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――王城外郭、国家騎士団本営。
王都の中心に近い場所なだけあって、周囲の建物はどれも端正な造りをしていた。
上質な石材で造られた宿舎、重厚な扉を備えた武器庫、騎士団の紋章旗を掲げる本部棟。
それらが広い敷地の中に整然と並んでいる。
「ほれ、あそこが受付じゃ。まずは名乗って、試験札を受け取ってくるんじゃな」
ギデオンが指差した先にあったのは、騎士団本部の入口だ。
日よけの天幕の下に長机が並べられ、事務官らしき者たちが、訪れた受験者の名を一人ずつ確認していた。
いくつかある列のうちの一つに並んだ俺。
集まった者たちは、いずれも身なりが整っていた。
磨かれた胸当て、装飾の施された剣、家紋入りの外套。
見たところ、貴族の子弟が多いらしい。
かくいう俺も一応は貴族の端くれなのだが、動きやすさを優先した服装なので、いかんせん見た目は地味だった。
……受付で追い返されたりしないよな?
そんなことを考えているうちに、自分の番が来た。
「ノエル・クラヴィエ様ですね。申請は確認しております」
受付の女性は名簿に印をつけると、番号の刻まれた小さな金属札を差し出す。
「こちらが試験札となります。係の者の案内に従い、大練兵場へお進みください」
「ありがとうございます」
どうやら、余計な心配だったらしい。
俺は差し出された札を受け取り、表面に刻まれた番号へ目を落とす。
――三十二番。
まあ、特に意味はないのだろう。
札には細い紐が通されていた。
それを首にかけると、小さな金属札が胸元で揺れた。
このまま大練兵場へ向かうことになるらしいが、その前にギデオンたちにも一声かけておくか。
歩き出した時だった。
「待ちなさい、そこのアナタ!」
俺の進路に立ちはだかったのは、金髪碧眼の少女。
肩口で揃えられた髪はゆるく波打ち、動きに合わせてさらりと揺れる。
顔立ちは整っているが、吊り気味の目元と堂々とした立ち姿のせいで、可憐というよりは気位の高さが先に伝わってきた。
身に着けているのは、光り輝く銀の軽鎧。
腰には絢爛な装飾の施された剣が下げられている。
彼女も受験者なのだろう。
首からは俺と同じく金属札を下げていた。
「……俺のことか?」
念のため周囲を見回してみるが、少女の視線は真っ直ぐこちらに向けられている。
どうやら、人違いというわけでもなさそうだ。
俺は咳払いを一つして、少女に向き直る。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
クラヴィエ領で半ば引きこもるように暮らしていた俺に、王都で声をかけてくる知り合いなどいるはずもない。
物覚えは良い方なので、一度会えば忘れることはないはずだが……。
「私の名はフィオナ・アシュラント。この国の第三王女にして、ギデオン様の一番弟子よ」
片手を横に払うように広げるフィオナ。
背に掛けられた青いマントが、その動きに合わせてばさりと翻る。
一体、どこから突っ込めばいいのやら。
とにかく、フィオナが本当に第三王女なのだとすれば、こちらも相応の礼を取らなければならない。
俺は姿勢を正し、軽く頭を下げる。
「ノエル・クラヴィエと申します。クラヴィエ家の次男です」
「ふん。礼儀は弁えているようね」
そう言って、腕を組むフィオナ。
褒められているのか、見下されているのか。
なんとも反応に困るな。
「ガハハハ! ノエル、受付は済んだようじゃな。……おや、フィオナ様も一緒じゃったか」
返答に迷っているところへ、ギデオンが広場の脇から歩いてきた。
俺とフィオナの間に漂う妙な空気など気にした様子もなく、いつもの調子で近づいてくる。
「ギデオン先生!」
フィオナはぱっと表情を明るくし、一歩前へ出た。
だが、すぐに何かを思い出したように眉を吊り上げる。
「どういうことですの? 一番弟子である私を差し置いて、このような田舎者をわざわざ迎えに行かれるなんて……。納得できません」
「お言葉ですが、フィオナ様。弟子に一番も二番もありませぬ」
ギデオンは苦笑しながら、軽く顎髭を撫でた。
「今回はノエルが王都に不慣れゆえ、迎えに行ったまでのこと。フィオナ様ほど王都を歩き慣れておれば、ワシが迎えに出る必要もありますまい」
「それは……そうですけれど」
フィオナは不満げに唇を尖らせながらも、一度は引き下がる。
「ガハハハ。そうむくれるでありませんぞ。ノエルは腕も立ちます。フィオナ様にとっても、よい刺激になると思いますぞ」」
「……刺激?」
ぴたり、と身体の動きをとめるフィオナ。
ギデオンは俺のほうへ近づいてくると、肩にぽんと手を置いた。
「うむ。強さという点で言えば、ノエルはワシが見てきた弟子の中でも頭一つ抜けておりますからのう」
「……そう、ですの」
低く呟いたフィオナの周囲で、空気が重くなる。
弟子には一番も二番もないって言っていたのに、なぜフィオナを煽るようなことを言ったんだ……!
