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 広場を抜け、飲食店の並ぶ通りへとやってきた。

 店先にはそれとわかるように、酒樽や焼き串などが描かれた看板が吊るされ、周囲には香ばしい匂いが漂っている。


 騒ぎの場所はすぐに分かった。

 通りの中でもひときわ大きな酒場から、怒号が響いている。


「何をしているんですか!」


 アランはためらうことなく店内へ踏み込む。

 まず目に入ったのは、話に聞いていた冒険者たちだ。

 三人組の男たちで、抜き身の剣で周囲を威圧している。

 装備は泥で汚れ、外套もあちこち破れていた。

 足元には割れた食器が散らばり、奥の方では店主の男が頬を腫らして倒れている。


 アランが一歩前に出ると、鎧を着たリーダー格の男が声を低くした。


「なんだ、てめえは。ガキがしゃしゃり出てくるんじゃねえ」

「僕はアラン・クラヴィエ。この領地を治めるクラヴィエ家の長男です」


 男たちの顔に、わずかな動揺が走った。

 だが、それも一瞬のことだ。


「領主の息子だと? はっ、だからどうした。この国じゃ、最後に物を言うのは腕っぷしなんだよ」


 男が吐き捨てると、取り巻きの二人が下品な笑い声を上げた。

 酒が回っているのか、それとも目の前の相手が子供だからか。

 男たちに引き下がる気配はない。


 因みに、男の言うことにも一応理屈はある。

 アシュラント王国は、不死王討伐を礎に興った国だ。

 その後も幾度となく他国の侵攻を退けてきた歴史があり、強い者が出世しやすいのは事実である。


 とはいえ、この国はれっきとした法治国家。

 力があるからといって、何をしても許されるわけではない。

 非はあちらにあるだろう。

 アランの方も引き下がるはずもなく……。

 店内の空気が張り詰め、一触即発になりかけた時だった。


「……まさか、あなた方だったとは」


 静かな声が、俺の隣から聞こえた。

 リゼットだ。


「リゼット!? お前、生きてやがったのか!」

「ええ。幸いにも」


 目を見開くリーダー格の男。

 それとは対照的に、リゼットは表情を崩さずに淡々と答える。

 同じ冒険者同士、見知った仲なのだろうか。


「一応申し上げておきますが、あの方々と組んだのは昨日の依頼が初めてです。ギルドから頼まれ、監視役のような形で同行していました」


 俺の疑問を察したのか、リゼットが小声で説明してくれる。


「ですが、強力な魔物に遭遇した際……。私は囮として置き去りにされました」

「なるほど」


 つまり、昨日リゼットが死にかけていた裏には、こいつらの逃亡も関係していたわけか。

 そのままクラヴィエ領まで逃げ込み、今度は無銭飲食の上に店主を殴ったと。

 ろくでもない連中だな、本当に。

 俺は半眼になって、三人組を見やった。


「おいおい、人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。俺たちは運よく助かっただけだろうが」


 こちらの会話が聞こえていたのだろう。

 リーダー格の男は悪びれる様子もなく肩をすくめる。


「だが、生きてるなら話は早い。こっちは路銀を落とすわ、ギルドに戻れば違約金だわで散々なんだよ。ここの払いくらい、お前が何とかしてくれや」


 都合のいい金づるでも見つけたように、ニヤつく男たち。


「…………分かりました」


 リゼットは小さく息を吐くと、白いワンピースの襟元に手を伸ばす。

 そこには、繊細な銀細工に青い宝石をあしらった首飾りが隠れていた。

 素人目にも、それなりの値打ちがある品だと分かる。

 

