09 海フィールド
遭遇したモンスターを蹴散らしながら、素材を採取しながら、二層、三層と特に手こずることもなく進み、八十分ほどで四層へと到達する。
『うーん、わかってたけど早いねー』
「マップは判明してるんだし、迷宮型と違ってまっすぐ進めるし、こんなものじゃないの?」
『いやいやいや、普通の探索者ならまだ二層の後半ってところだよ』
「え? そんなので八層まで行けるの? ここって階層間転送ポータルないよね?」
『そこまで行くパーティは中で泊まってるよ』
……なるほど。
ちなみに、階層間転送ポータルは文字から想像できる通り、途中の階層に行き来できるポータルのことだ。まぁこれがないダンジョンの方が多かったので、深くまで潜ろうと思ったら中で宿泊する必要が出てくる。セーフエリアと呼ばれるモンスターが湧かない、比較的安全な空間があるけれど、エリア外から侵入してくることはあるので、寝ずの番は必須になるんだよね。いやはや苦労したものである。
『で、四層のマップはこれ。紫のレイヤーが海で未探索部分だけど……ここ調べるの? それとももっと下まで行くの?』
「んー……下に行こうかな」
海が怪しいとのことで、海の出現する四層まで降りてきたけれども、どうにもピンとこない。多分だけど、この階層にコアルームはないだろう。他の何かはあるかもしれないので見ておきたい気持ちはあるけど、第一目的はコアルームの発見なので後回しだ。
「探知……まだ結構探索者がいるね? 数はがくっと減ってるけど」
『お姉ちゃんより早いとは思えないから、それこそ前日から泊まってるのかもね』
「そんなに籠って戦うなんて熱心だねぇ」
『セツナも十分に熱心でしたよ』
……いやほら、わたしの場合は勇者としての期待を背負っていたわけでして、早く強くならなきゃという焦燥感がありましてね……。それに比べて彼ら彼女らは自主的にやっていて、それってすごいことだと思うんだけどなぁ。
などと小さく呟くわたしに、ヒナタが訂正を入れてくる。
『ううん、そういう人たちの多くは企業勢だと思う』
「企業勢?」
『どこかの企業のバックアップを受けて、企業の欲しがる素材を集めるお仕事をしてるってこと』
つまりは悲しき宮仕えってこと……? 異世界で無茶振りしていた貴族たちを思い出して、つい遠い目になってしまう。いやいや、報酬が良くてやりがいのある仕事の可能性だってあるよね、うん。
『戦ってるところをドローンに撮られないように気を付けてね。企業によってはめちゃくちゃ強引に勧誘してくるって話だから』
「うえぇ……気を付けるよ……」
わたしは人間の反応があるところを大きく迂回しながらどんどん進んでいく。
五層、六層は海がなかったので通り過ぎ。七層はやっぱりなんか違う気がして、結局八層まで降りてきた。深層ほどフロアが狭くなってることもあって、追加でかかった時間は七十分ほどだった。『モンスターが強くなるから普通は遅くなるんだけどね……』とヒナタが苦笑していたけど、どいつも一撃だったからね。
ちょっと早いお昼ご飯を二人と一緒に(気分だけ)食べてから、改めてマップを見直す。
「八層の半分近くが海なんだ」
『そうそう。で、素材も七層とほぼ一緒だから、みんなそこまで行かないっぽい』
ヒナタの言う通り、この階層には今は一人も探索者がいないみたいである。周囲の視線を気にせず行動できるのは気楽でいいかな。
『セツナなら大丈夫だとは思いますが、無理はしないでくださいね』
「うん。心配ありがとう、エルフェリア」
わたしは海のすぐ手前で立ち止まり、魔法を使用する。
「水中呼吸、水の衣」
水棲種族でもない限り、どちらも水中での活動を行うのに必須な魔法だ。後者は水圧を無視してくれて、空気中と同じように動けるようになる。これがないと、三次元高速機動をする水棲モンスターにいいようにやられてしまうのだ。
