12
広場を抜け、飲食店の並ぶ通りへとやってきた。
店先にはそれとわかるように、酒樽や焼き串などが描かれた看板が吊るされ、周囲には香ばしい匂いが漂っている。
騒ぎの場所はすぐに分かった。
通りの中でもひときわ大きな酒場から、怒号が響いている。
「何をしているんですか!」
アランはためらうことなく店内へ踏み込む。
まず目に入ったのは、話に聞いていた冒険者たちだ。
三人組の男たちで、抜き身の剣で周囲を威圧している。
装備は泥で汚れ、外套もあちこち破れていた。
足元には割れた食器が散らばり、奥の方では店主の男が頬を腫らして倒れている。
アランが一歩前に出ると、鎧を着たリーダー格の男が声を低くした。
「なんだ、てめえは。ガキがしゃしゃり出てくるんじゃねえ」
「僕はアラン・クラヴィエ。この領地を治めるクラヴィエ家の長男です」
男たちの顔に、わずかな動揺が走った。
だが、それも一瞬のことだ。
「領主の息子だと? はっ、だからどうした。この国じゃ、最後に物を言うのは腕っぷしなんだよ」
男が吐き捨てると、取り巻きの二人が下品な笑い声を上げた。
酒が回っているのか、それとも目の前の相手が子供だからか。
男たちに引き下がる気配はない。
因みに、男の言うことにも一応理屈はある。
アシュラント王国は、不死王討伐を礎に興った国だ。
その後も幾度となく他国の侵攻を退けてきた歴史があり、強い者が出世しやすいのは事実である。
とはいえ、この国はれっきとした法治国家。
力があるからといって、何をしても許されるわけではない。
非はあちらにあるだろう。
アランの方も引き下がるはずもなく……。
店内の空気が張り詰め、一触即発になりかけた時だった。
「……まさか、あなた方だったとは」
静かな声が、俺の隣から聞こえた。
リゼットだ。
「リゼット!? お前、生きてやがったのか!」
「ええ。幸いにも」
目を見開くリーダー格の男。
それとは対照的に、リゼットは表情を崩さずに淡々と答える。
同じ冒険者同士、見知った仲なのだろうか。
「一応申し上げておきますが、あの方々と組んだのは昨日の依頼が初めてです。ギルドから頼まれ、監視役のような形で同行していました」
俺の疑問を察したのか、リゼットが小声で説明してくれる。
「ですが、強力な魔物に遭遇した際……。私は囮として置き去りにされました」
「なるほど」
つまり、昨日リゼットが死にかけていた裏には、こいつらの逃亡も関係していたわけか。
そのままクラヴィエ領まで逃げ込み、今度は無銭飲食の上に店主を殴ったと。
ろくでもない連中だな、本当に。
俺は半眼になって、三人組を見やった。
「おいおい、人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。俺たちは運よく助かっただけだろうが」
こちらの会話が聞こえていたのだろう。
リーダー格の男は悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「だが、生きてるなら話は早い。こっちは路銀を落とすわ、ギルドに戻れば違約金だわで散々なんだよ。ここの払いくらい、お前が何とかしてくれや」
都合のいい金づるでも見つけたように、ニヤつく男たち。
「…………分かりました」
リゼットは小さく息を吐くと、白いワンピースの襟元に手を伸ばす。
そこには、繊細な銀細工に青い宝石をあしらった首飾りが隠れていた。
素人目にも、それなりの値打ちがある品だと分かる。
「この場の支払いと、壊された物の弁償はこれで――」
「その必要はありません」
リゼットの言葉を、アランが遮った。
「店に損害を与えたのは、あなた方です。リゼットに支払わせる理由はありません」
「あぁ? ガキが偉そうに説教してんじゃねえぞ」
剣を握る男の手に力がこもる。
やれやれ、三流だなこいつらは。
この世界は魔力がものを言う。
見た目で相手を判断してはいけないというのに……。
「あんたたちの理屈に従うなら、弱い側が無理を通すのはおかしいんじゃないか?」
俺の挑発に、リーダー格の男のこめかみがぴくりと動いた。
「……上等だ。お前ら、やれ」
「おう!」
「後悔しても知らねえぞ!」
取り巻きの二人が、剣を片手にこちらへと迫る。
