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「【凍華陣】」
リゼットは早速魔法を発動する。
凍りつく草の葉。
地面を這うように氷が走り、ギデオンの足元へと届くかに見えた。
「ほう、足を封じる魔法か。じゃが、少し甘く見ておらんか?」
ギデオンが身に纏う魔力を強める。
迫っていた氷が、足元に触れる寸前で勢いを失った。
魔力に阻まれ、白い氷片となってぱらぱらと砕け散ったのだ。
魔法を形にして見せるだけなら、これで十分なのだろう。
だが、楽しそうに口角を上げるギデオンを見る限り、試験はまだ続きそうだった。
「はい。ですので、次の手も用意しております」
言って、リゼットは靴底に氷の魔力を纏わせる。
直後、彼女の身体が氷の上を滑るように前へ出た。
メイド服の裾がふわりと揺れ、銀髪が後ろへ流れる。
まるでスケートだな。
氷で相手の動きを止めるだけではない。
自分にとって有利な足場を作る魔法でもあったわけだ。
いつの間に取り出したのか、両手に握られた短剣。
滑る勢いを乗せたまま、右手の短剣を突き出す。
「よい踏み込みじゃ」
ギデオンは紫電を纏った手で、その一撃を横へ弾いた。
だが、リゼットの動きは止まらない。
弾かれた勢いを利用して身体を半回転させ、左手の短剣を横薙ぎに振るう。
白い軌跡を描く一閃が、ギデオンの胴に迫るが……。
パシっと、乾いた音が響く。
驚いたことに、ギデオンは短剣の短い刀身を指先で挟み、その一撃を受け止めていた。
「すごい戦いだね……」
隣のアランも、思わず舌を巻く。
しかし、当のリゼットは冷静に次の一手を打っていた。
「【氷塊】」
リゼットの足元から、先の尖った氷がギデオンを狙う。
一本ではない。
凍りついた周囲の地面からも、鋭い氷が突き出していく。
多角的な攻撃が、今度こそギデオンを捉えたかに見えた。
だが、次の瞬間。
ギデオンの姿が、ふっと掻き消えた。
「見事じゃ、リゼットよ」
声が聞こえたのは、氷床の中心だった。
その腕に、眩い紫電が走り……。
「【轟雷ノ鉄槌】」
拳が、足元へ叩き込まれる。
轟音と共に砕け散る氷床。
白い破片が宙を舞い、リゼットの作り出した足場が一瞬で消え去る。
最初とは立ち位置を入れ替え、再び向かい合う二人だったが……。
「そこまでじゃ」
ギデオンが肩の力を抜く。
「合格、ということでよろしいのでしょうか」
リゼットも短剣を下ろし、問いかける。
「うむ、十分じゃ。魔法をただ放つのではなく、戦いの流れに組み込んでおる。さすがは元冒険者、といったところかのう」
「ありがとうございます。これからも精進いたします」
いつも通り、丁寧に頭を下げるリゼット。
試験を終えた二人が、こちらへ戻ってくる。
その途中で、ギデオンがぽつりと呟いた。
「それに、これ以上続けるとアランの教育に悪いしのう……」
聞こえてるぞ、ギデオン先生。
まぁ、言わんとしていることは分かる。
リゼットは年齢からみて、かなりの規格外なのだ。
そして、俺はそのからくりを知っている。
元冒険者というのもあるが、リゼットは【覚醒者】なのだ。
通常エルフ族は自然の魔力を取り込みながら、ゆっくりと成長する。
しかし、生命の危機に陥った際、生存本能から体内の魔力回路が強制的に暴走・拡張され、通常の数十年分の魔力成長を遂げる場合がある。
前世で、俺と戦っていたエルフ族の者が死に際に強くなるのを何度も見てきた。
大体は力を使い果たして亡くなってしまうのだが、そこで生き延びた者は【覚醒者】となり、大人顔負けの力を手にするというわけだ。
リゼットも、森で死にかけていたわけだが、俺が【完全再生】で治療して一命を取り留めた。
そして今に至るわけだが、何よりすごいのはリゼットは新たに得た力を使いこなしていることだな。
普通、急激にパワーアップなんてしても体と感覚が追いつかない。
魔力の出力が跳ね上がったところで、扱いを誤れば自滅するだけだ。
しかし、リゼットはメイドとして屋敷で働く傍ら、一年も経たずに自分のものとしている。
恐ろしい子っ……!
そんなことを考えていると、戻ってきたギデオンが声をかけてくる。
「さて、リゼットは見事に試験を終えたわけじゃが……。ノエル、お主はどうする?」
「俺ですか?」
「うむ。お主も、すでに何か形にしておるのではないかと思ってな」
どうやら、俺もこの場で試験を受けると予想していたらしい。
「いえ。俺はまだ、試験で見せられるような魔法はありません」
答えると、ギデオンは意外そうに目を瞬かせた。
その表情には安堵の色も混じっているように見える。
「ほう。お主にも、まだ出来ぬことがあったか」
「俺を何だと思っているんですか……」
思わず半眼になる。
死属性の魔法なら、使えるものはいくらでもある。
だが、それを人前で披露するわけにはいかない。
表向きに使える聖属性の魔法となると、まだ何も考えていなかった。
というか、俺は騎士のような戦う職業を志望しているわけではないので、別に覚える必要もないのだが……。
「よし!」
隣で見ていたアランが、両手を握った。
「先生に見ていただける最後の試験です。僕も、必ず形にしてみせます」
真っ直ぐな声だった。
たしかに、ギデオンから直接教わる機会はもう多くないだろう。
アランもやる気だし、ギデオンとの修行も一区切りだと思うと感慨深い。
もう少しくらい付き合ってみるのも悪くないか。
俺は静かに息を吐き、新たな魔法を開発すべく思考を巡らせていった。




