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盗賊たちの襲撃から三日後。
幸いにも、クラヴィエ領が大きな混乱に包まれることはなかった。
捕らえた獣人たちは衛兵たちの手で管理され、近隣の砦にも報せが送られている。
領民たちの間にも不安は残っているだろうが……。
朝になれば、畑へ向かう者の姿があった。
人というのは、案外たくましいものだ。
そんな中、俺たちは再び街道沿いの草原へと足を運んでいた。
「さて、今日からお主たちには必殺技を覚えてもらう」
開口一番、ギデオンはそんなことを言い出す。
「必殺技、ですか……?」
アランが目を瞬かせた。
聞き慣れない言葉だから無理もない。
「要するに、魔法のことですよね」
俺がそう口を挟むと、ギデオンは不満げに眉を上げる。
「む、身も蓋もない言い方をするでない」
「基礎は一通り終わったから、次は実戦で使える魔法を覚える。そういう話かと」
「間違ってはおらんがのう……」
ギデオンは両手を広げて、やれやれといった具合に首を振る。
どうやら、もう少し格好よく説明したかったらしい。
「ですが、ギデオン様。なぜ急にそのような課題を?」
質問したのはリゼットだった。
これは俺も気になるところだ。
修行は順調に進んでいるが、ギデオンがこのクラヴィエ領に来てから、まだ数か月しか経っていない。
大技を覚える前に、学ぶべきテクニックはまだまだあるのだが……。
俺たちの視線が、自然とギデオンに集まる。
するとギデオンは、広げていた両手をゆっくりと下ろした。
「まあ、急といえば急じゃな。じゃが、ワシもいつまでもこの地に腰を落ち着けているわけにはいかん」
「先生……。ここを離れるんですか?」
アランが不安そうに問いかける。
「うむ。王都の方が少々きな臭くなってきたようでな。そろそろ戻れと、催促が来ておるのじゃ」
「そんな……。僕はまだ、先生に教わりたいことがたくさんあります」
アランの表情が、見るからに沈んだ。
それも当然だろう。
アランにとってギデオンは、ようやく出会えた本物の騎士なのだ。
「ガハハハハ! そう気落ちするでない。何も、今生の別れというわけではないわい」
ギデオンは豪快に笑い、アランの肩を軽く叩く。
「折を見て様子くらいは見に来るつもりじゃ。お主らがサボっておらんか、確かめねばならんからのう」
お主ら、と言いながら。
その視線は、明らかに俺へ向けられていた。
……どうやら、俺の性格はだいぶ見抜かれているらしい。
俺は小さく咳払いをして、話を戻すことにした。
「それで、魔法を覚える修行に入るという話でしたね」
「うむ。じゃが、これが難しくての」
ギデオンは指を立てて説明する。
まず、魔法はイメージが大事。
頭の中で完成形を浮かべられない魔法は使えない。
簡単な魔法ならすぐに覚えられるが、決め手に欠ける。
複雑な魔法は強力だが、習得が難しい。
魔力の扱いには得手不得手があるので、他人の魔法を丸パクリは出来ない。
また魔法発動時のルールとして、発動句を口にする必要がある。
言わなくても発動自体は出来るが、その場合は威力が下がってしまう。
そのため、この世界では魔法を使う際に発動句を唱えるのが通例となっていた。
――こういった内容だった。
当然、俺は全て知っていたが、口を挟んだりはしない。
こういう時は黙って聞いておく。
前々世で身につけた、数少ない処世術の一つだ。
「まあ、言葉で説明するより見せた方が早いかのう」
そう言うと、ギデオンは俺たちから離れるように草原を歩いていく。
転がっていた大岩の前で足を止め、ゆっくりと右拳を握った。
次の瞬間、その腕に紫電が走る。
「【轟雷ノ鉄槌】」
短い発動句と共に、拳が振り抜かれた。
轟音。
大岩は内側から弾けるように砕け、大小の破片となって草原に散らばる。
遅れて、びりびりと空気を震わせるような余韻が肌を撫でた。
「これが、先生の魔法……」
アランは砕け散った大岩を見つめたまま、両手を握りしめていた。
「ただ岩を砕いただけではありませんね。着弾の瞬間、雷の魔力が地面を走りました」
リゼットの言葉に、俺も内心で頷く。
単に威力の高い攻撃というわけではない。
以前、盗賊相手にも使っていたが……。
あの時の様子からして、対象を感電させる効果があるのだろう。
さらに衝撃波の広がり方を見る限り、周囲の敵まで巻き込む類の魔法だ。
「最初から、今のような大技を作れとは言わん」
戻ってきたギデオンはそう前置きして、俺たちを見回した。
「形になったら見せよ。最後には、ワシが相手をして確かめる。模擬戦の中で実戦に使えると判断すれば、ひとまず合格じゃ」
模擬戦。
その言葉に、俺の頬がわずかに引きつる。
ギデオンと初めて手合わせした時のことが、脳裏をよぎった。
そんな俺の隣で、リゼットが一歩前へ出る。
「ギデオン様。その試験ですが、今この場で受けてもよろしいでしょうか」
「うむ、構わんぞ」
ギデオンは楽しげに笑い、リゼットへ向き直った。
「お主は氷の魔法を使うそうじゃな。どのような一手を見せてくれるのか、楽しみじゃ」
「ご期待に添えるかは分かりませんが、全力を尽くします」
リゼットはメイド服の裾を摘まみ、優雅に一礼した。
それからギデオンと共に、俺たちから離れた開けた場所へ移動する。
「兄さん、俺たちも下がりましょう」
「あ、うん。そうだね」
俺とアランは、二人の邪魔にならないようさらに距離を取った。
向かい合うリゼットとギデオンの間を、風が静かに吹き抜ける。
「では、始めるとしようかのう」
ギデオンが拳を構えた瞬間、リゼットの周囲に冷たい魔力が満ちていく。
こうして、リゼットの試験が始まった。




