27
オルヴィスとの闘いから数週間後。
お馴染みとなっている街周辺の草原で、アランとギデオンが対峙している。
「【風刃ノ衣】……! 行きますよ、先生!」
アランが魔法を唱えると、全身を覆うように風の刃が循環する。
触れれば裂かれ、踏み込めば加速する効果もあるようだ。
攻めにも守りにも使える、風属性らしいバランスの良い魔法。
アランは言葉通り、迷いなく突進する。
やっていることは単純だが、魔力を持っていなければ、今のアランに勝てる者はいないだろう。
もっとも、相手は熟練の国家騎士。
当然アランの魔法にも対応する。
「よい踏み込みじゃ。じゃが、ワシと足を競うには、まだ早いぞ! 【迅雷瞬動】」
ギデオンの身体が紫電を纏う。
アランの攻撃を避けたかと思うと、そのまま並走して走り出す。
二つの軌跡が草原の草をゆらした。
「……お二人は、何をしているのでしょうか」
「さぁな。先生の中では、これも修行なんだろう」
やれやれといった具合にため息をつくリゼットに、俺も手を広げて相槌を打つ。
まるで陸上競技でもしているかのようだ。
しかし、俺は忘れていないぞ。
リゼットもギデオンと戦っていた時は、氷の上を滑っていたではないか……!
いつからこの草原はスポーツ会場になったのだろう。
そんなことを心の中で突っ込んでいると、アランが仕掛けた。
「【解放】――届けっ!」
風の刃がアランから離れ、そのままギデオン目掛けて飛んでいく。
なるほど、攻撃は二段構えになっているのか。
至近距離で放たれた刃がギデオンを捉えたかに思えたが……。
ひゅん、と風切り音と共にギデオンが掻き消える。
相変わらず容赦がないというか、なんというか……。
やはり、速度はギデオンの方が一枚上手だった。
風の刃は地面を抉り、消滅する。
首を回し、後方に立っていたギデオンを確認するアラン。
さきほど同様【風刃ノ衣】を発動し、再び踏み込もうとした瞬間だった。
足元から、雷の鎖が飛び出し、アランの手足を縛り上げる。
「よくできた魔法じゃ。じゃが、足元への警戒が甘かったのう」
「っく、抜け出せない……!」
必死に手足を動かすアランだったが、完全に拘束されてしまったようだ。
あるいは、旋回する風の刃を使って鎖を斬ることも出来そうだが、今はそこまでのコントロールは無理なのだろう。
まだまだ修行が必要だな。
「そこまでじゃ、アラン」
ギデオンが指を鳴らすと、雷の鎖は紫電となってほどけていった。
「待ってください、先生。僕はまだ……」
「慌てるでない。お主は合格じゃ」
「ですが、僕は一撃も当てていません」
ギデオンの言葉に、アランは戸惑いながらも【風刃ノ衣】を解く。
その顔にはまだ困惑が残っていたが、疑問を晴らすようにギデオンは指を立てた。
「最初にも言ったが、ワシを倒せと言っておるわけではない。実戦で使える魔法だと分かれば、それで十分じゃ。今の魔法、まともに受ければ並の相手ならただでは済まん」
「ギデオン先生……ありがとうございます!」
ぐっと両手を握りしめ、ガッツポーズを取るアラン。
今はまだ一つの魔法を完成させただけだが、騎士になる頃には、きっと今とは比べものにならないほど成長しているだろう。
「アラン様の腕前には目を見張るものがあります。私も、うかうかしてはいられませんね」
「……リゼットの本業はメイドのはずなんだがな」
ぼそりと呟く俺。
リゼットは子供ながらに、メイドの仕事をしながら修行もこなす二足の草鞋状態だった。
俺から見れば、完全にブラック環境である。
ただし、当の本人がやけに生き生きしているので、口を挟みにくいのだが。
そんなことを考えていると、戻ってきたギデオンが俺の前で足を止めた。
「さて、ノエル。お主の方はどうじゃ。何か形にはなったのか?」
「はい。一応は」
「……一応、とはまた歯切れが悪いのう」
ギデオンが顎髭を撫でながら、こちらを窺うように目を細める。
「少し危険な魔法なので、模擬戦で使う前に見てもらえませんか」
「ガハハハ、七聖騎士を舐めるでない! と、言いたいところじゃが、お主が言うなら笑い話では済まんのじゃろうな。よかろう。まずは見せてみよ」
ギデオンの言葉に俺は頷き、一歩前へと出る。
目標は、前方の樹々でいいだろう。
「【双極剣】」
聖と死の魔力が組み合わさり、白く輝く魔法剣が顕現する。
オルヴィスとの戦いで感覚は掴んだ。
剣を生み出すだけなら、もう失敗する気はしない。
「む、これは……」
背後でギデオンの声が低くなるが、驚くのはこれからだ。
「【天断ノ剣】」
横薙ぎの一閃で、前方十数メートルの樹々がなぎ倒される。
込められるだけの魔力を注いだ、全力の一撃だ。
ここまで見せるのは、俺なりにギデオンを信用しているということでもある。
もっとも、これで完成というわけではない。
二つの魔力をバランスよく合わせる必要がある以上、聖属性の扱いが発展途上の今は、まだ理想の威力には届いていなかった。
「やはり、お主はとんでもないのう。ワシでも正面から受ける気にはなれんぞ」
「……ということは、俺も合格ということでいいんですか?」
そう尋ねると、ギデオンは肩をすくめるように笑った。
「うむ。これを見せられて不合格とは言えんじゃろう。ノエル、お主も合格じゃ」
「やったね、ノエル!」
「流石はノエル様です」
自分のことのように喜ぶアラン。
その隣で、リゼットも満足げに頷いていた。
「よし。これで全員合格じゃな。今日はここまでにして、屋敷へ戻るとしよう」
「父上たちにも、報告していいでしょうか?」
アランが弾んだ声で尋ねる。
「もちろんじゃ。胸を張って伝えるがよい。お主らは皆、よく励んだ」
ギデオンの言葉に、アランは嬉しそうに頷いた。
リゼットも静かに頭を下げる。
こうして、ギデオンから与えられた最後の課題は無事に終わった。
アランもリゼットも、それぞれの形で確かに前へ進んでいる。
ギデオンが王都へ戻った後も、二人ならきっと歩みを止めることはないだろう。
かくいう俺も、魔族の件を伏せた以上、何もしないわけにはいかない。
合成魔法の扱いを、もう少し磨いておくとしよう。
俺たちは夕暮れの草原を後にし、屋敷へと戻った。
その日の食卓が、いつもより少しだけ豪華だったことは言うまでもない。




