18
案内先は一階奥の小部屋だった。
正面玄関からは遠く、いざという時は裏口から逃げることが出来るわけだ。
もっとも、襲撃者たちが素直に表から来るとは限らないので、絶対に安全というわけではない。
部屋に入ると、アランとリゼットの姿があった。
そのほかにも、若いメイドが数名、部屋の隅で不安そうに身を寄せている。
クラヴィエ家の使用人は街に家を持つ者が多いため、ほとんどは日が落ちれば屋敷を離れるわけだが……。
それでも、夜番として最低限の人手は残しておく必要がある。
今ここに集められているのは、そうして屋敷に残っていた者たちだった。
「ノエル、無事だったんだね」
俺の姿を確認して、アランはほっと息をつく。
「兄さんも無事で何よりです、リゼットも」
「はい。私は問題ありません」
リゼットは静かに頷いたあと、俺の方へ一歩近づいた。
「ですが、ノエル様のお姿が見えず、心配しておりました」
「俺は部屋にいただけだよ。倉庫の方で騒ぎがあったと聞いて、ここに移るよう言われたんだ」
「倉庫の方……。やはり、盗賊たちが?」
「恐らくはそうだな。ただ、ギデオン先生が向かったらしい」
「それなら、きっと大丈夫だね」
隣で聞いていたアランが相槌を打つ。
確かに、倉庫を襲っている連中だけなら問題ないだろう。
だが……。
ドタンッ、と廊下の向こうで何かが倒れる音がした。
室内に緊張が走る。
「僕が様子を見てきます。皆さんはここで待っていてください」
「兄さん、危ないですよ」
「大丈夫、外へ出るわけじゃない。廊下の様子を確かめるだけだよ」
言って、アランは部屋から出て行ってしまう。
まずいな。
廊下の向こうで倒れたのが見回りの衛兵なら、敵はすでに屋敷の中だ。
俺はすぐに後を追おうとした。
しかしその瞬間。
ナイトアイズの一匹が、屋敷の外に潜む影を捉える。
「これは……」
「ノエル様、何かありましたか?」
思わず呟いた俺に、リゼットが首を傾げる。
俺はリゼットに向き直り、視線を合わせた。
「敵の親玉らしき奴を見つけた。俺はそいつを止めに行く。リゼット、屋敷の方を頼めるか?」
「珍しいですね。ノエル様が、私に何かを任せてくださるのは」
「今はリゼットが一番頼りになるからな」
これは気休めではない。
屋敷に残っている衛兵や使用人の中で、獣人の盗賊を相手にまともに戦える者は限られている。
その点、リゼットは元冒険者であり、なにより規格外の魔力を持っていた。
言葉通り、屋敷を任せる相手として、彼女以上の適任はいない。
とはいえ、危険な役目を任せることには変わりない。
返事を急かさず、ただリゼットの言葉を待つ俺だったが……。
「承知しました。アラン様と、屋敷に残っている方々は、私が必ずお守りします」
リゼットの答えは、すぐに返ってきた。
背筋を伸ばしたその姿には、わずかな迷いも見えない。
「ありがとう。リゼットがいてくれてよかった」
リゼットは目元を和らげた。
そして、いつものように丁寧に頭を下げる。
「……はい。どうか、ノエル様もお気をつけて」
「リゼットも、無理はするなよ」
それだけ告げて、リゼットに背を向けた。
リゼットなら、しっかりと屋敷を守ってくれるだろう。
俺は俺で、やるべきことを片づけなければならない。
♦
屋敷の裏手側。
聖域の境目にあたる森の縁に、その獣人は身を潜めていた。
俺と同じ黒い髪。
その間から覗く丸い獅子の耳。
見た目は子供だが、周囲にいる他の獣人と比べても、ひときわ大きな魔力をその身に宿している。
少なくとも、ただの手下の一人ではないことは間違いない。
「七聖騎士ってのは、爺だって聞いてたんだがなぁ」
俺が背後に立つより早く、獣人の少年はそう口にした。
まるで、最初からこちらに気づいていたかのように。
「その情報は正しいよ。俺は七聖騎士じゃない」
答えると、少年はゆっくりとこちらを振り返った。
「なんだ、お前。貴族の家のガキか?」
俺を見下ろすように笑う少年。
年格好は大して変わらないくせに、随分と偉そうな態度だ。
「まあ、なんでもいいけどな。オレの後ろに立った奴を、生かして帰すつもりはねえよ【地爆礫】」
少年が指を鳴らす。
同時に、俺の足元の地面が発光し――爆ぜる。
衝撃が地面を伝い、周囲の樹々を揺らした。
「……あっけねえな」
爆煙の先で、少年の呟きが聞こえた。
「それはどうかな」
俺は返事をしてやった。
今のは罠魔法だ。
身体の一部を媒介にして、離れた場所へ魔力を仕込む技術。
普通の遠距離魔法より威力を維持しやすいのだろう。
咄嗟に死属性の魔力を纏っていなければ、無傷とはいかなかった。
「……へえ。今ので死なねえのか」
煙が薄れる。
少年は声を荒げることなく、つまらなそうに肩をすくめる。
その一方で、周囲へ漂う魔力は先ほどよりも濃くなっていた。
「驚くのはまだ早いぞ、後ろを見てみろ」
俺は少年の背後を指差す。
少年が振り返った先では、森の陰に潜んでいた獣人たちが地面に倒れていた。
「ニ、ニクス様……」
かろうじて意識があった一人が、呻くようにその名を呼ぶ。
「テメェ、何をした?」
「邪魔をされたら面倒なので、先に片付けさせてもらった。さあ、続きといこうか。ニクス」
名を呼ばれたニクスは、苛立たしげに舌打ちした。
続けて、足元の地面へ乱暴に片足を叩きつける。
土が盛り上がり、黒い棒状の武器が姿を現した。
ニクスはそれを掴むと、引き抜く勢いのままこちらへ踏み込んでくる。
ただの棒、というわけではなさそうだ。
表面を走る魔力の気配に、俺は自然と口角を上げていた。
夜の森で、二度目の衝突が始まる。




