19
――side リゼット。
アラン様を追って部屋を出ると同時、ノエル様がふっとその場から消える。
一瞬だけ感じられた魔力からして、また何か常識外れの魔法を使われたのだろう。
ノエル様なら仕方ないと、驚く自分を納得させつつ……。
――魔力探知を発動する。
この技は昔から得意だった。
いや、得意にならなければ生きていけなかった、と言うべきかもしれない。
隠れ潜む者も含めて、探知にかかった襲撃者は六名。
一階の玄関広間に三名。
二階には、魔力を抑えながら散っている者が三名。
大事なのは状況判断だ。
二階に、現在クラヴィエ家の方々はいない。
全員が一階へ移動している。
そして玄関広間には衛兵の方々に加え、アラン様の気配もあった。
ならば、迷う必要はない。
目指すは一階の玄関広間だ。
廊下を駆け抜け、いくつかの部屋を通り過ぎる。
やがて、冷えた空気の流れ込む広い空間へ飛び込んだ。
足元に広がるのは赤い絨毯。
この地でとれる染料をふんだんに使った、クラヴィエ家自慢の高級品だ。
天井から吊るされたシャンデリアは、煌々とした光で周囲を照らしている。
玄関広間は屋敷の中でも特に豪華な場所。
だが今は、外へ繋がる扉が破壊されている。
砕けた破片が床に散らばり、壁際では衛兵の方々が苦しそうに肩で息をしていた。
広間の中央では、侵入してきた三人の獣人が武器を構えている。
それに向き合っているのは、アラン様と衛兵隊長の二人だけだった。
「リゼット、来てくれたんだね」
「はい。ですが、あまり余裕はなさそうですね」
二人に近づくと、私に気が付いたアラン様が声を上げた。
続けて、衛兵隊長は獣人たちから視線を外さないまま、短く問いかける。
「すまないが、手を貸してくれるか。腕が立つとは聞いている」
「はい。そのつもりで参りました」
そんなやり取りを聞いていた獣人の一人が、口の端を歪めた。
「はっ、またガキが増えたぞ。この屋敷はよほど人手が足りてねえらしいな。これで三対三になったとでも思ってんのか?」
「まさか。あなた方の相手は、私一人で十分です」
私がそう告げると、隣の衛兵隊長がぎょっとしたようにこちらを見る。
「リゼット殿、相手は三人だ。そう簡単にはいかんぞ」
「では、一人はお任せします」
言い終えるより早く、私は床へ手をかざした。
「【氷壁】」
冷気が床を走り、広間の中央に分厚い氷の壁が立ち上がる。
アラン様と衛兵隊長の前に一人を残し、残る二人をこちら側へ閉じ込めた。
「後悔するぞ、エルフのクソガキが」
「あなたの方こそ、降伏するなら早い方がいいですよ? 氷属性の扱いにはまだ慣れていないので、命の保証はできません」
「舐めやがって……!」
挑発に乗った獣人の男が、曲刀を片手に突っ込んでくる。
感情のままに動く相手は、対処しやすい。
私はエプロンの裏へ手を滑らせ、左右に仕込んでいた短剣を抜いた。
「これでも喰らいな【追尾炎弾】!」
獣人が曲刀を振るう。
それと同時に、炎の弾が弧を描くように飛んできた。
なるほど。
ただ頭に血が上っているだけではないらしい。
あるいは、炎属性は氷属性に有利と考えたのかもしれないけれど……。
「甘いですね【水弾】」
私の前に生まれた水の弾が、炎弾を正面から呑み込んだ。
氷属性は水属性と土属性の合成属性。
合成属性による魔法は威力が高くなるため忘れがちだが、元である二種類の属性を使いこなした上で成り立っている。
当然、私は水属性の魔法も扱える。
そして、水属性は火属性に強い。
続く曲刀の一撃も短剣で受け流し、隙だらけの身体へ蹴りを叩き込む。
