14
――クラヴィエ領、街道沿いの草原。
雲一つない空。
暖かな日差しが降り注ぐ昼下がり。
背の低い草が風に撫でられ、波のように揺れている。
視線を泳がせると、商人の馬車が土を踏み固めた街道を進み、がらがらと音を鳴らしていた。
ここが安全な場所であれば、のんびり昼寝でもしたいところだが……。
街の外側に広がる畑の、さらに外側にあるこの草原。
聖域には入っていないため、魔物も出る。
帯剣して、危険にも備えている状態。
もっとも、今日の目的は魔物狩りではなく――。
「やあああっ!」
鋭い声と共にアランが地面を蹴った。
身体が一直線に加速する。
悪くない【瞬動】だ。
修行が始まってから、三か月ほどが過ぎていた。
真面目なアランは着実に成果を上げている。
「少し素直すぎますね」
静かな声が風に混じる。
突進と共に放たれたアランの袈裟斬り。
それを受け流したのはメイド服の少女、リゼットだ。
両手に握った訓練用の短剣は、指先の延長のように軽やかに動いている。
白い袖口がふわりと揺れたかと思えば、アランの木剣が軌道を外されていた。
「くっ……!」
分が悪いと見たアラン。
無理に踏み止まらず、後方へと跳び退く。
一旦仕切り直しを狙う構えだな。
見ての通り、現在はアランとリゼットの模擬戦が行われている。
俺の隣ではギデオンが「うむ、二人ともやりおるのう」などと言いながら、満足げに顎髭を撫でていた。
二人の戦いを眺めながら、俺はここ数か月のことを思い返す。
メイドになったはずのリゼットがなぜ訓練に参加しているのか。
第一に、リゼットはメイドとして驚くほど優秀だった。
家事に便利な水属性の魔法を扱い、覚えるのに時間がかかる貴族の礼儀作法も最初からマスターしている。
気が付けば、他の使用人たちから一目置かれる存在となっていた。
問題があるとすれば、仕事を片付けるのが早すぎることだ。
貴族といっても、辺境の小貴族であるクラヴィエ家。
元々、それほど忙しいわけでもない。
余った時間をどうするかとなった時、エリーゼはリゼットに、俺とアランの身の回りや外出時の付き添いを頼んだらしい。
本人の希望を汲んだのか……。
あるいは、年の近い俺たちの側にいた方が、リゼットも過ごしやすいと考えたのだろう。
エリーゼは、そういうところに自然と目が向く人だからな。
そんなこんなで、リゼットは俺たちと行動を共にすることが多くなった。
魔力持ちで才能あるリゼットをギデオンが放っておくはずもなく……。
いつの間にか弟子三号扱いとなり、こうして修行に巻き込まれているわけだ。
さて、話を戻そう。
木剣と訓練用短剣がぶつかり合い、乾いた音が草原に響いている。
模擬戦は白熱化しているが、状況はリゼットの方が優勢といった感じだ。
先ほどリゼットも口にしていたが、アランの攻撃は単調すぎるのだ。
攻撃魔法なしの模擬戦だから実戦経験の差が出やすいのもあるが……。
この世界の戦闘は、今の二人のような白兵戦が主流だ。
魔力を体に纏い、身体能力を向上させる。
武器に纏えば、切れ味や強度が増す。
逆に、魔力を飛ばすような攻撃は効率が悪い。
魔力は自身の体から離れるほど威力が弱まってしまうのだ。
そんなわけで、この世界で魔法を使う者と言えば、魔法使いというより魔法剣士といったイメージが強い。
この辺りは五百年前から変わっていないようだな。
要するに、魔法があってもなくても、今のアランではリゼットを崩しきれない。
真っ直ぐ突っ込んで、真っ直ぐ斬る。
それだけでは、相手が手練れになればなるほど簡単に読まれてしまう。
さて、どうするアラン?
