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「すまぬ。せめて一人は捕らえておきたかったのじゃがな」


 言いながら、ギデオンは俺たちの方へ戻ってくる。

 その足取りに乱れはない。

 戦いと言っても、一方的なものだったから、たいしたケガもないのだろう。


 対して、アランはすぐに返事をしなかった。


「兄さん?」

 

 声をかけると、アランははっとしたようにこちらを見る。

 その顔は、少し青ざめていた。

 視線はすぐに、草原に倒れた二人の獣人へと戻っていく。


「……先生は、すごいですね」


 絞り出すような声だった。

 そこにあるのは単純な憧れではない。


 つい先ほどまでは言葉を発し、武器を振るっていた相手がもう動かない。

 その現実を飲み込もうとしているのだろう。


「怖いか、アラン」

「……はい」


 アランの前に立つギデオン。

 絞り出すように返事をするアランに、ギデオンは静かに頷く。


「それでよい。命を奪うことを恐れぬ者に、守るための剣は持てん」


 その言葉に、アランが顔を上げる。


「怖さを忘れるな。じゃが、怖さに呑まれるな。騎士とは、その上で前に立つ者じゃ」

「……はい。忘れません」


 まだ顔色は悪い。

 それでも、アランの瞳には先ほどとは違う光が戻っていた。

 一歩前進だな。


 ところで、俺には何かないのだろうか。

 俺の胸中を察したかのように、ギデオンはこちらに顔を向ける。


「ノエル、お主は別じゃ」

「まだ何も言ってませんが」

「顔色ひとつ変えておらんではないか。お主をアランと同じようには扱えんわい」


 俺の方がアランより年下なのだが……。

 どうやら完全に強者側として扱われているらしい。

 ガハハハハと笑ったあと、ギデオンは一つ咳払いをした。


「ひとまず屋敷へ戻るぞ。今の連中、ただの物盗りではなさそうじゃ」

「御者の方はどうしますか?」


 アランが、傾いた馬車のそばで座り込んでいる男へ視線を向ける。


「連れて戻る。馬車は後で衛兵に回収させればよい」


 ギデオンの言葉に、御者の男は震える声で口を開いた。


「あ、ありがとうございます。ですが、護衛の方々が……。私を逃がすために、街道の先で足止めを……」


 そこまで言って、男は唇を噛んだ。

 最後まで言葉にしなくても、状況は察せられる。


「分かりました。まずはあなたを街まで送ります。護衛の方々の確認は、父上に報告してからすぐに手配します」


 声はまだ硬い。

 だが、領主の息子として何をすべきか、アランは必死に考えているようだった。


 そんなわけで、一同は周囲を警戒しつつ、街へと戻っていく。

 道中で御者から聞いた話によると、積み荷はクラヴィエ・カラントを加工した染料で、街道の先で突然襲われたらしい。


 行き当たりばったりの盗賊ではないだろうな。

 積み荷の価値を知り、出荷のタイミングまで把握していた。

 少なくとも、この土地の事情を事前に調べていたのは間違いなさそうだ。


♦


――クラヴィエ家、執務室。


 ダリウス、エリーゼ、ギデオンの三人が、机を囲むようにして話し合っていた。


 執務室にいない俺が、なぜそんなことを知っているのか。

 答えは単純。

 姿を隠したナイトアイズを窓の外に待機させ、室内の様子をこちらに共有させているからだ。


「あやつらは、おそらく【灰色の羅針盤】の一部隊じゃ。大陸各地を荒らしまわる、名の知れた盗賊団よ」


 ギデオンは思い出すかのように片目を閉じ、顎鬚を撫でる。

 騎士として活動しているくらいだから、過去にも戦った経験があるのだろう。

 そんなギデオンの言葉に反応したのはエリーゼだ。


「聞いたことがあります。獣人国に拠点を持つ、獣人族中心の大盗賊団ですね。小さな村や街を襲い、滅ぼすこともあります」


 さすがは元中央貴族というべきか。

 この手の物騒な噂にも、きちんと通じているらしい。

 エリーゼは、執務机に広げられた領地図へ視線を落とし、話を続ける。


「クラヴィエ領は聖域が広く、魔物には強い。けれど、他の都市のような壁はありません。彼らがこの街に目をつけたのなら、馬車だけで終わるとは限らないでしょう」

「つまり、盗賊どもが踏み込んでくる可能性がある、ということか」


 ダリウスの言葉に、エリーゼは静かに頷いた。


「ええ。倉庫、畑、加工場……。狙える場所はいくつもあります」

「ならば、すぐに手を打とう」


 ダリウスは短く告げると、机の端に置かれた呼び鈴を鳴らした。

 ほどなくして、扉の向こうから白髪交じりの執事と、使い込まれた革鎧を身につけた衛兵隊長の男が姿を現す。


「衛兵を集めろ。街の入口と見張り台には人を増やし、不審な者を見つけたら交戦よりも報告を優先させるんだ。倉庫と加工場にも警備を回せ」


 矢継ぎ早に告げられる指示に、二人は姿勢を正した。


「畑に出ている者たちには、日が落ちる前に街へ戻るよう知らせる。ただし、必要以上に騒ぎ立てるな。領民が混乱すれば、盗賊につけ入る隙を与えることになる」

「「承知いたしました」」

「それと、近隣の砦へ早馬を出せ。相手が【灰色の羅針盤】なら、こちらだけで抱えるには危険が大きい」


 必要な指示を終えると、ダリウスはギデオンへ向き直った。


「ギデオン殿……」

「分かっておる。ワシは周辺を探るとしよう。まだ近くに潜んでおるなら、痕跡くらいは残しておるはずじゃ」

「ですが、深追いは避けてください。相手は魔道具も用意しているようですし。誘い込むための罠も考えられます」

「ガハハ、承知した。ダリウス殿も、なかなか慎重じゃのう」

「領民を預かる身ですから」


 なるほど。

 普段はエリーゼといちゃついている印象が強いダリウスだが……。

 いざという時は、きちんと当主の顔になるらしい。

 辺境とはいえ、領地を治めているだけはあるな。


 俺はナイトアイズとの共有を切り、ゆっくりと目を開ける。


「ノエル様、何か分かりましたか?」


 こちらの反応を待っていたのだろう。

 そばに控えていたリゼットが、こちらを覗き込むように身を寄せてきた。


「まあ、色々とね」


 曖昧に返しながら、俺は椅子の背もたれに身体を預ける。

 それにしても、大盗賊団か。

 五百年前にも盗賊はいたが、村や街を滅ぼすほどの組織となると、さすがに聞き覚えがない。

 人同士で奪い合えるほどには、この世界も平和になったということか。

 あるいは、平和になったからこそ、人の悪意が形を持てるようになったのか。


 なんにせよ、だ。

 俺もクラヴィエ領で暮らす一員である以上、傍観は出来ない。

 かといって、全部片づけておきました、では不自然すぎる。


 どうしたものかな……。


 窓の外に広がるクラヴィエ領は、いつもと同じように穏やかだ。

 だが今は、その静けさが少しだけ不気味に思えた。

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