20
夜の森に、ガンッ、ガガンッ、と硬質な打撃音が響く。
自分の背丈を超える棒を軽々と振り回すニクス。
どうやら接近戦もそれなりに出来るらしい。
対する俺の方も、護身用の剣で応戦していた。
「【連鎖爆散】」
ニクスが魔法を発動し、棒を振り下ろす。
剣で受け止めた瞬間、爆発が起こった。
武器による攻撃が当たった際に、爆破で追撃する魔法なのだろう。
その衝撃で、剣が折れてしまった。
もちろん魔力で補強していたが、この剣は屋敷から出る際に、廊下に飾られたものを拝借したのだ。
既製品で魔力の通りも悪いので、強度には限界があった。
一方、ニクスの持つ棒は特別製らしく、彼の魔力を存分に受け止めている。
バックステップで距離を取った俺だったが……。
「逃げた先が安全だと思ったか? 【地爆礫】」
指を鳴らし、追撃を仕掛けてくる。
この魔法で俺に傷を負わせられないことは、ニクスも分かっているはず。
それでも、あえて同じ魔法を使ってきた。
何か策があるのだろうか。
纏った魔力で爆発を受け流した直後だった。
答え合わせをするかのように、煙の中からニクスが飛び込んでくる。
なるほど、目くらましだったわけだな。
ニクスは持っていた棒を足元へ突き立てると、空いた両手で俺の腕を掴んだ。
「捕まえたぜ。余裕ぶってんのも、ここまでだ【掌中爆散】」
手のひらに集まった魔力が弾けた。
外へ広がる爆発ではない。
掴んだ相手の身体へ、爆発の衝撃を直接叩き込む接触魔法だ。
普通なら、両腕を吹き飛ばされていてもおかしくないだろう。
――だが、そうはならなかった。
ニクスは反射的に俺の腕を離し、獣のような身のこなしで間合いを外した。
勝ちを確信していたはずの顔には、もう余裕がない。
「今ので倒れねえのかよ……」
額に汗を滲ませながら、低く呟く。
「無傷というわけでもないぞ。少しは痛かった」
広げた両手に視線を送りながら感想を返すと、ニクスは眉をしかめた。
「少し、だと? ふざけんな。今のは、そんな一言で済む魔法じゃねえ」
吐き捨てるように言い、改めてこちらを睨みつけてくる。
「テメェ、何者だ」
「答えなら自分で言っていただろう。クラヴィエ家のしがない次男だよ」
「なにがしがないだ。そんなおぞましい魔力を纏うガキなんざ、裏の世界でも見たことねえぞ」
「おぞましいとは失礼だな」
肩をすくめる俺だったが、実際のところニクスの言い分にも一理ある。
人目がないのをいいことに、俺は死属性の魔力を隠さずに纏っていた。
ニクスの使う爆発魔法は、聖属性の魔力では防ぎきれない。
人間として生まれ直してから出会った中でも、かなりの実力者だな。
しかし、一番かと言われればそれも違う。
ギデオンの方が実力は上に思える。
だからといって、街を守っているギデオンにニクスの相手まで任せるのは、さすがに重労働が過ぎるというものだ。
このまま対処してしまおう。
「策が尽きたというなら、今度はこちらからいくぞ。俺は元々、魔法使い寄りだからな。武器がなくても大したハンデにはならない」
言いながら、手に魔力を集中させる俺だったが……。
「やってられるかよ。テメェみたいな化け物に付き合う義理はねえ【爆陣跳躍】」
次の瞬間、ニクスの足元が爆ぜた。
血迷って、自分を攻撃したわけではない。
これは、移動用魔法だ。
爆風を推進力に変えた身体が、夜の森を斜めに飛んでいく。
なるほど。
あの要領で屋敷にも仲間を送り込んでいたわけか。
丘の上にある屋敷へ近づけば、本来なら途中で衛兵に見つかるはずだ。
にもかかわらず、いきなり襲撃者たちが現れたので不思議に思っていた。
どうやら空を移動してきたようだな。
とはいえ、周囲に潜んでいた獣人たちは先に片づけてある。
これ以上屋敷へ増援が向かう心配はない。
あとは逃げた親玉を追うだけだ。
♦
――side ニクス。
耳元で唸る風。
眼下に広がる樹々が、黒い波のように流れていく。
地上を彩る街明かりは見る間に小さくなり、隣の街へと続く街道が見え始めた。
