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――クラヴィエ家、裏庭。
辺境貴族の特権というべきか、我が家の敷地は無駄に広い。
屋敷の裏手にあるこの庭も、ちょっとした広場ほどの面積があるのだ。
主に訓練に使われており、端の方には木箱に立てかけられた数本の木剣や、打ち込み用に設置された丸太などが置かれている。
真面目なアランが毎日のように自主練を行っているためか、周辺の草は擦り切れて土が剥き出しになっていた。
「いよいよだね、ノエル! 今日、指導者の先生が家に来るよ。いったいどんな人が来るんだろう!」
隣に立つアランは、期待に目をキラキラと輝かせていた。
俺が修行に巻き込まれることが決定した、あの朝からおよそ三ヵ月。
辺境まで足を運んでくれる指導者を探すのは骨が折れたようだが……。
ダリウスの手配は着実に進んでいたらしい。
俺とアランはこの裏庭で、今日にもやってくるという件の人物の到着を待っているというわけだった。
「あまり期待しすぎないほうがいいと思うよ、兄さん」
すこし冷めた返事かもしれないが……。
勝手にハードルを上げすぎては、やってくる指導者も大変だろう。
俺の予想では中堅冒険者か、引退した騎士のどちらかだ。
というか、アランの想像通りの熱血で凄腕の人なんて来たら、俺の平穏な日常が崩れ去ってしまう。
心の中でそうぼやいていた、その時だ。
「アラン、ノエル! 待たせたな。今日からお前たちの指導をしてくださる先生だ」
声のした方へ振り向く俺たち。
ダリウスと、その後ろから一人の人物が姿を現した。
「ガハハハハ! ワシの名前はギデオン。今日からお主らの師匠となる者じゃ。よろしく頼むぞ!」
腹の底から響くような、快活で大きな笑い声。
現れたのは、無造作に伸ばされた白銀の長髪を持つ、大柄な老人だった。
顔には大きな傷跡があり、立派な顎髭を蓄えている。
身に纏っているのは、装飾の少ない軍服のような服だった。
「ギデオン殿、私は執務に戻りますゆえ……。息子たちのことを、よろしくお願いします」
「うむ、安心してお任せくだされダリウス殿! このギデオンが、責任を持って立派な男に育て上げてみせよう!」
深々と頭を下げるダリウスに対し、ギデオンはどんと胸を叩いて請け負った。
俺の予想は半分正解といったところだろうか。
ダリウスの態度からみても、ギデオンは貴族出身の引退した騎士。
身に纏う魔力から考えると、現役時代はそれなりに実力はあったのだろう。
ダリウスが屋敷へ戻っていくのを見送ると、庭には俺とアラン、そしてギデオンの三人だけが残された。
「よろしくお願いします、ギデオン先生! 僕はアランと申します。こっちは弟のノエルです!」
「うむ、アランにノエルじゃな。よろしく頼むぞ!」
元気に挨拶するアラン。
俺もぺこりと頭を下げる。
ギデオンは満足げに頷き、にかっと豪快に笑った。
だが次の瞬間、その琥珀色の瞳がすっと細められる。
「……じゃが、修行を始める前に、一つだけはっきり言っておかねばならんな」
「えっ?」
「ダリウス殿からは二人を見てやってくれと頼まれたが、率直に言おう。ワシから見て、騎士としての才能があるのは一人だけじゃ」
そんな言葉にドキリとする俺。
たしかに、俺の視点から見ればアランの魔力量は決して多くは無い。
前世から魔力も引き継いだ俺と比べれば、十分の一。
いや、百分の一にも満たないだろう。
もしやこの男、俺とアランを比べた結果。
アランのことを才能なしと切り捨てたのではないだろうか?
だとしたらマズい。
アランは今日のためにずっと努力をしてきた。
ここで夢をへし折られるようなことがあれば可哀そうである。
しかもその原因が俺なんてことになったら、恨みを買ってしまうかもしれない。
内心で冷や汗を流す俺をよそに、ギデオンは俺たちを交互に見比べ――やがて、アランに向かって深く頷いた。
「アラン、お主には素晴らしい風の魔力が宿っておる。申し分ない逸材じゃな」
「え……あ、ありがとうございます。でも、それならノエルは……」
「うむ。ノエル、お主からは魔力をほとんど感じん。騎士になるには絶望的じゃろうな」
ギデオンの容赦ない宣告。
それを聞いた瞬間、俺は内心で安堵の息を吐き出した。
どうやらギデオンは、隠している俺の魔力を見破れなかったようだ。
「……そうですか。魔力がないなら仕方ありませんね」
俺はこれ以上ないほど殊勝な顔を作って、深く頷いた。
「残念ですが、騎士の道を諦めます。兄さん、修行頑張ってね。俺は部屋に戻って本でも読んでるから」
よし、これで面倒な修行生活からはおさらばである。
心の中でガッツポーズを決め、さっそく踵を返して屋敷へ戻ろうとした。
――その時だった。
「……お言葉ですが、ギデオン先生!」
普段は温厚で礼儀正しいアランが、ムッとしたように声を荒げて前に出た。
「ノエルから魔力を感じないなんて、何かの間違いです! ノエルには僕なんかよりずっと素晴らしい才能があるのに。先生はノエルの本当の凄さを分かっていません!」
ちょっ……。
待て待て、アラン!?
俺は慌てて振り返った。
せっかく俺が無能の烙印を押されてフェードアウトしようとしているのに。
なんて余計なフォローを入れてくれるんだ……!
しかし、俺の心中など知らないアラン。
熱弁は止まらない。
「それに、剣の腕だってそうです! ノエルはいつも手を抜いていますが、本気を出せば模擬戦だって僕なんかじゃ到底……」
「ほほう?」
アランの必死な訴えを遮るように、ギデオンが面白そうな声を上げた。
先ほどまでとは違い、好奇の眼差しでこちらを見据えている。
「そこまで言うのであれば、このワシが直々に確かめてやろうではないか」
ギデオンは猛禽類のような鋭い眼光を放ちながら、口元に笑みを浮かべる。
そのまま庭にあった木剣をひょいと手に取り、俺に向かって放り投げた。
パシッ、と。
思わず反射的に受け取ってしまった俺に対し、ギデオンが自身の木剣を構えながら宣告する。
「さあ、ノエルとやら! 本気でかかってこい! お主の隠された力とやらを、ワシの剣で計ってやろう!」
楽しげに闘気を滾らせる老騎士。
お前の凄さを見せてやれとばかりに、後方で腕を組んでいるアラン。
手元に残された一本の木剣を見ながら独りごちる。
どうしてこうなった。
ラッキーにも訓練が免除されるかと思いきや……。
身内の善意によって見事に粉砕されてしまった。
そして訓練の初日から、まだ得体の知れない指導者と模擬戦をする羽目になってしまったのだ。