ギデオンに抗議の視線を送った時だった。
ズンっと、フィオナの身体から強い魔力が押し広がる。
「おい、今の魔力……」
「フィオナ様だ。第三王女の」
「隣にいるの、七聖騎士のギデオン様じゃないか?」
近くにいた受験者たちが足を止め、受付の事務官たちも顔を上げた。
なるほど。
この力強い聖魔力は、かつてのアッシュを彷彿させる。
血を濃く受け継ぐ王族であり、自ら七聖騎士の一番弟子を名乗るだけのことはあるが……。
問題はその矛先である。
「ノエル・クラヴィエ、と言いましたわね」
思った通り、フィオナは勢いよくこちらを睨みつけた。
「この試験で勝負ですわ。どちらが上か、はっきりさせてあげます!」
「俺に勝っても、試験に合格できるわけではありませんよ……」
俺はぼそりと返したが、当のフィオナは全く気にした様子がない。
どうしてこうなった……。
頭を抱える俺の背後から、慌ただしい足音が近づいてきた。
「姫様ぁ! またお一人で先に行かないでくださいませぇ!」
振り返ると、メイド服の少女がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
年の頃は俺たちとそう変わらないだろう。
両手でスカートの裾を押さえながら、必死に人の間をすり抜けてくる。
「人前で騒ぎを起こさないでくださいと、あれほど――きゃっ!?」
言い終える前に、少女の足がもつれた。
そのまま前のめりに倒れかける。
「危ない」
反射的に踏み出し、俺は彼女の肩を支えた。
「大丈夫ですか?」
「は、はいぃ……。ありがとうございますぅ……」
メイドの少女は涙目になりながら、ぺこぺこと何度も頭を下げる。
「ミリア……あなたは本当に、こういう時に限って転びますのね」
フィオナは額に手を当て、深々とため息をついた。
どうやらこのミリアという少女はフィオナの付き人のようだ。
「も、申し訳ありません、姫様ぁ……」
ミリアはしゅんと肩を落としながら、俺から離れていく。
そんな様子を見ていたフィオナは、少し気まずそうに顎を上げた。
「……助けたことについては、礼を言っておきます。ですが、勝負の件は忘れないことですわ。ノエル・クラヴィエ」
そう言い残し、フィオナは青いマントを翻して歩き出す。
「あっ、姫様! お待ちくださいませぇ!」
ミリアはもう一度俺にぺこりと頭を下げると、慌ててフィオナの後を追っていった。
「……ギデオン先生」
フィオナたちの背中が人混みに紛れていくのを見送ってから、俺は隣に立つギデオンに身体を向ける。
「今のはどういうつもりですか?」
「なんじゃ、随分と不満そうな顔をしおって」
「不満にもなりますよ。わざと俺を意識させるような言い方をしましたよね」
俺がそう言うと、ギデオンは悪びれた様子もなく笑った。
「ガハハハ! まあ、否定はせん」
思わずため息が漏れる。
どうやら、完全に巻き込まれたらしい。
「フィオナ様は才がある。魔力量も多く、剣の筋も悪くない。じゃが、少々己の力を信じすぎておるところがあってのう」
「それで、俺にぶつけたと?」
「うむ。お主なら適任じゃろう」
適任、か。
確かに、この会場に集まった受験者を見る限り、フィオナの鼻っ面を折れるのは俺くらいかもしれない。
だがそれは同時に、自分の力を周囲に晒すことにもなってしまう。
「試験で力を示す機会があれば、手は抜くでないぞ。あの方のためにも」
俺の内心を見透かしたように、ギデオンは人差し指を立てる。
「俺は試験を受けに来ただけなんですが」
「ガハハハ。ついでに一人、若い芽の伸び方を整えてやると思えばよい」
まったく、ギデオンは人使いが荒いな。
とはいえ、ここで言い合っていても仕方がない。
そろそろ大練兵場へ向かわなければ、試験に遅れてしまうだろう。
「そういえば、リゼットはどうしたんですか?」
ギデオンに尋ねたところで、視界の先にある天幕の脇から見慣れた銀髪の少女が歩いてくるのが見えた。
「お呼びでしょうか、ノエル様」
リゼットの首には、俺のものとは違う銀色の金属札が下げられていた。
「リゼット。その札は?」
「従騎士試験の受験札です。私はこの後、別会場へ向かうことになりました」
続けてリゼットはギデオンへ向き直り、丁寧に頭を下げる。
「ギデオン様。恐れ入りますが、ノエル様のことをよろしくお願いいたします」
「うむ。任せるがよい」
「俺はそんな子供じゃないぞ」
抗議してみたものの、リゼットは穏やかに微笑むだけだった。
俺は小さく肩をすくめ、ギデオンとともに大練兵場へ向かった。




