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――side 逃げ出した獣人。
クラヴィエ領近郊の洞窟。
そこが俺たちの臨時アジトだった。
入口には枝葉を被せ、外から見えにくいようにしてある。
洞窟の奥では、壁に吊るされた照明用の魔道具が淡い光を放っていた。
照らし出された空間には、この地へ入り込んだ仲間たちが集まっている。
その輪の中心で、平たい岩に腰掛けているのが部隊のリーダー、ニクス。
……いや、ニクス様だ。
壁面に映る影は他の誰よりも小さい。
まだ子供と呼んでもおかしくない年頃の少年だ。
膝丈のズボンに、丈の短い黒革の上着。
腰には魔石片の入った革袋や、小さな筒がいくつも吊られている。
少し癖のある黒髪は外へ跳ね、その髪の間から丸い獅子の耳が覗いていた。
獅子獣人といえば、普通は金色の髪を持つ。
だが、ニクス様の髪は夜のように黒い。
そのせいで一族から気味悪がられていたという話は、団の中でも有名だった。
もっとも、本人の前でそれを口にする馬鹿はいない。
ニクス様は、子供の姿をしていても、俺たちの誰よりも危険な獣人だからだ。
「……もう一度言え」
低い声が、洞窟の中に落ちた。
怒鳴られたわけではない。
それなのに、尻尾が勝手に強張った。
「ちょ、調査の報告では、クラヴィエ領に大した戦力はいないはずでした。ですが、あの場には七聖騎士と呼ばれていた爺がいました」
洞窟の中がざわついた。
七聖騎士。
アシュラント王国の騎士の中でも、最上位に数えられる化け物ども。
顔も名前も知らないが、その称号が何を意味するかくらいは分かる。
「二人、やられました。ほとんど一瞬です。こっちが何をする間もなく……」
雷を纏った身体。
砕け散る曲刀。
動かなくなった仲間たち。
思い出しただけで、喉が干上がる。
「ニクス様。あれはまずいです。この国でも上位の実力者でしょう。ここは一度、引いた方が――」
「引く?」
俺の言葉を遮るように、ニクス様が鼻で笑った。
その声で、洞窟の中がすっと静まり返る。
「普人族の中で強い爺が一人いた。それで? オレたちは騎士じゃねえ。盗賊だぞ」
ニクス様は平たい岩に腰掛けたまま、退屈そうに尻尾を揺らす。
「正面から斬り合って勝つ必要なんざねえ。強い奴が一人いたところで、守るものが多けりゃいくらでも崩せる。作戦は変えねえ」
「し、しかし……」
なおも言いかけた瞬間、ニクス様は気だるげに指先をパチンと鳴らす。
「【地爆礫】」
俺のつま先から一歩進んだ地面が爆発する。
破裂音が洞窟に響き、飛び散った小石が頬を掠めた。
「ひっ……!」
情けない声が喉から漏れる。
ニクス様は、こちらを冷ややかに見下ろしていた。
「まだ何か言いたいことあるか?」
「……い、いえ。ありません」
「なら黙って指示を聞け。テメェらの頭で考えたところで、ロクな答えは出ねえんだからよ」
それ以上、誰も口を開かなかった。
少なくとも、この場でニクス様に逆らえる奴はいない。
「七聖騎士だか何だか知らねえが、邪魔するならオレが相手する。合図が出たらすぐ動けるようにしておけ」
ニクス様は口元を歪めた。
夜になれば、作戦がはじまる。
逃げることも、逆らうこともできない。
俺にできるのは、あの七聖騎士とだけは当たらないよう祈ることだけだった。
♦
――クラヴィエ領、夜。
畑へ出ていた領民たちも、今は家へ戻っているだろう。
窓から漏れる明かりが暗い通りを照らし、光と影のコントラストを作っている。
遠くでは虫の声が鳴り、夜気を含んだ風が作物を揺らしていた。
ここまではいつもと変わらぬ光景。
けれど、今夜はそれだけではなかった。
見張り台には衛兵の姿があり、倉庫の周辺では巡回の足音が響いている。
いつ来るかも分からない盗賊に備え、クラヴィエ領は守りを固めていた。
クラヴィエ家の次男。
俺こと、ノエル・クラヴィエは自室の椅子に腰かけ、目を閉じていた。
もちろん、眠っているわけではない。
昼間に引き続き、屋敷の外へ放ったナイトアイズと視界を共有し、領内の様子を探っているのだ。
ナイトアイズは元々、リゼットを襲った魔物を探すために放った眷属だった。
肝心の魔物はまだ見つかっていないが、今は盗賊の警戒に役立っている。
怪我の功名というべきか、なんというべきか……。
リゼットにそのあたりを突っ込まれないのは、不幸中の幸いだな。
そんなことを考えているうちに、ナイトアイズの一匹が不審な影を捉えた。
場所は住宅地の外れ。
カラント畑へ続く道沿いにある倉庫の辺りだ。
黒いローブで身を隠し、闇に紛れるように七、八人ほどの獣人が進んでいた。
「またお主か、懲りんのう」
獣人たちが倉庫へ近づこうとした、その時だった。
行く手を塞ぐように、ギデオンが姿を現す。
どうやらギデオンも、盗賊たちの接近に気づいていたらしい。
「ひっ。あ、あんたは七聖騎士のっ……!」
思わず肩を跳ねさせる獣人には見覚えがある。
昼間、命からがら逃げ出したやつだ。
あんな目に遭ったのに、またやってくるのは何か策があるからだろうか。
多少人数が増えたところで、結果は変わらないと思うが……。
「手筈通りだ! 散れ!」
先頭の獣人が叫ぶと同時に、襲撃者たちが一斉に動いた。
倉庫の裏手へ回り込んだ一人は、手のひらに赤色の魔力を灯らせる。
「【着火】」
小さな火球が積まれていた木箱に当たり、表面に火が走る。
別の獣人は腰の筒を地面へ叩きつけ、煙を辺りに撒き散らした。
さらに二人が、カラント畑の方へ走っていく。
「火は任せた! ワシは畑へ向かった連中を止める!」
ギデオンの声が周囲に響いた。
側にいた衛兵たちはすぐに消火へ走る。
魔法で炎を押さえ込む者もいれば、木箱をどかして火が広がるのを防ぐ者もいた。
盗賊たちはといえば、最初の合図通りバラバラに動いていた。
火をつける者、煙を放つ者、畑の方へと向かう者……。
単に、倉庫の品を狙いに来たわけではなさそうだ。
混乱を起こし、意識を分散させる。
計算違いがあるとすれば――。
「ワシの前で好き勝手できると思うでないぞ!」
ギデオンの身体に紫電が走った。
次の瞬間、畑へ向かっていた獣人の一人が、横合いから吹き飛ばされる。
獣人たちとギデオンには圧倒的な力の差がある、ということだ。
この分なら、すぐに片が付くだろう。
「ノエル様、倉庫の方で襲撃がありました! 万一に備え、部屋をお移りください!」
慌ただしく扉が叩かれ、使用人の青年が室内に入ってくる。
どうやら、屋敷の方にも報告が届いたようだな。
俺はナイトアイズとの共有を切り、ゆっくりと目を開けた。