店の隅で身を寄せていた客たちから、小さな悲鳴が上がった。
「ここは僕が」
アランは短く告げると、俺たちと冒険者たちの間に割って入った。
無手だが、体の周囲に淡い風の魔力がまとわりついている。
先に剣を振り上げた男が、アランへと斬りかかる。
酔いと怒りに任せた大振りの一撃。
アランは無理に受けず、横へ大きく身を引いた。
魔力を纏っている分、その動きは軽い。
空を切った剣が近くの椅子を叩き割る。
それを見るに、どうやら多少の腕力はあるようだが……。
体勢を崩した男へ、アランはすぐに踏み込む。
狙ったのは膝裏だ。
鋭い蹴りを受けた男は、たまらず姿勢を崩す。
そこへ腹部への正拳突き。
男は呻き声を漏らし、その場に崩れ落ちた。
「このっ!」
もう一人が怒鳴り声を上げて剣を振るう。
だが、仲間が倒れたことで動きが荒くなっていた。
アランは相手の踏み込みに合わせて低く身体を沈める。
次の瞬間、足払いを受けた男が派手に床へ転がった。
瞬く間に、二人の男が動けなくなる。
まあ、当然だな。
倒れた二人からは、ほとんど魔力を感じない。
対するアランは子供とはいえ、毎日のように鍛錬を積んでいる魔力持ちだ。
酔いと怒りに任せて剣を振り回すだけの相手に、遅れを取るはずがない。
「チッ、使えねえな」
リーダー格の男が、倒れた二人を見下ろして舌打ちする。
先ほどまでの余裕は消え、男の体と剣に荒々しい魔力が巡り始める。
「なら、俺が相手をしてやるよ」
男は武器を構え直し、アランへ向かって踏み込んだ。
――ように見せかけて。
直前で進路を変え、俺の方へと突っ込んでくる。
早い話が人質を取るつもりだろう。
でかい口を叩いたわりに、やることがせこい。
「【朽蝕】」
俺が小さく唇を動かすと、男の持つ剣に黒い染みが走った。
刃は一瞬で錆びつき、ボロボロと崩れ落ちていく。
「な、なんだこれは……!?」
男は足を止め、寂しくなった自分の手元を見下ろした。
その一瞬を、リゼットは見逃さなかった。
白いワンピースの裾を翻し、彼女は俺の前へ滑り込む。
「ノエル様に、手を出さないでください」
言うと同時に、細い腕から放たれた掌底が鎧の隙間を打った。
リゼットもやるもんだな。
監視役だったのだから、男たちよりも強いのは当たり前と言えばそうなのだが。
「ぐっ……!」
男の上体がくの字に折れ、体勢が崩れる。
そこへ、アランが素早く距離を詰めた。
ゴッ!
魔力を乗せた拳が、男の顎を正確に捉える。
「がっ……」
短い呻き声を漏らし、そのまま崩れ落ちる男。
どうやら気絶したようだ。
「す、すげえ……!」
「アラン様が、冒険者を倒したぞ!」
「さすがクラヴィエ家の若様だ!」
店に取り残されていた客たちから歓声が上がる。
話題の中心は、もちろんアランだった。
少なくとも客たちの目には、アランが騒ぎを収めたように映ったのだろう。
当の本人は少し照れくさそうに頬を掻いていたが……。
すぐに表情を引き締め、倒れていた店主の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……。ありがとうございます、アラン様。助かりました」
頬を腫らした店主は、まだふらつきながらも深く頭を下げた。
「ガハハハハ! 急いで戻ってきてみれば、もう片付いておるではないか!」
聞き慣れた豪快な声が、店の入口から響きわたる。
振り返ると、そこにはギデオンと、数人の衛兵たちの姿があった。
これでひとまず、騒ぎは収まりそうだな。
衛兵たちが冒険者を取り押さえる中、リゼットがそっと俺の隣へ寄ってくる。
「あの男の剣は、魔道具だったはずです。魔力を通せば切れ味が上がる。昨日の依頼でも、切り札のように扱っていました」
「へえ。それは危なかったな」
「真っ先に見抜いて対処なさるとは……。流石です、ノエル様」
「たまたまだよ」
俺が軽く受け流すと、リゼットはどこか誇らしげに口元を緩めた。
それ以上は何も言わず、今度はアランに礼をしに行く。
予定外の騒動に巻き込まれてしまったが、その後も俺たちは、リゼットへの街案内を続けることにした。
平和な街だと紹介した直後に事件が起きたせいだろう。
アランが少しばかり気まずそうにしていたのが印象的だった。




