11 ヒーロー見参
レイカたちに限らず全ての探索者、視聴者たちは呆気に取られた。視聴者たちはともかく、戦場に身を置く探索者たちにとっては大きな隙になるのだが……グラスウルフたちですら足が止まっていた。
乱入してきた、巨大すぎる魔力圧によって。本来ならモンスターは魔力を好むのであるが……遥か格上の登場に怯えているのだ。
「ブレイブパーンチ!」
「ブレイブアッパー!」
「ブレ……いった! 舌かんだー!!」
珍妙な掛け声は一度ならず何度も響き、そのたびにあまりにも呆気なくモンスターが倒されていく。レイカの剣で一撃で倒せたことはないというのに、思わず引きつったような笑みが零れた。
下手人の姿ははっきりと見えない。動きがセリフの軽さとは裏腹に、非常に素早く、ひとところに留まっていないからだ。それでも、目立つ部分がレイカの目に留まる。
赤い髪をなびかせ、黒をベースとした衣服の上に赤い装甲を身に着けている。目元にも仮面を装着していて顔はわからないが、その姿はどこかで見たことがあるような気がして。
:おいおい、あんな探索者いたか!?
:…いやまて、なんか見覚えあるんじゃが…
:まさか…ニチアサアニメのジャスティスヒーロー・レッド…???
:ちょwww
そうだ。テレビでちらっと見かけた子ども向け(一部お姉さんたちに大人気……というのはどうでもいい情報だが)アニメに出てくるキャラクターにそんなものがあった。
それが、今、ダンジョンに???
意味不明な事態に直面した探索者たちの頭には混乱しか生まれなかったけれど、安全圏にいる視聴者たちは別だ。お通夜ムードは一気に吹き飛ばされ、盛り上がっている。
:がんばえー!
:しかしあの子、ちっこくね?
:少年…いや、少女の可能性だってあるな?
:だったら私は美少年希望!!
あの赤い人物――レッドと仮称するとして、一体何者なのだろうか……と悩むレイカの視界の端に気の抜けるコメントが続いている。人の配信なのに好き勝手に言い放題だ。まぁ、絶体絶命の危機が去ったのならいいか――と、気を緩めたのが良くなかった。錯乱したグラスウルフたちが、赤い暴風から逃げようとレイカたちの方へと向かってきたからだ。これは失態だ。自分たちはまだ戦場に立っているというのに!
レイカは慌てて剣を構えるが、わずかに遅く――
「そいやあっ!!」
グラスウルフの爪がレイカを引き裂く寸前、上空から落ちて来た赤い閃光によりまとめて押しつぶされていった。
いや、ただ一匹暴威から逃れたグラスウルフがおり、しつこくレイカへと狙いを定める。しかしそれをレッドは許さない。
「させるかっての!」
レッドはレイカの身を抱えるように素早く位置取りを変え、その身で爪を受ける。レイカは自分の油断のせいで引き起こされてしまった事態に顔色を変えたけれど、一方のレッドはケロッとしたままで全く効いておらず。
「その程度の攻撃で、この身を貫けると思うな!」
仕返しとばかりに貫手を放ち、あっさりとグラスウルフの頭を貫くどころか勢い余って砕いた。その魔力圧の高さにレイカの身が驚愕とともに一瞬震える。レッドはそれに気付いていたけれど、首を小さく傾げるだけで何も問うことはしてこなかった。レイカが何かを言う前に、レッドはまた別のグラスウルフを倒しに走る。
大物は真っ先に倒してくれたが、まだまだ小物が多い。せめて少しでもレッドの助けになれるようレイカが剣を握りしめ直したその時、レッドは手を天に掲げた。
「照準固定、多重!」
ぶわりと溢れる魔力。それを感じ取れた探索者は何人いたことか。少なくともメイダイバーズの全員(気絶した一人を除く)は気付き、優秀さが垣間見える。
残るモンスター全員の頭に小さな魔法陣が設置された。照準されたことに気付いたモンスターは逃げ惑うが、魔法陣が外れることはない。そして。
「ブレイブぅ、ライトニングッ!!」
ドガガガガガガガガッ!!
