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今から五百年ほど昔。
災厄の魔物の一体【不死王】が、聖剣使いの男【アッシュ】によって討たれた。
討伐の功績によって建国を許されたアッシュは、かつて不死王が支配していた【死の森】に新たな王国を興す。
それがアシュラント王国だ。
だが、周辺諸国はその誕生を祝福してはいなかった。
初代王であるアッシュが亡くなると、案の定この国は度重なる侵略を受ける。
対する王国はといえば、アッシュの子孫を筆頭に、受け継がれた剣技と聖剣の力によってそれらを凌ぎきった。
そうして領土を広げ、今では世界有数の大国の一つとなっている。
「世界有数の大国……ね。俺が死んだあと、こんな大層な歴史がはじまってるなんて想像も付かなかったよ」
本を閉じ、凝った肩をほぐすために伸びをする。
スリット状の細い窓から差し込む光が、壁に並ぶ本棚を淡く照らしていた。
ここはとある貴族の屋敷に備えられた書庫。
静寂の中、古紙の放つほんのりと甘い香りが漂っている。
インドア派の俺にとって落ち着く空間だ。
今の状況を簡単にまとめよう。
不死王として死んだ俺は、再びこの世界に転生し十年が経っていた。
今の名前はノエル・クラヴィエ。
アシュラント王国の貴族、クラヴィエ家の次男で現在は十歳。
貴族といっても田舎の辺境貴族で、王族と比べれば血は薄い。
それでも、自分を討った男の子孫に転生してしまったのだ。
さらに言えば、不死王時代の規格外の死属性魔力を全て引き継いでる。
本に書かれた歴史も面白かったが……。
続きがあるとこの国の者が知ったら、腰を抜かすどころじゃ済まないだろう。
力はあるといっても、堂々と使うわけにもいかないというわけだ。
そんなことを考えていると、入口の扉がノックされる。
「ノエル様、こちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、入ってくれ」
応じると、白髪交じりの初老の男が室内に入ってくる。
このクラヴィエ家に長く仕えている執事で、まとめ役をやっている者だ。
朝から姿が見えなければここにいると、すっかり行動を読まれているらしい。
「そろそろ朝食のお時間でございます。旦那様たちもお待ちですよ」
「分かった、すぐ向かう」
俺は本を元の棚に戻し、その場を後にした。
♦
――クラヴィエ家、食堂。
まず目に入るのは、ずらりと椅子の並ぶ長テーブル。
壁には風景画が飾られ、棚には立派な壺が鎮座している。
いかにも貴族の屋敷といった空間。
そんな中、異彩を放ってる者たちがいた。
「ダリウス様、少し襟元が……。はい、これで完璧です」
「ありがとう。君にそうしてもらうと、今日も一日頑張れそうだ」
手を取り合い、至近距離で微笑み合う男女。
俺の両親である。
本来、貴族の食事というのは当主が上座に座り、女主人はその対面に座る。
子供たちは年齢順に、上座側から座って行くというマナーがある。
しかし二人は上座に椅子を二つくっつけて、朝からいちゃついていた。
絵に描いたようなバカップルぶりだが……。
ルールが厳しい貴族の家よりはよっぽどいい。
このゆるい空気のおかげで、息苦しい思いをせずに済んでいるわけだ。
入口から近い空いている席に座ると、向かいの席から声を掛けられる。
「おはよう、ノエル。今日も朝から書庫に?」
「おはよう兄さん。その通り、少し本を読んでいました」
「流石はノエル、勉強熱心だなぁ。僕も見習わないと」
感心したように頷き、笑顔を作る金髪碧眼の少年は、俺の兄。
名前をアランという。
真っ白なシャツの上にカッチリとしたベスト。
すぐ隣で両親がピンク色の空間を作り出しているというのに、完全にスルーしてのけるこの爽やかさ。
流石は長男、訓練されている。
二人の息子が揃ったことを確認した父。
この家の当主でもあるダリウスは、軽く咳払いをする。
「よし、全員揃ったな」
その声を合図に、使用人たちが手際よく朝食を運んできた。
焼きたてのパンにオニオンスープ、色鮮やかなサラダといった具合だ。
手でちぎったパンはふかふかで柔らかく、前々世と比べても遜色がない。
この世界は魔道具のおかげで近代ほどではないが発展しており、ちゃんと発酵しているのだ。
文明に感謝しつつ、改めて家族たちに視線を送る。
上座に座っている父。
ダリウスは黒髪ショートヘアで三白眼気味の鋭い目つきをしている。
上質なシルクを素材とした正装を身に纏っており、黙っていれば精悍で威厳のある当主なのだが……。
