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案内に従って進むと、視界が一気に開けた。
――国家騎士団本営、大練兵場。
踏み固められた土の広場は、クラヴィエ領で使っていた訓練場とは比べものにならないほど広い。
端には武器を並べた台や、魔法試験に使うのだろう標的がいくつも置かれている。
さらに周囲を囲むように石造りの観客席が設けられており、上段には騎士団関係者らしき者たちの姿もあった。
広場の中央には、すでに多くの受験者が集まっている。
受付でも見かけた者たちが、各々の武器を確かめたり、互いに言葉を交わしたりしていた。
「ノエル・クラヴィエ」
少し離れた場所から声がした。
振り向くと、銀の軽鎧を身に着けたフィオナが、腕を組んでこちらを見ている。
「逃げずに来ましたのね」
「受付を済ませた以上、来ない理由がありませんので」
「ふん。その余裕、いつまで続くか楽しみですわ」
フィオナはそう言うと、つんと顎を上げて前を向いた。
どうやら、俺の平穏な騎士試験は始まる前から難易度が上がっているらしい。
横目で観客席の方を確認すると、上段の一角にギデオンの姿があった。
こちらに気づいたのか、ギデオンは楽しげに片手を上げてくる。
……完全に面白がっているな、あの人。
軽く半眼になったところで、広場の空気が変わった。
がしゃり、と重い金属音が響く。
大練兵場の入口から現れたのは、全身を鎧で覆った一人の騎士だ。
顔は兜に隠れているが、歩くだけで周囲の視線を集めるほどの存在感がある。
「はいはい、注目。騎士を目指す元気な若者たち、私語はそこまでだ」
鎧姿のわりに、声の調子はどこか気安い。
だが、その一言で受験者たちのざわめきが引いていった。
「本日の騎士入団試験で監督を務める、ガレス・ヴァンホルトだ。階級は黄金騎士。普段は下位の騎士どもを鍛えているせいで、皆からは教官と呼ばれている。君たちも好きに呼んでくれ」
試験官はそう言って、兜越しに俺たちを見回した。
「まず言っておく。ここに立っている時点で、君たちは受験資格を満たしている。貴族の子弟、元冒険者、雑兵上がり――出自はそれぞれだろうが、今日見るのはそこじゃない。必要なのは、騎士として前に立てるだけの力と覚悟だ。試験中の怪我は、騎士団付きの治療師が対応する。ただし、危険と判断すればこちらで止める。指示に従わない者は、その時点で失格だ」
そこで、ガレスの声が明るくなる。
「それと、成績次第では通常より上の階級から任官されることもある。腕に覚えがあるなら、遠慮なく示せ」
その言葉に、受験者たちの間で小さなどよめきが広がった。
「上の階級から……」
「なら、ここで目立てば一気に差をつけられるってことか」
「面白い。見ていろよ」
先ほどまでの緊張とは違う、熱を帯びた空気が広場に満ちていく。
誰もが、自分の力を示す機会を待っているようだった。
「はいはい、静かに。やる気があるのは結構だが、試験は順番に進めるぞ」
ガレスはそう言うと、広場の一角を指差した。
そこには、人の背丈ほどもある黒い石碑が置かれている。
表面には十本の刻印が縦に並んでいた。
「まずは魔力出力測定だ。あそこにある測定碑へ魔力を込めた攻撃を当てる。すると――」
言いながら、ガレスは測定碑の前まで歩いていく。
特別な構えを取ることもなく、鎧に覆われた拳を軽く握った。
「こうなる」
ゴンッ、と鈍い音が響いた。
次の瞬間、測定碑に刻まれた十本の刻印のうち、九本が淡い光を放つ。
「今のように、込められた魔力の強さに応じて刻印が光る。まずは手前の測定碑で近接攻撃を見せてもらう。その後、離れた位置にあるもう一つの測定碑を使って、遠距離攻撃の出力も確認する」
ガレスが示した先には、もう一つの測定碑が置かれていた。
その手前には白い線が引かれており、そこから先へ進まず攻撃するということらしい。
「武器は剣でも槍でも拳でも構わん。早速やってみようという者はいるか?」
受験者たちへ視線を泳がせるガレス。
「なら、俺がやってやるよ!」
真っ先に声を上げたのは、筋骨隆々の大男だった。
他の受験者たちより頭一つ分は大きく、太い腕にはこれ見よがしに筋肉が盛り上がっており、背中には物騒な大斧を担いでいた。
これはまた濃いのが出てきたな……。
一見すると、騎士というより山賊だぞ。
「いいぞ、元気があるのは嫌いじゃない」
ガレスは楽しげに笑い、測定碑の前を空ける。
大男は鼻息を荒くしながら前へ出ると、背中の大斧を手に取った。
刃に赤茶けた魔力がまとわりつき、周囲の空気をわずかに震わせる。
「見てやがれ! 【剛斧撃】!」
力任せに振り下ろされた大斧が、黒い測定碑へ叩きつけられる。
ゴンッ、と重い音が響いた。
直後、測定碑に刻まれた十本の刻印のうち、下から二本が淡く光を放つ。
「どうだっ! 二本光ったぞ!」
大男は嬉しそうに声を上げ、周囲の受験者たちを見回した。
だが、ガレスは兜の奥から淡々と告げる。
「不合格だ。下がれ」
「……は?」
大男の表情が固まった。
それから、納得できないとばかりにガレスへ詰め寄る。
「な、なんでだよ! ちゃんと光っただろうが!」
「光ればいい、というものじゃないんでな。近接用の測定碑は三本以上。遠距離用の測定碑は二本以上が基準だ」
ガレスは、測定碑に浮かんだ二本の刻印を見ながら告げる。
「もちろん、遠距離は苦手だが近接は飛び抜けている、という者もいる。そういう場合は総合的に判断する」
「だったら、俺の遠距離も見てくれよ。そこで挽回してやるからよ!」
大男は大斧を握りしめたまま、食い下がる。
だが、ガレスは首を横に振った。
「無理だ。魔力は身体から離れるほど減衰する。遠距離攻撃が得意な者でも、基本的には近接攻撃より出力が落ちる」
大男へ向き直るガレス。
「近接で三本に届かない以上、遠距離を見るまでもない。今回はここまでだ」
「くっ……」
大男は歯を食いしばった。
まだ何か言いたげではあったが、黄金騎士を前にそれ以上は続けられなかったらしい。
「……ちくしょう」
低く吐き捨てると、大男は肩を落として広場の外へ下がっていった。
「さて、次に挑戦する者は?」
ガレスが受験者たちへ問いかける。
だが、すぐに名乗り出る者はいなかった。
無理もない。
最初に挑戦した男は、見た目だけならかなり強そうだった。
それでも、測定碑に示された結果は基準に届かず、その場で不合格を告げられた。
魔力の強さが、刻印の本数としてはっきり示される。
言い訳も、見栄も通じない。
下手に名乗り出れば、次に実力を晒されるのは自分かもしれない。
受験者たちがためらうのも当然だった。
そんな空気の中、一人の少女が静かに手を上げた。
「私が参りましょう」
凛とした声に、受験者たちの視線が一斉に集まる。
金髪を風に靡かせた第三王女――フィオナ・アシュラントは、迷いのない足取りで前へ進み出た。