レッドが拳を握りしめ振り下ろすと共に、いくつもの雷閃が魔法陣目指して降り注ぐ。それは全てのモンスターを消し炭にする力を有しながらも、探索者たちに当たらない繊細さも持ち合わせていた。
続けてレッドは魔力を練り。
「ブレイブヒーリングライト!」
光球を上空へと押し出した。その光には癒しの効果が乗っており、範囲内の探索者たちの傷を癒していくのだった。温かさと労わりを感じるそれに、いくつもの安堵の息が零れた。
モンスターがいなくなったことで戦闘態勢を解くレッドに「あの……っ!」と声が掛けられる。
声の主はミオだった。癒しの光で顔色は若干戻っていたが、まだ悲痛な表情は消えていない。
「この人の意識が戻らないんです! 厚かましいお願いと重々承知しておりますが、なんとかなりませんか……!?」
腕を失ったツカサが横たわったままだったからだ。呼吸をしているので死んではいないし、傷も塞がっているのだが、いつ死んでもおかしくないと恐れる気持ちが湧いても無理はないだろう。
レッドはミオとツカサへと近寄り容体を確認して、困ったように眉尻を下げた……のだと思う。仮面のせいで表情は見えないのだが、そのような雰囲気はミオに伝わったのだろう、目尻に涙が浮かぶ。レッドは頭を掻いてむむ……と唸ってから「ちょっと待ってね」と少し場所を移動した。
レイカ、ミオ、ユウマ、その他探索者たちが見守る中、レッドはなにごとかを呟き、仰々しく手を広げ、告げる。
「ブレイブレッドの名の元に、召喚、ブレイブホワイト!」
カッと地面に大きな魔法陣が光輝く。それが召喚用ではなく転移用の魔法陣と気付く者はこの場にはいない。ただただ溢れた光を見つめていた。
光の中に人のシルエットが浮かび上がり、光が収まった時、そこに立っていたのは白いヴェールで顔を隠したブレイブホワイトと呼ばれた銀髪の女性。翼を持った彼女の登場に、そこかしこから「天使……?」との呟きが漏れていた。
ホワイトはレッドにアイコンタクトを取り、レッドが頷き返してからしずしずと、場違いなほどに上品にツカサの元へと歩いていく。ふわりと座ったその時、間近にいたミオは花の香りすら錯覚した。
「完全再生」
柔らかく美しい声が紡がれるとともに、ツカサの腕が淡い光に覆われる。光は形を作りながら徐々に先へと伸びていき、上腕、前腕、そして手のひら、指の先まで。
淡い光が散ると、傷一つない腕が生成されていた。血の気を失って白くすらなっていた顔色も戻っている。
欠損した肉体の再生。この世界においてはまだ奇跡とされるそれを目撃した探索者たちは、声を失い、静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、ツカサの復活に喜ぶミオとユウマの声だった。次いで、探索者たちの怒号に近い歓声が噴出する。
「あ、あああああ……良かった……!」
「ツカサ……!」
「すげぇ、なんだ今の!!」
レイカも安堵に大きく力が抜け、力なく地面へと座り込んだ。ツカサが腕を失ったのは前衛の仕事の結果とはいえ、同じ前衛である自分がきちんとカバーできなかったことにずっと負い目を感じていたのだから。
「……あっ、お礼すら言っていない……って、あれ……?」
しばらくして慌てて周囲を見回してみれば、レッドもホワイトもいなかった。一体いつの間に姿を消したのだろうか。
そして……あの力は、なんだったのか。正体は誰なのか。
レイカは胸元をギュッと握りしめ、答えの出ない問いを投げかけ続けていた。




