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――クラヴィエ領、街道沿いの草原。


 雲一つない空。

 暖かな日差しが降り注ぐ昼下がり。

 背の低い草が風に撫でられ、波のように揺れている。

 視線を泳がせると、商人の馬車が土を踏み固めた街道を進み、がらがらと音を鳴らしていた。

 ここが安全な場所であれば、のんびり昼寝でもしたいところだが……。


 街の外側に広がる畑の、さらに外側にあるこの草原。

 聖域には入っていないため、魔物も出る。

 帯剣して、危険にも備えている状態。

 もっとも、今日の目的は魔物狩りではなく――。


「やあああっ!」


 鋭い声と共にアランが地面を蹴った。

 身体が一直線に加速する。

 悪くない【瞬動】だ。


 修行が始まってから、三か月ほどが過ぎていた。

 真面目なアランは着実に成果を上げている。


「少し素直すぎますね」


 静かな声が風に混じる。

 突進と共に放たれたアランの袈裟斬り。

 それを受け流したのはメイド服の少女、リゼットだ。

 両手に握った訓練用の短剣は、指先の延長のように軽やかに動いている。

 白い袖口がふわりと揺れたかと思えば、アランの木剣が軌道を外されていた。


「くっ……!」


 分が悪いと見たアラン。

 無理に踏み止まらず、後方へと跳び退く。

 一旦仕切り直しを狙う構えだな。

 

 見ての通り、現在はアランとリゼットの模擬戦が行われている。

 俺の隣ではギデオンが「うむ、二人ともやりおるのう」などと言いながら、満足げに顎髭を撫でていた。

 

 二人の戦いを眺めながら、俺はここ数か月のことを思い返す。

 メイドになったはずのリゼットがなぜ訓練に参加しているのか。


 第一に、リゼットはメイドとして驚くほど優秀だった。

 家事に便利な水属性の魔法を扱い、覚えるのに時間がかかる貴族の礼儀作法も最初からマスターしている。

 気が付けば、他の使用人たちから一目置かれる存在となっていた。

 

 問題があるとすれば、仕事を片付けるのが早すぎることだ。

 貴族といっても、辺境の小貴族であるクラヴィエ家。

 元々、それほど忙しいわけでもない。


 余った時間をどうするかとなった時、エリーゼはリゼットに、俺とアランの身の回りや外出時の付き添いを頼んだらしい。

 本人の希望を汲んだのか……。

 あるいは、年の近い俺たちの側にいた方が、リゼットも過ごしやすいと考えたのだろう。

 エリーゼは、そういうところに自然と目が向く人だからな。

 

 そんなこんなで、リゼットは俺たちと行動を共にすることが多くなった。

 魔力持ちで才能あるリゼットをギデオンが放っておくはずもなく……。


 いつの間にか弟子三号扱いとなり、こうして修行に巻き込まれているわけだ。


 さて、話を戻そう。


 木剣と訓練用短剣がぶつかり合い、乾いた音が草原に響いている。

 模擬戦は白熱化しているが、状況はリゼットの方が優勢といった感じだ。

 先ほどリゼットも口にしていたが、アランの攻撃は単調すぎるのだ。

 攻撃魔法なしの模擬戦だから実戦経験の差が出やすいのもあるが……。


 この世界の戦闘は、今の二人のような白兵戦が主流だ。

 魔力を体に纏い、身体能力を向上させる。

 武器に纏えば、切れ味や強度が増す。

 逆に、魔力を飛ばすような攻撃は効率が悪い。

 魔力は自身の体から離れるほど威力が弱まってしまうのだ。


 そんなわけで、この世界で魔法を使う者と言えば、魔法使いというより魔法剣士といったイメージが強い。

 この辺りは五百年前から変わっていないようだな。


 要するに、魔法があってもなくても、今のアランではリゼットを崩しきれない。

 真っ直ぐ突っ込んで、真っ直ぐ斬る。

 それだけでは、相手が手練れになればなるほど簡単に読まれてしまう。

 

 さて、どうするアラン?