獣人の男は吹き飛ばされ、最初に作った氷の壁へ激突した。
背後に迫るもう一人に対して、私はさらに魔法を発動する。
「【氷塊】」
足元から出現した、先の尖った氷が敵を襲う。
しかし、もう一人は冷静だった。
すぐに後ろへ跳び、氷の射程から逃れる。
だが、私の攻撃はまだ終わっていない。
炎を打ち消した水弾には、まだ余力が残っている。
私はそのまま軌道を変え、氷壁に叩きつけられた男へ追撃を向けた。
「【風盾】」
淡い緑色の魔力壁が水弾を弾き飛ばす。
もう一人の方が仲間を守った。
どうやら風属性の使い手のようだ……。
そのまま合流した獣人たちが言葉を交わす。
「油断するな。見た目通りの相手じゃない」
風属性の獣人が、低い声で仲間に告げる。
氷壁に叩きつけられた男は、ふらつきながらも曲刀を構え直した。
「そうみてぇだな……。なんなんだ、こいつ。エルフ族は魔力の成長が遅いんじゃなかったのかよ。ガキのくせに、どうしてこんな力を……!」
その認識は、決して間違っていない。
エルフ族は長命だ。
見た目の成長こそ普人族と大きく変わらないが、魔力は長い年月をかけてゆっくりと成熟していく。
戦闘において一人前と呼ばれるまで、百年近くかかる者も珍しくはない。
だから、子供の姿をしたエルフ族なら弱い。
そう考えるのは、ごく自然な判断だった。
では、なぜ私がこの年で大人顔負けの魔力を扱えるのか。
生まれ持った魔力が大きかったこともある。
けれど、理由はそれだけではない。
もっとも、それを彼らに説明してやる義理はなかった。
私は壊された正面扉へ手をかざし、氷で塞ぐ。
これで、彼らに退路はない。
それを見て、曲刀の獣人が舌打ちした。
「チッ……面倒な壁を作りやがって」
「一人で仕掛けるな。二人で崩すぞ【風精ノ加護】」
風属性の獣人が手に持っていた槍を掲げる。
風が細く鳴り、二人の身体を包み込んだ。
「【炎装刃】」
続けて、曲刀の獣人が魔力を練り上げる。
自身の曲刀と、風属性の獣人が持つ槍に炎が纏わりついた。
どうやら、お互いの魔法で能力を補い合うつもりらしい。
二人の獣人が、呼吸を合わせるように身を低くする。
次の瞬間、二人の姿が左右へ散った。
一歩で進む距離が、先ほどまでとは明らかに違う。
床を蹴るたびに風が鳴り、炎を纏った刃が赤い軌跡を描いていく。
二人はすぐには仕掛けてこない。
私の周囲を回るように駆け、距離を詰める素振りを見せては離れていく。
どうやら、今度は力任せに突っ込んでくるつもりはないらしい。
さて、どうしたものか。
床ごと凍らせれば、二人の足は止められる。
だが、そんなことをすれば後片付けが大変だ。
凍らせるのは、あの二人だけでいい。
「【蜃気楼】」
私が魔法を唱えると、室内が霧に包まれる。
霧の中では探知も、そして獣人族の鼻も利かない。
さらに、この霧の中には私の影が潜んでいる。
「なんだこの魔法は!」
「待て、何かが――」
風属性の獣人が、気配に反応して槍を突き出す。
けれど、その相手は幻影だ。
虚しく空を裂く姿を横目に、私は一人目を凍らせる。
「おい、どうした! 一体何が起こって……!」
焦った声を出すもう一人にも影が集まる。
「く、来るんじゃねぇえええ!」
闇雲に曲刀を振り回す獣人。
最初に会ったときの軽薄さは見る影もない。
「頭上ががら空きですよ【氷牢】」
私は霧の中から落下し、その頭にそっと手を置いた。
次の瞬間、触れた場所から氷が広がる。
「なっ――」
声を上げる間もなく、男の身体は炎を纏った曲刀ごと分厚い氷に封じられた。