「この場の支払いと、壊された物の弁償はこれで――」

「その必要はありません」


 リゼットの言葉を、アランが遮った。


「店に損害を与えたのは、あなた方です。リゼットに支払わせる理由はありません」

「あぁ? ガキが偉そうに説教してんじゃねえぞ」


 剣を握る男の手に力がこもる。

 やれやれ、三流だなこいつらは。

 この世界は魔力がものを言う。

 見た目で相手を判断してはいけないというのに……。


「あんたたちの理屈に従うなら、弱い側が無理を通すのはおかしいんじゃないか?」


 俺の挑発に、リーダー格の男のこめかみがぴくりと動いた。


「……上等だ。お前ら、やれ」

「おう!」

「後悔しても知らねえぞ!」


 取り巻きの二人が、剣を片手にこちらへと迫る。

 店の隅で身を寄せていた客たちから、小さな悲鳴が上がった。


「ここは僕が」


 アランは短く告げると、俺たちと冒険者たちの間に割って入った。

 無手だが、体の周囲に淡い風の魔力がまとわりついている。


 先に剣を振り上げた男が、アランへと斬りかかる。

 酔いと怒りに任せた大振りの一撃。


 アランは無理に受けず、横へ大きく身を引いた。

 魔力を纏っている分、その動きは軽い。

 空を切った剣が近くの椅子を叩き割る。

 それを見るに、どうやら多少の腕力はあるようだが……。


 体勢を崩した男へ、アランはすぐに踏み込む。

 狙ったのは膝裏だ。

 鋭い蹴りを受けた男は、たまらず姿勢を崩す。


 そこへ腹部への正拳突き。

 男は呻き声を漏らし、その場に崩れ落ちた。


「このっ!」


 もう一人が怒鳴り声を上げて剣を振るう。

 だが、仲間が倒れたことで動きが荒くなっていた。


 アランは相手の踏み込みに合わせて低く身体を沈める。

 次の瞬間、足払いを受けた男が派手に床へ転がった。


 瞬く間に、二人の男が動けなくなる。

 まあ、当然だな。

 倒れた二人からは、ほとんど魔力を感じない。

 対するアランは子供とはいえ、毎日のように鍛錬を積んでいる魔力持ちだ。

 酔いと怒りに任せて剣を振り回すだけの相手に、遅れを取るはずがない。


「チッ、使えねえな」


 リーダー格の男が、倒れた二人を見下ろして舌打ちする。

 先ほどまでの余裕は消え、男の体と剣に荒々しい魔力が巡り始める。


「なら、俺が相手をしてやるよ」


 男は武器を構え直し、アランへ向かって踏み込んだ。


――ように見せかけて。


 直前で進路を変え、俺の方へと突っ込んでくる。

 早い話が人質を取るつもりだろう。

 でかい口を叩いたわりに、やることがせこい。


「【朽蝕】」


 俺が小さく唇を動かすと、男の持つ剣に黒い染みが走った。

 刃は一瞬で錆びつき、ボロボロと崩れ落ちていく。


「な、なんだこれは……!?」


 男は足を止め、寂しくなった自分の手元を見下ろした。

 その一瞬を、リゼットは見逃さなかった。

 白いワンピースの裾を翻し、彼女は俺の前へ滑り込む。


「ノエル様に、手を出さないでください」


 言うと同時に、細い腕から放たれた掌底が鎧の隙間を打った。

 リゼットもやるもんだな。

 監視役だったのだから、男たちよりも強いのは当たり前と言えばそうなのだが。


「ぐっ……!」


 男の上体がくの字に折れ、体勢が崩れる。

 そこへ、アランが素早く距離を詰めた。


 ゴッ!


 魔力を乗せた拳が、男の顎を正確に捉える。


「がっ……」


 短い呻き声を漏らし、そのまま崩れ落ちる男。

 どうやら気絶したようだ。


「す、すげえ……!」

「アラン様が、冒険者を倒したぞ!」

「さすがクラヴィエ家の若様だ!」


 店に取り残されていた客たちから歓声が上がる。

 話題の中心は、もちろんアランだった。

 少なくとも客たちの目には、アランが騒ぎを収めたように映ったのだろう。


 当の本人は少し照れくさそうに頬を掻いていたが……。

 すぐに表情を引き締め、倒れていた店主の元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……。ありがとうございます、アラン様。助かりました」


 頬を腫らした店主は、まだふらつきながらも深く頭を下げた。


「ガハハハハ! 急いで戻ってきてみれば、もう片付いておるではないか!」


 聞き慣れた豪快な声が、店の入口から響きわたる。

 振り返ると、そこにはギデオンと、数人の衛兵たちの姿があった。

 これでひとまず、騒ぎは収まりそうだな。

 衛兵たちが冒険者を取り押さえる中、リゼットがそっと俺の隣へ寄ってくる。


「あの男の剣は、魔道具だったはずです。魔力を通せば切れ味が上がる。昨日の依頼でも、切り札のように扱っていました」

「へえ。それは危なかったな」

「真っ先に見抜いて対処なさるとは……。流石です、ノエル様」

「たまたまだよ」

 

 俺が軽く受け流すと、リゼットはどこか誇らしげに口元を緩めた。

 それ以上は何も言わず、今度はアランに礼をしに行く。


 予定外の騒動に巻き込まれてしまったが、その後も俺たちは、リゼットへの街案内を続けることにした。

 平和な街だと紹介した直後に事件が起きたせいだろう。

 アランが少しばかり気まずそうにしていたのが印象的だった。

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