10 イレギュラー
◇◇◇◇◇
(あぁもう! なんだってこんなことになったのよ!?)
メイダイバーズの一人、赤月レイカは胸中で盛大に毒づきながら剣を振るう。グラスウルフの肩口を大きく斬り裂いたが、まだ敵の戦意は失われていない。もう一振りし、前足を斬り飛ばしたことでやっと倒れる。
しかし周囲にはまだ、グラスウルフを始めとする大量のモンスターが残っていた。あちこちで戦闘音も絶え間なく響いている。
:さすがレイカちゃん!
:でもまだまだいっぱいいる
:メイコーダンジョンでこんなにモンスター発生したことあったっけ??
:なんかトラップとか踏んだ?
体力はまだ残っているが、ARで表示される視聴者コメントに返事をする気は起きない。大きく深呼吸をし、息を整えることを優先する。
返事はしないが、やや気になるワード。『トラップ』。時折ダンジョンにランダム生成される罠。確認されているものの中では、ゲームにあるような落とし穴だったり、毒の噴出だったり、モンスターが湧くタイプだってある。しかしレイカたちはトラップを踏んでいない、はず。
「(考えたって事態が好転するわけでもない!) ミオ! ツカサの状態は!?」
「ご、ごめんなさい。血を止めるので精いっぱいで、意識も戻らなくて……」
取り囲むモンスターたちから目を離さず剣を構えたまま、レイカは後方へと呼びかける。
呼ばれた白峰ミオは、顔色を悪くしながらも横たわった一人の男、倉井ツカサに短杖を掲げ、回復魔法を繰り返しかけ続けていた。ツカサは……右肩から先を失っていた。全身を血で赤く染め、ミオの魔法がなければとっくに失血死していたであろうことは想像に難くない。
「ユウマは!?」
「……す、すまん、まだ、頭がくらくらして……うぷ」
ユウマは身の丈ほどの杖を持っていることからも魔法使いだというのがよくわかる。しかし魔法は便利であっても万能ではない。特に、魔法を使いすぎて魔力枯渇状態になると、ひどい酩酊状態になり、立っているのも辛くなる。ユウマがこうなったのも囲んできたモンスターを吹き飛ばすために魔法を連続使用したからであり、レイカはそれを責めることなど全くできなかった。
:くそ、やべぇ状態だな…
:同じ四層にいたのと、救難信号で三層から駆けつけてくれたのがいるけど…全然減ってねぇ
:ていうかおい、PMレンジャーのやつらどこいったよ!レイカちゃんたち見捨てて逃げたんか!?
:無茶いうなって、誰だって命賭けられるわけじゃねぇんだからさ…
言われてみれば、先ほどまで戦っていた探索者パーティが居なくなっている。とはいえ、形勢不利を悟って逃げたのを責めることもできない。レイカたちだって、ツカサが起きてさえいればさっさと逃げていただろう。立ち向かうのは体勢を整えてから。そうでなければ探索者などすぐに死んでしまう。
うだうだと益体の無いことを考えている間に、またグラスウルフたちが襲い掛かってきた。一体一体なら大したことのないモンスターなのだが、こいつらは必ず群れでやってくる。そして今は非常に大きな群れとなっており、残弾が尽きる気配は未だ見えない。
「はああああっ!」
レイカは剣を横に大きく振り、一度に三体のグラスウルフを蹴散らす。しかし攻撃から逃れた別の一体が横から飛び掛かってきた。
「くっ……そぉ……!」
なんとか小手の部分で牙を受け止め、ガリガリと執念深く嚙み千切ろうとするグラスウルフを腕に纏わせたまま振り回し、逆方向から来た別のグラスウルフへとぶつける。ギャイン!と犬のような鳴き声を上げて二体で転がるうちに剣を振るい、塵にする。しかし、いくら目の前で同胞が殺されようと、グラスウルフたちは逃げる様子はない。むしろ逆にどんどんと殺気が増しているような張りつめた感覚。
レイカは震える手を押さえるように剣の柄を握りしめ直し、足に力を入れた。その時――
――アオオオオオオオオオオン!
狼たちの遠吠えが、一斉に始まった。
「な、なに?」
「……私だって知りたいわよ」
ミオが不安を漏らすも、レイカに答えることなどできるわけがない。
唾を飲み込みながら、手をこまねいて見ているしかできない間に……グラスウルフの内の一体が、徐々に大きくなっていることに気付く。大型犬程度のサイズだったのに、一回り、二回り……それよりも、もっと大きく。
:ね、ねぇ、なにあれ!?
:は?あいつまさかストームウルフじゃね!?
:いやいや…そんな上級ダンジョンに出るようなやつがこんなとこに…
ストームウルフ。
その文字を見てレイカとミオは目を剥いた。
グラスウルフより遥か格上の、それこそ上級ダンジョンに出てくるような強力なモンスター。事実であれば……レイカたちでは到底勝てない。
冗談である。そう思いたかった。しかし……目の前の山のようなそれが放つ強烈な威圧感が、冗談ではないと嫌でもわからせてくる。それだけでなく、ストームウルフほどでなくとも大きな個体が何体か生まれた。まるで、これまで死んでいったのはこいつらを生まれさせるためだったのだと言わんばかりに。
巨大な白狼を背に、他のグラスウルフたちもレイカたちをなぶるようにじわじわと近寄ってくる。他の探索者たちもあまりの異様さに身が竦み、逃げることすらできないでいる。前向きなのが取り柄のレイカですら、この時ばかりは絶望を感じ、ただ祈ることしかできなかった。
(こんな、こんなところで……誰か助けて!)
直後。
「ブレイブキーーーック!!」
ドッパアアアアンッ!
珍妙な掛け声が響くと共に、越えられない山にしか見えなかったストームウルフの身が呆気なく弾けるのだった。
「……えっ?」




