12 舞台裏
『あははははははっ! ぶ、ブレイブレッドってなに! お姉ちゃんがヒーローアニメ大好きなのは知ってたけどさぁ!』
ちなみに、わたしの部屋の本棚にヒーローもののマンガがたくさん並んでいることも知られている。
「……ちょっとやってみたかったんだよぉ……そんなに笑うことぉ……?」
『ぶふっ……まぁいいんじゃない? アレだと中身は男の子って思う人が大半だろうし。……女の子じゃない?って言ってる視聴者さんもいたけどさ』
……まぁうん、当初の目的が達成できたならそれでヨシとしよう。
「エルフェリアも、わざわざ来てくれてありがとうね」
『いえ、貴女の願いを叶えられて良かったです』
『……あたしからもお礼を言うね。助けてくれてありがとう、お姉ちゃん、エルおねーちゃん』
こうして一連の事件は一件落着……とはいかなかった。
ドローンの返却に受付を訪れたところで、神妙そうな顔をした受付のお姉さんにこのような切り出しをされる。
「相良セツナさん。少々お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「まず始めに、アリマツ出張所の者からあなたについての情報が回ってきていました。それによってあなたの行動に注目させていただいておりましたが、監視目的ではなかったということはお知りおきください」
協会の応接室のような場所にて、ペットボトルのお茶を出されてから言い渡されたのがこのセリフ。
ドローンがリアルタイムに映像を送っているのは知っていたけど、それをそのまま確認できる部屋があるらしい。要注意人物がきたらチェックしておきたいだろうし、どうせリアルタイムでなくとも後から録画を観るんだろうし、それについて怒ることはない。……ただまぁ、大人の人たちにアレを見られたんだなぁと、今更になってちょっとばかり恥ずかしい思いをしているだけである。いや配信でも流れてたのだから本当に今更だ。後悔はしてないけど。
「聞くべきではないのでしょうけれども……相良セツナさん、あなたは何者ですか?」
当然の質問。しかしわたしは答えに窮した。異世界に召喚されて五年間勇者をやってました、なんて言ったところで信じてもらえるとは思わないからだ。わたしの性格を知り尽くしているヒナタが例外なだけである。
「えっと……ものすごく頑張って修行しました」
嘘ではない。ただそれがこの世界でなく異世界でという、大きな違いがある点を伝えていないだけで。
「ホワイトという方は、どういった方なのでしょうか?」
「……契約した、精霊の人……みたいな……?」
これも全くの嘘ではない。エルフェリアの種族、貴種は、光の精霊の眷属だからだ。契約に関しても、勇者として呼ばれて引き受けたのだから大きく外れてもいないだろう。たぶん。この世界においても精霊召喚士がいることを配信で確認済みだ。……それが海外の人で、ものすっごくレアらしいんだけども、前例があるということは話が通りやすくなる。はず。
ちなみに精霊とは大雑把にいえば、意志を持ち、魔力で体が構成された存在である。勇者時代によく力を貸してくれた。
まぁ当然ながら目の前のお姉さんは信じがたいようで、それでも否定の言葉を口にすることなく、眉根を揉み解すだけで済ませてくれた。
「……まずは今回の件のお礼を言うべきでしたね。救援要請に応じてくださり、多くの探索者の方たちを救ってくださってありがとうございました。大金、というほどではありませんが、報酬を支払わせていただきます」
「どういたしまして。お金はありがたく受け取っておきますね」
貧しい人が無理に捻りだそうとしているなら別だけど、払う余裕のある人からは素直に受け取っておく。わたし一人だけじゃなくヒナタの生活もかかっているし、そこにエルフェリアも加わったのだからお金は大事だ。
「これを実績として表に出すことをご希望しますか?」
「それは……わたしがレッドだとバレるってことですよね? だとしたら答えはノーです」
「分かりました。……現時点で『あれは誰だ!?』と大量の問い合わせが届いているのですが、全部シャットアウトしておきます」
「うえっ? ……その、お手数お掛けします……」
配信していた探索者がいたのだから、それもそうなる、か?