そしてわたしは海の中へと飛び込んだ。うん、魔法は問題なく発動している。おっと、暗視で視界を確保するのも忘れずに……あ、ドローンがついてきてない。そっちにも魔法をかけて、っと。
『ARデバイスはわたしの影響で魔法が効いてるはずだけど……声届いてる?』
『はい、届いてます』
『すごいね! まさかこんな形で水中探索できるとは思ってなかったよ!』
配信であちこちのダンジョンを見てきたヒナタでも水中は初めてらしい。ふふ、お姉ちゃんとしては楽しませることができて嬉しいな。
さらにわたしは足裏に水流の魔法を展開、水中での高機動を行えるようにする。キャーキャーはしゃぐヒナタの声を聞きながら、海中を泳いで(?)行くと、早速行く手を遮るモンスターたちが現れた。
頭に角の生えたスピアフィッシュたちが猛然と突進してくる。わたしは慌てず角を掴み、ナイフで頭をぶった斬る。
レッドピラニアたちが獰猛な牙を見せつけて噛みつこうとしてくる。これも慌てず、口内にナイフを突っ込むと同時に魔力を篭めて刃を伸ばして貫く。
イビルドルフィンたちが強烈な音波を放つ。しかしそれはわたしの纏うヴェールの守りを突破できず無意味となり、お返しに同じく強烈な音波を返してやったら頭が弾け飛んだ。
『さて次は……ぶふっ』
わたしは思わず吹き出してしまった。
だって見かけたのが……金色の鯱だったのだ。お城の天守閣の上にあるはずのやつが何でここに!?
とはいえ見かけが愉快だっただけで、行動はキラーオルカと一緒だった。いくつもの水の槍を放ちながらその巨体で体当たりしてきたけど、ちょっと水流を作って槍を逸らしてから短剣を正面に構えたら、そのまま突っ込んで自分から二枚に下ろされていくのだった。
『おや、戦利品だ。……金塊? まぁお金にはなるか』
小さなそれを懐(と見せかけて空間収納)にしまい込み、まだまだ襲い来るモンスターたちを倒しながら、勘に従って方向を定めて奥へ奥へと進んでいく。
そうして二十分ほど経った頃、ずっと暗闇だったのに、うっすらと光が瞬いている穴を見つけた。そっと穴を覗き込もうとして……シュッと何かが飛んできたので頭を引っ込める。わたしの頭を狙ったそれは、触腕だった。
わたしは伸びきった触腕を引っ掴み、腕力に任せて持ち主を引きずり出す。スポンと飛び出てきたのは、体長八メートルを超える大タコ、アンブッシュオクト。慌てず騒がず触腕をすべて水の刃で斬り落として、頭――ではなく胴体か――を、さらに魔力で刃を伸ばして大剣状態にして左右真っ二つにするのだった。
『お疲れ様です、セツナ』
『ふおおおおおお! すごい、すごいよお姉ちゃん!』
手放しに誉めてくれるヒナタにてれてれしながら穴の中に入ると……そこがコアルームだった。つまりさっきのがガーディアンか。これでもしもの時はコア破壊の手段が取れるようになったけど……ひょっとして、現時点でここに来れるのはわたしだけってことになるか……? まぁうん、探索者たちが育つまでは仕方がない。
わたしは最奥のポータルで入口まで戻り――
その瞬間、耳をつんざくような警報音が流れた。
「は!? わたし何かやっちゃった!?」
慌てるわたしに、ヒナタがわたし以上の叫びで答えてくれる。
『違う! それはドローンからの救難信号!』
そういえばドローンにはそんな機能も付いているんだったか。非常事態が発生した時に『ここです、助けてください!』みたいな通報ができるらしい。それを発したドローンの座標も表示されているのだけれども、わたしがそれを読む前にヒナタの悲痛な声が届いた。
『……ずっとお姉ちゃんの方を見てて気付くのが遅れたけど……メイダイバーズのパーティが……!』
その名前は、このダンジョンに潜る前にヒナタが言っていたパーティだったか。わたしからは見えないけれど、ヒナタの端末で異常事態が配信されているらしく。
お気に入りのパーティが危機に陥っている。だから、ヒナタは、ぽつりと零す。
『……お姉ちゃん……たすけて……』
「――任せて」




