色の魔力が流れ込んでいく。
先ほど受付で感じた通り、かなり強い聖魔力だ。
「【閃剣】」
短い発動句と共に、フィオナが一歩踏み込む。
横薙ぎに振るわれた剣が、測定碑の表面を鋭く打った。
キィンッ、と澄んだ音が広場に響く。
直後、測定碑の刻印が下から順に光っていった。
一本、二本、三本――。
勢いは止まらず、八本目までが淡い光を放つ。
「八本……!」
「教官とほとんど変わらないぞ!?」
「さすがはアシュラント王家の血筋か……」
受験者たちの間に、驚きの声が広がる。
先ほどの大男とは比べものにならない結果だ。
だが、中には冷静に遠くの測定碑へ視線を向ける者もいた。
「だが、まだ近接だけだ」
「遠距離まで強いとは限らない」
その声が聞こえているのか、いないのか。
フィオナは表情を崩さず、剣を鞘へ納めた。
「見事だ。続けて遠距離を確認する」
ガレスが短く告げると、フィオナは白い線の手前まで進む。
遠くに置かれた二つ目の測定碑へ視線を向け、右手を静かにかざした。
魔力が掌に集まり、小さな光球となって形を成していく。
それは徐々に輝きを増し、周囲の空気を震わせた。
「【聖光弾】」
放たれた魔弾が、一直線に測定碑へと飛ぶ。
白い線を越えた先で光が弾け、鈍い衝撃音が遅れて響いた。
同様に順番に刻印が光っていく。
一本、二本、三本。
さらに四本目、五本目までが淡く輝いた。
「遠距離で五本……!」
「近接だけではないのか」
「これで弱点らしい弱点も見えないぞ」
広場にどよめきが広がっていく。
フィオナは掌を下ろすと、当然の結果だと言わんばかりに胸を張った。
そしてまた、口角を上げながらこちらを見る。
確かにギデオンの言う通り、自信過剰なところはあるようだ。
才能は疑いようもない。だが、あの調子のままでは、いつか格上を相手に足をすくわれかねない。
……まあ、わざわざ俺が教えてやる義理もないのだが。
ここまで挑発されて黙っているのも、少し癪ではある。
フィオナと入れ替わるように、俺は前へと歩み出た。
「次はお前だな、三十二番」
ガレスの声がかかった。
どうやら、俺が前へ出た時点で順番を回してくれるらしい。
「直前がフィオナ様だからといって、気負う必要はないぞ。あれは例外だ」
「お気遣いありがとうございます」
軽く返事をしながら、俺は測定碑の前へ立つ。
さて、どうしたものか。
この測定は、派手な魔法を見せる場ではない。
重要なのは、攻撃にどれだけ魔力を乗せられるかだ。
余計な魔法を使う必要はない。
俺はゆっくりと右手を握る。
聖属性の魔力と死属性の魔力。
二つを一瞬だけ混ぜ合わせ、拳へと流し込んだ。
力を示すにはこれで十分だろう。
そう思い、測定碑を殴る。
ゴンッ――と、音が鳴るはずだった。
「……あ」
しかし、衝撃はほとんど手に返ってこなかった。
気づけば、俺の手が触れた部分を中心に、黒い測定碑へ拳大の穴が空いている。
そこから覗けば、向こう側の景色まではっきり見えていた。
刻印は一瞬だけ光ったように見えたが、すぐに沈黙してしまう。
おそらく、測定そのものが正常に行われなかったのだろう。
広場から音が消えた。
これはやってしまったな。
俺の合成魔力には、消滅の性質があるんだった。
測定碑は特殊な鉱石で作られているのか、かなり頑丈そうに見えたのだが……。
魔力に耐性があっても、なんでも防げるとは限らないらしい。
「……え?」
「今、何が起きた?」
「測定碑に穴が……」
遅れて、受験者たちの間にざわめきが広がっていく。
当然だろう。
俺だって、こうなるとは思っていなかった。
「すみません。壊すつもりはなかったんですが……」
俺はガレスに向かって、素直に頭を下げる。
当のガレスはしばらく穴の空いた測定碑を見つめたまま動かなかった。
兜に隠れて表情は分からないが、空気だけは明らかに変わっている。
「……お前、名前は?」
「ノエル・クラヴィエです」
「ノエル……クラヴィエ。お前が……」
ガレスは俺の名を繰り返した。
ほんの一瞬だが、兜の奥で息を呑む気配があった。
「ええと、初対面ですよね?」
「すまない、こっちの話だ」
ガレスは短く言うと、近くに控えていた係員へ視線を向ける。
「測定碑の状態を確認しろ。記録も忘れるな」
「は、はい!」
係員たちが慌てて測定碑へ駆け寄っていく。
その様子を横目に、ガレスは俺へ声をかけた。
「遠距離の測定に移れ。近接の結果は、こちらで確認しておく」
「続けるんですか?」
「ああ。壊れたから終わり、とはならん」
それはそうなのだろうが。
こちらとしては、もう一つまで壊すわけにはいかない。
俺は白い線の手前まで移動し、遠くに置かれた二つ目の測定碑へ視線を向ける。
今度は合成魔力を使わない。
聖属性の魔力を練り、掌へ集める。
白い光が球となって浮かび上がった。
これなら、少なくとも測定碑を貫通するようなことはないはずだ。
掌から放たれた魔弾は一直線に飛び、遠くの測定碑へ命中した。
今度は問題なく、刻印が光る。
結果は四本。
「四本か……」
「遠距離はフィオナ様の方が上だな」
「さっきのは何だったんだ? まぐれか?」
「いや、測定碑に穴を空けるまぐれって何だよ」
受験者たちが口々に言葉を交わす。
近接の結果が測定不能だったこともあり、どう評価すればいいのか迷っているらしい。
そんな声に紛れて、フィオナの呟きも耳に入った。
「今の魔力、さっきと違いましたわ……」
どうやら、気づかれたらしい。
ただ自信があるだけではなく、魔力を見る目もあるようだ。
ガレスもまた、しばらく俺の遠距離測定の結果を見つめていた。
それから、測定碑を調べていた係員の一人が駆け寄ってくる。
「ガレス様。近接用の測定碑ですが、内部まで完全に貫通しています。魔力反応は残っていますが、刻印の記録は正常に取れておりません」
「分かった、下がっていいぞ」
ガレスは短く頷く。
そして、広場に聞こえるように告げた。
「三十二番、ノエル・クラヴィエ。遠距離は四本。近接は測定不能だが、測定碑を破損させるだけの出力を確認した。例外的な扱いにはなるが、合格とする」
その言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
測定碑を壊した時はどうなることかと思ったが、どうやら失格にはならずに済んだらしい。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて、俺は列の方へ戻る。
その途中で、フィオナと目が合った。
彼女は何か言いたげに唇を引き結んでいたが、結局その場では口を開かなかった。
ただ、こちらを見る目は、先ほどまでとは明らかに違っている。
少し、大人げなかったかもな。
聖属性の魔力だけであれば、今回の測定ではフィオナの方が俺より上だったはず。
とはいえ、今も遠くでこちらを眺めているギデオンには俺の合成魔法を見せているのだ。
ここで隠しでもしたら、あとで突っ込まれること間違いななかった。
そんなことを考えている間にも、係員たちは壊れた測定碑を運び出し、予備を用意するために慌ただしく動き回っていた。
結果として、規格外の受験者が続けて試験を受けたことに加え、測定碑が一つ使えなくなった影響もあり、その後の進行が妙に遅くなったのはご愛敬である。