わたしとエルフェリアがあの場に残っていた人たちの怪我を治して死人も出なかったけれど、事後処理や特殊個体発生原因の調査とか色々やることが山積みだろうに。余計な手間を掛けさせてしまい身が縮こまってしまう。お姉さんは「人命救助に比べたら安い物ですよ」とサラっと流してくれて助かった。
ついでに、気になっていたところを尋ねてみる。
「あの……探索者協会って、そういうところすごくキチっとしてますね?」
「……お若い方であれば記憶に薄いのかもしれませんが、過去に色々と問題がありまして……」
わたしの記憶にないのはこの五年の記憶がズレているからだということは当然言えず。
話を聞くとどうやら、世界中が混乱する中、一部企業が自分たちの利益だけを追い求めて、相当ひどいことをやっていたらしい。その過程で搾取された探索者もかなりいて、死亡者すら出た。致命的に荒れる前に、当時の首相がダンジョン、探索者関係の各種法案を成立させてなんとか沈静化させることに成功する。それでも、方針が荒っぽいままの企業はいくつか残っている。
「相良さんは、世界貿易の輸送手段の大半が船によるものだとご存じですか?」
「? そんな話は聞いたことありますね」
「……ダンジョンの影響で航路の三割が封鎖されて、輸入に頼っていた我が国は危機に陥りました。資源も、食料すら、ダンジョンの、引いては探索者の方々に頼っている今、決して蔑ろにしてはいけない――というのが当協会の理念の一つです」
あまりヒナタから詳しい話を聞いていなかったけれど(現在中学生の子に世界情勢に詳しくあれというのも厳しいだろうし)、世界は思ってたよりずっと大変なことになっていたらしい。とはいえダンジョンは危険な場所であると同時に色々な物を生み出す宝物庫でもある。探索者たちとてお金のためにダンジョンに潜っているんだろうけど、彼ら彼女らが時には命を懸けて持ち帰ってくる物が日々の生活に重要なので、探索者協会が保護に躍起になるのも頷ける話だ。
「もう一つ。コアルームを発見してくださり、こちらもありがとうございました」
「いえいえ、わたしも気になっていたところだったので」
「相良さんは水中での行動を可能としているようですが……よろしければ、未踏破領域のマップ作成とモンスター情報の収集をお願いできませんか? 情報源は匿名といたしますし、もちろんこちらも報酬はお支払いいたします」
わたしにとっては苦でもなんでもない。やらせていただきますと頷いた。
「最後にですが……また有事の際に近隣にいらっしゃった場合は、力をお貸しいただけますでしょうか?」
探索者がダンジョンに潜るのは危険を伴い、時には命を失う。しかしわたしにその心配はないとわかっただろうに、このお姉さんは何をそんなに言いづらそうにしているのだろう?と首を傾げていたら。
「その……ホワイトさんの召喚も含めまして……」
「……あぁ」
助けられる人は助けたいわたしであるが、それはわたしの意志であり、エルフェリアは少し異なる。しかし簡単な回復ならともかく、部位欠損レベルとなるとエルフェリアの力が必要となる。
だからこそ、というべきか……奇跡の能力ゆえにエルフェリアは苦しみを背負うことになった。……助けてくれと願う人があまりに多かったのだ。現実問題として、全ての人を助けるなんて不可能に決まっているのに。それでも助けてもらえなかった人はこう叫ぶのだ。「力を持っていながら何故!」と。
――助けたいと願ってしまったわたしが、さらに彼女を傷付けることにもなったのだ。
助けられなかった苦しみは、罵倒は、助けようと決意したわたしだけが背負うべきだったのに、彼女にも背負わせてしまった。寄り添ってくれた彼女に甘えたわたしがあまりに子どもだったのだ。今更ながらに、迂闊に人前で回復魔法を使ってもらったことを申し訳なく思う。……それでも後悔を抱かない辺り、わたしは歪なのだろう。
ここに貴族の後ろ盾はない、エルフェリアを守れるのはわたしだけなのだ。ということを胸に刻み直してから回答をする。
「わたしだけなら可能な限り対応します。しかしホワイトにも意志がありますので、そちらの確約はできません」
「……いえ、あなたの力だけでも十分大きなものです。よろしくお願いします」
他にいくつか細かいことを話してから、わたしはやっと帰宅するのだった。




