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 一週間が過ぎた。


 ギデオンから課題を与えられ、アランはこれまで以上に修行へ打ち込んでいる。

 リゼットも屋敷の仕事をこなしつつ、空いた時間で氷の魔法を磨いていた。


 では、俺はどうかというと……。


――クラヴィエ家、書庫。


 机の上に開いた分厚い本には、魔法に関するあれこれが記載されている。

 俺は頬杖をつきながら、ぺらぺらと頁をめくっていた。

 調べているのは合成魔法についてだ。

 

 複数の属性を組み合わせ、より強力な別の属性として扱う技術。

 ギデオンの雷属性も、火と風の魔力を組み合わせた合成属性にあたる。

 そして、魔法解説書には必ずと言っていいほど、同じ注意書きが添えられていた。

 相反する属性同士を合成することはできない。


 例えば、火と水。

 あるいは風と土。

 

 性質の違いすぎる魔力は互いに反発し、形になる前に崩壊する。

 それが、この時代における魔法使いたちの常識らしい。

 

 しかし、果たして本当にそうなのだろうか?

 俺は目を瞑り、自身の内にある聖属性と死属性の魔力へと意識を向ける。

 二つの魔力は反属性で、水と油のように互いを押しのけ合っているが……。


 そんな時だった。

 クラヴィエ領に放ったナイトアイズから合図が届く。

 感覚共有した先では、梟のような魔物が冒険者と戦っていた。

 場所はクラヴィエ領の森の中。

 空を高速で飛ぶ魔物に、冒険者たちはなすすべなく敗走していく。


 だが、特筆すべきはその強さではない。


「つまらない相手ですな……」


 やれやれといった具合に、首を振り呟く魔物。

 覚えた言葉をただ口にしているわけではない。

 知性を感じさせるものだった。


 喋る魔物なんて普通は存在しないので、リゼットを襲った魔物というのはこいつで間違いないだろう。

 手がかりが少なすぎて半ば諦めかけていたが、ようやく尻尾を掴んだらしい。

 

「直接会って、確かめる必要があるな」


 過去の俺と同じように、転生した元人間の可能性もある。

 ただし、それだけで片づけるには、どこか引っかかるものもあった。

 しばらくナイトアイズに尾行させていると、洞窟に入って休み始めた。

 見た目通り、夜行性なのだろうか?

 それならそれで都合が良い。

 屋敷の者が寝静まった時間に、森へ出かけるとしよう。

 

♦


 夜の森は、昼間とはまるで別の顔をしていた。

 どこか遠くで鳴く夜鳥の声。

 湿った土の匂い。

 頭上を覆う枝葉が月明かりを遮り、足元にはまだらな影が落ちている。


「まさか、今になって見つかるとは思いませんでした」

「ずっと同じ場所にいたわけじゃないからな。活動範囲がかなり広いようだ」


 森の中を、俺とリゼットは並んで走っている。

 魔物が見つかったことを伝えると、予想はしていたが、リゼットは同行を願い出た。


「今を逃せば、またどこかへ飛び去ってしまうかもしれませんね」


 そう言うリゼットの横顔はどこかぎこちない。

 無理もないだろう。

 リゼットはその魔物に一度は殺されかけたのだ。


「……やっぱり、リゼットは屋敷に戻った方がいいかもしれないな」

「相変わらず、ノエル様はお優しいのですね」


 釘を刺すように告げると、リゼットはくすりと笑った。

 元冒険者相手に、過保護な発言だっただろうか。

 だが、その視線はすぐに森の奥へと向けられ、表情も再び引き締まる。


「ですが、私にとっても因縁のある相手です。邪魔にならないようにはします。どうか、最後まで見届けさせてください」

「……分かった。そこまで言うなら、止めはしない」


 それ以上は言葉を重ねず、さらに奥へと進んでいく。

 やがて、森の中にぽっかりと空いた場所へ出た。

 背の高い樹々に囲まれた、広場とでも呼ぶべき空間だ。

 淡い月明かりが足元を照らし、夜気を含んだ風が肌を撫でる。


 正面に見える大樹。

 その太い枝の上に、目的の魔物は止まっていた。


 丸い瞳が、闇の中でぎらりと光る。

 まるで、俺たちが来るのを待っていたかのようだ。


「いやはや……まさか、膨大な魔力の正体があなたのような子供だったとは」


 梟のような魔物が、首を傾けながら言った。


 聞き間違いではない。

 はっきりと、人の言葉を話している。

 さらに言えば、俺の隠している魔力まで見抜いているのが驚きだ。

 だが、俺の方も相手の正体を見抜いていた。

 

「そういうお前は、魔族だな」

「なぜ分かったのですかな?」


 目の前の魔物。

 否、魔物に見えた者は、問い返すと同時に姿を変えた。


 紫色の肌に金色の瞳。

 頭部から後方へ反り上がった、漆黒の二本角。

 屋敷で働く執事を思わせる黒の燕尾服を身に纏っている。


 灰色の髪は後ろへ撫でつけられ、痩せた顔には薄い笑みが浮かんでいた。

 梟の姿をしていた魔族は、音もなく枝から離れ、俺たちの前へと降り立つ。


「魔族は変わった魔法が得意だからな。喋る魔物と聞いた時点で予想はしていたし、直接見れば分かる。お前は魔物とも人間とも、魔力の質が違う」


 説明しながらも、俺はリゼットへ後ろに下がるよう手で示す。

 魔族には知性があるが、全ての種族と敵対しており決して手を組まない。

 普人族からすれば、ある意味では魔物よりも厄介な存在なのだ。

 

「ふむ。今回は、面白い戦いができそうですな。私の名はオルヴィス。中位の魔族として、名を与えられた者です」


 オルヴィスは片手を胸に添え、芝居がかった仕草で一礼した。

 丁寧な物腰。

 しかし、その身から滲む魔力は明らかに敵意を帯びている。


 魔族あるあるだな。

 基本的に戦闘狂が多く、話し合いという選択肢はない。


 面倒な相手と戦う羽目になったものだが……。


「新魔法の実験台にはちょうどいいか」


 ぼそりと呟く。

 同時に、体の内側に眠る二つの魔力を解き放った。

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