この距離なら十分だろう。
俺は落下に合わせて足裏へ魔力を集める。
空を蹴るように勢いを殺し、靴底で地面を捉えた。
そのまま膝を沈め、獣人特有のしなやかさで衝撃を逃がすと、街道脇の草地へ降り立つ。
「クソッ、割に合わねえ仕事だぜ……!」
口から漏れた声は、自分でも思った以上に掠れていた。
その拍子に、置いてきた者たちの姿が頭をよぎる。
今頃は、領内で派手に暴れている頃だろうな。
部隊を二つに分け、片方は畑付近で陽動を行う。
もう片方が屋敷に潜入し、領地を治める貴族を捕らえて人質にする。
それが、今回の作戦だった。
だが、標的の屋敷にあんな化け物がいたのは誤算だった。
奴がいる限り、街に残った連中もただでは済まないだろう。
――まあ、知ったことじゃねえけどな。
あいつらを仲間だと思ったことはない。
いや、そもそも生まれてから一度だって、他人を信用できたことがなかった。
普通の獅子獣人は金色の髪を持って生まれる。
けれど、俺の髪は夜みたいに黒かった。
気味が悪い。
不吉だ。
そんな言葉を浴びせられるのは、物心ついた頃から当たり前だった。
家族だって例外じゃない。
最後には、俺を奴隷商に売ろうとした。
だから俺は、その商人をぶっ飛ばして村を出た。
盗賊団に入ったのは、一人でやるより効率が良かったからだ。
命をかけるほどの義理はない。
このまま戻れば、連中に追われることになるかもしれない。
だが、あの化け物を相手にするよりは、よほどマシだった。
過去の記憶を振り払うように歩き出したところで、数匹の蝙蝠がバサバサと羽音を立ててまとわりついてきた。
「なんだ、コイツら。ウザってぇな」
鬱陶しさに任せて手を振るうと、蝙蝠たちは逃げるように散っていく。
その瞬間、視界の先に黒髪の少年が立っていた。
音もなく。
気配もなく。
まるで最初からそこにいたかのように。
「……は?」
思わず、間の抜けた声が漏れる。
だが、すぐに我に返った。
「テメェ、どうやってここまで来た?」
「こう見えて、俺も移動には自信があってな。肉体を【霊化】させれば、目印のある場所までは飛べる」
言って、周囲を飛ぶ蝙蝠へ視線を向ける少年。
息一つ乱していない。
こちらを見据える赤い瞳にも、焦りや怒りは欠片も見えなかった。
わざわざ手の内を晒すのは、逃がさない自信があるからだろう。
霊体になって移動なんて聞いたこともない魔法だが、この化け物ならあり得ないこともない。
なら、残ってる手は一つしかねぇな。
俺は右腕に魔力を集める。
魔法の威力を上げる方法はいくつかあるが、一番効果的なのは対価だ。
この腕一本を燃料にすれば……。
――発動句を口にしようとした瞬間だった。
黒い線が視界を横切る。
次の瞬間、右腕が肩口から離れていた。
「【冥鎌】。言っただろう。今度はこちらからいくと」
いつの間にか、ヤツの手には魔力で形作られた黒い鎌が握られていた。
あれで攻撃したのだろうが、一体どうやって腕を落としたのか、まったく理解できなかった。
右肩の先から、とめどなく血が流れ落ちる。
遅れて痛みが脳を焼いた。
「……なんで、分かった」
膝が折れる。
地面に片手をついたまま、俺は切り落とされた腕へ視線を向けた。
今まさに、魔法を放とうとしていた俺の身体の一部だ。
「魔力の流れが見えた。お前が隠したつもりでも、筒抜けだった。それだけだ」
「そうかよ」
たぶん、嘘ではないのだろう。
それほどまでに、俺とヤツの間には実力差があった。
もう、次の手はない。
左腕を犠牲に、なんて考えたところで、次はそこを斬り飛ばされるだけだ。
「……もういい。好きにしろ」
声に力は入らなかった。
自分が誰よりも強いなどと、思い上がっていたつもりはない。
だが、まさか同じくらいの年頃のガキに、ここまで一方的にやられるとは思っていなかった。
勝てない。
逃げられない。
隠し玉も、出す前に潰された。
これ以上足掻く理由を、俺はもう見つけられなかった。