霧が晴れると、広間には二人の獣人を封じた氷塊だけが残されている。
いずれは影そのものにも攻撃性能を持たせたいが、今はこれで十分だろう。
続けて氷壁も解除すると、ちょうど向こうも決着がつくころだった。
「【岩砕】」
衛兵隊長の槌に土属性の魔力がまとわりつく。
重い一撃が直撃し、三人目の獣人はその場に崩れ落ちた。
「そちらも終わったようですね」
私が声をかけると、衛兵隊長は倒れた獣人から視線を外し、槌を下ろした。
「ああ。アラン様がいてくださったおかげで、なんとかな」
「僕はそんな、大したことは……」
アラン様は慌てたように首を振る。
その手には、まだ剣が握られていた。
昼間、盗賊たちが命を落とす光景を見て、アラン様は確かに震えていた。
けれど今は違う。
恐怖が消えたわけではないだろうが、それでも逃げずに前へ立ち、剣を振るった。
きっと、アラン様は騎士になれるだろう。
「いいえ。十分に助かりました。ただし、廊下の様子を見るだけと仰っていたのに、盗賊と向き合っていたのには驚きましたが」
「ご、ごめん。心配をかけたね」
私が半眼で見つめると、アラン様は気まずそうに頬を掻いた。
反省はしてくださっているのだろう。
けれど、だからといって屋敷から逃げてくださる方ではない。
ノエル様はよく、アラン様のことを正義の男だと評している。
つまり、一度決めたことを簡単には曲げない方なのだ。
「私は他の襲撃者を確認しに向かいます。アラン様も、来てくださいますか?」
「もちろん。ここはクラヴィエの屋敷だからね。家の者である僕が、何もしないわけにはいかないよ」
「ありがとうございます。では、残りの襲撃者を探します」
こうなってしまった以上、アラン様にはそばにいていただいた方が守りやすい。
力強く頷くアラン様を横目に、私は再び魔力探知を広げる。
新たな襲撃者の気配はない。
けれど、先ほど二階に侵入していた三名が、一階へ移動してきていた。
行き先は――。
「まずいです。執務室の方へ向かっています」
「執務室!? 父上がいる場所だ!」
アラン様が声を上げる。
衛兵隊長は槌を握り直し、廊下の奥へ視線を向けた。
「急いで向かいましょう」
短く頷き合い、私たちは執務室へと駆ける。
しかし、たどり着いた時にはもう終わっていた。
扉の前には、三人の獣人が折り重なるように倒れている。
そのそばには、白銀の長髪を揺らす大柄な老人――ギデオン様の姿があった。
「アランにリゼットか。お主ら、部屋で待機しておるはずではなかったのか?」
「ギデオン様の方こそ、倉庫へ向かわれたのでは?」
「向かったとも。あちらは片づけてきた。そして、屋敷に別働が入り込んだ気配があったので急いで戻って来たんじゃ」
ギデオン様は指を立てて説明する。
どうやら、最初から敵が部隊を分けて襲撃してくる可能性は考えていたらしい。
その場合は、各個撃破を素早く行うことで対応すると決めていたそうだ。
なんとも力業な作戦だが、それを成し遂げてしまうあたり、この方もまた常識の枠には収まらない人なのだろう。
ともあれ、これで屋敷の方はなんとかなりそうだ。
執務室から出てきたダリウス様に、アラン様が駆け寄る。
互いに大きな怪我がないことを確かめ合う二人を見て、私の胸にもようやく安堵が広がった。
それから、ふと窓の外へ視線を向ける。
屋敷の裏手に広がる森は、夜の闇に沈んでいた。
ノエル様。
私は、任された通りに皆様をお守りしました。
ですから、ノエル様もどうか無事に戻ってきてください。




