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「【黒星】」
ごりごりと地面を削りながら、黒く巨大な魔弾が迫ってきた。
身体が引っ張られる感じからして、重力系の魔法だな。
自分一人なら【霊化】で避けられるが、背後にいるリゼットが危険になる。
ここは受け止めるしかないだろう。
俺は手に持った合成剣を斜めに構える。
飛来した重力球と剣が接触すると、甲高い音と共に衝撃が広がった。
流石は上位魔族の力といったところか、遠距離魔法とは思えないほどの威力が込められているが、俺の合成剣も負けてはいなかった。
重力球はみるみるうちにしぼんでいき、魔力の残滓は空気中に溶けていく。
「【黒星】を凌ぎますか。実にお見事――では、この距離ではいかがですかな」
黒い魔力剣を手に、斬り込んでくるオルヴィス。
遠距離魔法で押し込み、その隙に間合いを潰す。
戦い慣れている、無駄のない体捌き。
だが――。
「舐めるなよ。どんな距離だろうと関係ない。お前じゃ俺には勝てない」
上から目線の言葉に思わず返してしまう。
あるいは、俺自身オルヴィスを強者だと認めているから、久しぶりに熱くなってしまったのだろう。
ぶつかり合う剣と剣。
繰り出される連撃を最小限の動きで弾いていく。
五百年も戦い続けたのだ、戦闘技術で負けるつもりはない。
「【黒星刃・十重】」
そんな言葉と共に振り下ろされたオルヴィスの一撃。
「っく……」
重い。
相手の魔法剣の効力だろう。
まるで身体ごと地面に縫い付けられたような感覚。
踏み締めた足元が沈み、草が円形に押し潰された。
だが、俺の合成剣も力を発揮する。
オルヴィスの剣を端から削るように消滅させていく。
ついにはすり抜けて、剣先がオルヴィスに届くかと思えたが。
「【反重力】【黒星】ッ!」
宙へと逃れるオルヴィス。
続けて、数発の重力球を放ってくる。
「その手は通じないと言っているだろう【霊化】」
発動句を唱えたはずだった。
だが、肉体は霧散しない。
それどころか、手元の合成剣まで白い粒子となってほどけていく。
ドゴォ!!
重力球が直撃した。
体に伝わる衝撃、痛み。
魔力を纏う防御は間に合ったが、服はボロボロ。
腕や頬には細かな傷が走っている。
「ふむ、わざと受けた。というわけでは無さそうですな」
宙に浮かぶオルヴィスが、考察するように顎に手を当てた。
これは俺も予想外だった。
どうやら、合成魔法を維持したまま元の属性魔法を使うのは難しいらしい。
あるいは、練習すれば可能かもしれないが、今すぐには無理だ。
俺は精神を集中させ、再び合成魔法剣を作り上げる。
「まだその剣で戦われますか。……脅威ではありますが、決め手には欠けますな」
「アドバイスどうも、だが本番はこれからだ」
目を閉じて、過去を思い返す。
聖と死の魔力を合わせることには成功した。
しかし、武器を作るだけでは、魔法としては少し物足りない。
――剣を武器にした魔法の使い手。
一番印象に残っているのは、やはりあの男だ。
「【天断ノ剣】」
発動句と共に、剣を横に薙ぎ払う。
魔力によって長く伸びた刀身が、逃げ場ごとオルヴィスを斬り払った。
「なっ……!」
咄嗟に張った防御魔法をあっさりと消し飛ばし、オルヴィスから血が噴き出す。
かつて俺を討った聖剣使いアッシュの技に、全てを滅ぼす魔法剣の組み合わせ。
思った通り、絶大な威力を発揮するようだ。
普通、見ただけで魔法を再現するなんて不可能なのだが、魔物の戦闘センスはそれを可能にする。
もっとも、魔物だったのは過去の話なので、人間である今の状態では見ただけで魔法を覚えることは出来ないだろうが……。
「く、ははは。認めましょう。あなたは紛れもなく、我ら魔族の脅威となり得る存在です」
傷口を手で押さえながらも、口角を上げて笑うオルヴィス。
だが、余裕はないはずだ。
あるいは、まだ奥の手を隠しているのかと注意を払う俺だったが……。
「【虚空門】。私も命は惜しい身ゆえ、ここは幕引きとさせていただきましょう」
オルヴィスの背後に空間の裂け目が生まれる。
重力だけでなく、空間系の魔法まで使えるのか。
再び【天断ノ剣】を撃ってもこの距離では間に合わないか?
「【氷壁】」
地面からせり上がる氷。
いつの間にかオルヴィスの真下へ回り込んでいたリゼットの魔法が、オルヴィスと空間ゲートを分断する。
その一瞬で十分だった。
俺は地面を蹴り、宙へ跳ぶ。
「ま、待ちなさい……!」
狼狽するオルヴィスを、剣で直接斬り抜けた。
白い刃が、紫色の肉体を深く裂く。
手応えはあった。
重力に引かれて落ちていくオルヴィス。
地面に叩きつけられた瞬間、変身が解けた。
筋骨隆々だった肉体はみるみるうちに縮み、元の細身の姿へと戻っていく。
一方の俺は、リゼットの作りだした氷壁を蹴って地面へと降り立つ。
氷が砕け、月明かりを反射した氷片がキラキラと宙に舞う。
「……く、くく」
近づく俺を見上げ、オルヴィスは喉の奥で笑った。
裂けた燕尾服の下から赤い血が広がっていく。
「勝ったつもりでおられるのなら……少々早計ですな。私が模した力など、あの御方の片鱗にすぎません。本物は……この程度では、ございませんぞ……」
それだけ言い残すと、オルヴィスの瞳から光が消えた。
あの御方とやらも気になるが、ひとまず危機は去ったといえるだろう。
「余計なお世話でしたら、申し訳ありません」
「いや、助かったよ」
横から顔を覗かせたリゼットに、片手を広げて返事をする。
本当のことを言えば、危ないのでちゃんと下がってほしかったが、仕留め切れたのはリゼットのおかげだ。
今それを指摘する気にはなれない。
「しかし、こいつをどうするかな……」
オルヴィスに視線を戻す俺。
魔族が暗躍していることは、ダリウスやギデオンに伝えるべきだが……。
例によって、倒してきましたとは言いにくい。
「ノエル様。もし隠しておきたいのであれば、私も口外するつもりはありません」
「いいのか? こいつはリゼットを殺しかけた相手だろう」
「はい。ですが、私個人を狙ったわけではないのでしょう。それに、仮に魔族の存在を知ったとしても、対処できる者は限られます」
リゼットの言葉に、俺はしばらく黙り込む。
たしかにその通りだ。
オルヴィスの言葉がどこまで本当かは分からないが、さらに上の魔族が存在するというのなら、ギデオンでも相手をするのは無理だろう。
その時は俺が対処する必要がある。
あるいは、リゼットもそれを分かって言っているのかもしれない。
「面倒な仕事が増えるかもな……」
「私もお供いたします」
背筋を伸ばし、胸を張るリゼット。
夜の森に、静かな風が流れた。
頭上では枝葉が揺れ、草むらには虫の声が戻り始めている。
オルヴィスの亡骸は、その場で埋めることにした。
魔族の身体をそのまま放置しておけば、余計な騒ぎになる可能性がある。
後始末を終えると、俺たちは領民に見つからないよう注意しながら来た道を引き返し、屋敷へと戻った。