俺の視線に気づいたわけではないだろうが、アランは一度大きく息を吐くと、迷いを振り払うように表情を引き締めた。
「なら、これはどうですか!」
言って、アランは跳躍する。
高い。
大人二人分をゆうに超える高さまで一気に舞い上がった。
とはいえ、威力を乗せて斬りかかるだけなら、リゼットは簡単に対処するだろう。
実際に、リゼットはアランにしっかりと注意を向け、迎撃の構えを取っている。
これでは先ほどまでと同じ展開になってしまう。
――そう思った時だった。
宙に浮かぶアランの足元で魔力が弾ける。
「――っ!」
リゼットの目が、わずかに見開かれた。
正面から迫っていたはずの身体が、鋭く横へ流れ……。
そのままリゼットの背後へ回り込む。
これは【空歩】と呼ばれる技術だ。
空中に魔力を固めた足場を作り、それを蹴ることで、空中でも軌道を変えることができる。
そして、ギデオンはまだこの技を教えていない。
勢いのまま、アランは木剣を薙ぐ。
リゼットからしても、想定外の一撃になると思えた。
だが、聞こえてきたのは空を裂く音だ。
ほんの一歩。
リゼットは身体を前に進めていた。
おかげで、アランの攻撃がリゼットの背中を掠めることは無かった。
「なっ……!」
アランの声が詰まる。
無理もない。
死角からの攻撃を完璧な距離感覚で避けたのだ。
同時にそれは、反撃の布石となる。
振り返ったリゼットは、大振りで隙を晒したアランの喉元へ短剣を添えた。
「一手、届きませんでしたね」
淡々と告げるリゼット。
アランは悔しそうに肩を落とす。
「……参りました」
アランが負けを認めると、リゼットはすぐに短剣を引いた。
軽く距離を取り、いつものように丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました、アラン様」
「こちらこそ、ありがとう。……悔しいな。今のは少し自信があったんだけど」
アランは苦笑しながら木剣を下ろした。
模擬戦を終えた二人にギデオンが近づいて行く。
「うむ、いい勝負じゃった。今回はリゼットに軍配が上がったが、アランも惜しかったぞ。特に、最後の【空歩】には驚かされたわい。どこで覚えたんじゃ?」
「書庫で読んだ本に載っていたんです。朝の自主練で、少しずつ試していました」
「ほう。自分で考え、試したか。よい心がけじゃ」
ギデオンに褒められ、アランは少し照れくさそうに頬を掻く。
それから、改めてリゼットの方へ視線を向けた。
「でも、どうして避けられてしまったのでしょう」
「魔力探知じゃな。目だけに頼らず、魔力で相手を捉えておくことで、不意の攻撃にも対応できる。言うは易しじゃが、戦闘中に探知を維持するのは難しい。普通は剣を振るうだけで精一杯になるからのう」
指を立てて説明しつつ、ギデオンもリゼットへ視線を向ける。
「リゼットは大したものじゃ。元冒険者というだけのことはある」
「いえいえ、私などまだまだです。上には上がいると、よく知っていますから」
一瞬、リゼットの視線がこちらに流れる。
その上って、もしかして俺のことか?
俺は前世の力を引き継いでるイレギュラーだから、同年代として換算するのもどうかと思うが……。
転生のことは、自分からみんなに伝えるつもりはない。
ここは黙っているしかないな。
「なるほど……。僕も、もっと頑張らないと」
一方のアランは、リゼットの謙遜を素直に受け止めたらしい。
両手に握りこぶしを作り、瞳には新たな闘志を宿していた。
うーん、アランも十分すごいと思うんだけどな。
本格的な修行をはじめたばかりの十二歳で、基礎はほぼ終わっている。
ただ、比較対象が悪すぎるのだ。
俺は勿論のこと、リゼットも規格外の才能を持っていた。
メイドとしても優秀で、戦わせても強い。
その上、子供ながらに人目を引く容姿まで備えている。
天は二物を与えずとは何だったのか……。
兎にも角にもだ。
周りに変なのが多いからといって、アランが焦る必要はない。
地道に努力を積み重ねられるのも、立派な才能なのだから。
そんな俺の内心を知ってか知らずか。
ギデオンは大きな手で、アランの肩をぽんと叩く。
「よい目じゃ、アラン。その悔しさを忘れるでないぞ。悔しいと思えるなら、お主はまだまだ強くなれる」
「はい!」
アランは力強く頷いた。
その時だった。
街道の方から、慌ただしい音が近づいてくる。
振り返ると、荷台を傾けた馬車が、土煙を上げながら戻ってくるのが見えた。