今は母を前にして、だらしなく頬を緩めていた。
父の隣で微笑む母、エリーゼは金髪碧眼の絵に描いたような美人だ。
流行を取り入れた華やかなドレスを優雅に着こなしているエリーゼは、元々は中央の貴族令嬢だという。
しかし物腰は柔らかく、使用人たちからの人気も高い。
兄の身体的特徴、あるいは性格も、エリーゼから受け継いだのだろう。
そして次男である俺ことノエルはというと。
髪色はダリウスと同じく黒で、瞳は赤い。
顔はまだ十歳ということもあり、年相応の童顔気味。
服装も動きやすさを重視した、飾り気の少ないものだ。
家族の中では地味ないで立ちと言える。
どうせなら、金髪イケメンに生まれてみたいという気持ちもなくはないが……。
地球にいた頃の自分を思い出すこの黒髪の容姿には安心感があった。
周囲を眺めながら朝食を満喫し、食後の紅茶が運ばれてきた頃。
アランが佇まいを正して口を開く。
「父上、少しよろしいでしょうか。今後のことで、お願いがあります」
真剣な物腰に、ダリウスも表情を引き締める。
「どうしたんだい、アラン。改まって」
「僕は将来、騎士になりたいと考えています。そのために、きちんとした指導者を呼んでいただけないでしょうか」
その言葉に、両親は心配そうに顔を見合わせた。
辺境で魔物も少ないクラヴィエ領に騎士という職業は存在しない。
一応、街を巡回する衛兵は存在するが。
アランが言っているのは国家騎士のことだろう。
王国設立時から存在するこの騎士団で武勲を挙げることは、初代王の血を引くアシュラント貴族の責務とも言われている。
「アラン、無理に危険な道へ進む必要はないんだぞ? 我が家は特産品で十分に国へ貢献しているじゃないか」
「ダリウス様の言う通りです。それに、騎士団には貴族の子弟も多く、派閥争いや足の引っ張り合いもあるでしょう。優しいあなたが、そんな場所で苦労するのを見たくありません……」
親馬鹿な両親は、揃ってアランの決意を止めようとする。
だが、アランの瞳には一歩も引かぬ強い意志が宿っていた。
「お心遣いは感謝します。ですが、領民たちも噂しているのをご存じでしょう。我が家はここ数代、魔力持ちを輩出しておらず、騎士団に入った者もいません。爵位をはく奪されて、中央から別の領主が来るのではないかと不安に思っているのです」
「それは……」
「幸いにも、僕は魔力持ちとして生まれました。騎士として結果を出し、この家と領地を守る力があると示したいのです」
言って、胸を張るアラン。
なんていうか、すごいな。
アランは俺の二歳年上で、まだ十二歳。
それにも関わらず、責任感があり、説明も論理的だ。
ちなみに、アランの説明にあった魔力持ちというのは、魔力を持っている者のことを指す。
この世界では全員が魔力を持っているわけではなく、十人に一人程度。
ある程度、両親の素質を引き継ぐという性質がある。
魔力持ちの血統を重んじる貴族や、実力ある冒険者の家系には、魔力持ちが生まれやすい傾向にあるのだ。
そんな中、魔力持ちが途絶えていたクラヴィエ家において、アランは期待の星になるはずだったが。
家族の平穏を何より愛する両親は、アランに家の再興という重荷を背負わせようとはしなかった。
最終的に、将来を案じたアランの方が痺れを切らし、自分から修行を言い出すという逆転現象が起きているというわけだな。
平和な朝の一幕から一転。
特等席で高みの見物を決め込む俺と、壁際に控える使用人たち。
固唾をのんで事の成り行きを見守っていると……。
やがてダリウスが、小さく息を吐いて頷く。
「わかった。お前がそこまで言うなら、伝手を頼って腕の立つ者を捜してみよう」
「ありがとうございます、父上!」
ぱぁっと表情を明るくするアラン。
いいぞアラン、その意気だ。
やっぱりこの家の主役はアランで決まりだな。
責任感に溢れる優秀な長男が、騎士として名を上げ、次期当主として家を守る。
俺は影で目立たず、美味しい飯を食い、気が向いた時に書庫で本を読む。
だが、もしアランが怪我でもしたら、不死王時代から引き継いだ魔法でひっそりと治療してやることとしよう。
これぞ俺の求めていた平穏な生活。
今まさに、理想の基盤が完成したといっても過言じゃないな。
心の中でアランに熱いエールを送っていると……。
当のアランが満面の笑みのまま、こちらを向いた。
「よし。そういうわけだから、同じ魔力持ちのノエルも一緒に修行を頑張ろうね」
「…………ぶふっ!?」
俺は、飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。