 俺の視線に気づいたわけではないだろうが、アランは一度大きく息を吐くと、迷いを振り払うように表情を引き締めた。


「なら、これはどうですか!」

 

 言って、アランは跳躍する。

 高い。

 大人二人分をゆうに超える高さまで一気に舞い上がった。

 とはいえ、威力を乗せて斬りかかるだけなら、リゼットは簡単に対処するだろう。

 実際に、リゼットはアランにしっかりと注意を向け、迎撃の構えを取っている。


 これでは先ほどまでと同じ展開になってしまう。


――そう思った時だった。


 宙に浮かぶアランの足元で魔力が弾ける。


「――っ!」


 リゼットの目が、わずかに見開かれた。

 正面から迫っていたはずの身体が、鋭く横へ流れ……。

 そのままリゼットの背後へ回り込む。


 これは【空歩】と呼ばれる技術だ。

 空中に魔力を固めた足場を作り、それを蹴ることで、空中でも軌道を変えることができる。

 そして、ギデオンはまだこの技を教えていない。

 

 勢いのまま、アランは木剣を薙ぐ。

 リゼットからしても、想定外の一撃になると思えた。


 だが、聞こえてきたのは空を裂く音だ。

 ほんの一歩。

 リゼットは身体を前に進めていた。

 おかげで、アランの攻撃がリゼットの背中を掠めることは無かった。


「なっ……!」


 アランの声が詰まる。

 無理もない。

 死角からの攻撃を完璧な距離感覚で避けたのだ。

 同時にそれは、反撃の布石となる。

 

 振り返ったリゼットは、大振りで隙を晒したアランの喉元へ短剣を添えた。


「一手、届きませんでしたね」


 淡々と告げるリゼット。

 アランは悔しそうに肩を落とす。


「……参りました」


 アランが負けを認めると、リゼットはすぐに短剣を引いた。

 軽く距離を取り、いつものように丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございました、アラン様」

「こちらこそ、ありがとう。……悔しいな。今のは少し自信があったんだけど」


 アランは苦笑しながら木剣を下ろした。

 模擬戦を終えた二人にギデオンが近づいて行く。


「うむ、いい勝負じゃった。今回はリゼットに軍配が上がったが、アランも惜しかったぞ。特に、最後の【空歩】には驚かされたわい。どこで覚えたんじゃ?」

「書庫で読んだ本に載っていたんです。朝の自主練で、少しずつ試していました」

「ほう。自分で考え、試したか。よい心がけじゃ」


 ギデオンに褒められ、アランは少し照れくさそうに頬を掻く。

 それから、改めてリゼットの方へ視線を向けた。


「でも、どうして避けられてしまったのでしょう」

「魔力探知じゃな。目だけに頼らず、魔力で相手を捉えておくことで、不意の攻撃にも対応できる。言うは易しじゃが、戦闘中に探知を維持するのは難しい。普通は剣を振るうだけで精一杯になるからのう」


 指を立てて説明しつつ、ギデオンもリゼットへ視線を向ける。


「リゼットは大したものじゃ。元冒険者というだけのことはある」

「いえいえ、私などまだまだです。上には上がいると、よく知っていますから」


 一瞬、リゼットの視線がこちらに流れる。

 その上って、もしかして俺のことか?

 俺は前世の力を引き継いでるイレギュラーだから、同年代として換算するのもどうかと思うが……。

 転生のことは、自分からみんなに伝えるつもりはない。

 ここは黙っているしかないな。


「なるほど……。僕も、もっと頑張らないと」


 一方のアランは、リゼットの謙遜を素直に受け止めたらしい。

 両手に握りこぶしを作り、瞳には新たな闘志を宿していた。


 うーん、アランも十分すごいと思うんだけどな。

 本格的な修行をはじめたばかりの十二歳で、基礎はほぼ終わっている。

 ただ、比較対象が悪すぎるのだ。

 俺は勿論のこと、リゼットも規格外の才能を持っていた。


 メイドとしても優秀で、戦わせても強い。

 その上、子供ながらに人目を引く容姿まで備えている。

 天は二物を与えずとは何だったのか……。


 兎にも角にもだ。

 周りに変なのが多いからといって、アランが焦る必要はない。

 地道に努力を積み重ねられるのも、立派な才能なのだから。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか。

 ギデオンは大きな手で、アランの肩をぽんと叩く。


「よい目じゃ、アラン。その悔しさを忘れるでないぞ。悔しいと思えるなら、お主はまだまだ強くなれる」

「はい!」


 アランは力強く頷いた。


 その時だった。


 街道の方から、慌ただしい音が近づいてくる。

 振り返ると、荷台を傾けた馬車が、土煙を上げながら戻ってくるのが見えた。


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