13 勇者の資質、あるいは呪い
「ただいま」
「お姉ちゃんお帰り!」
「お疲れ様です、セツナ」
帰宅したら笑顔の二人に迎えられ、感じていた疲労が和らいだ。自分の家に帰れるって幸せだねぇ、と十五歳(プラス五歳)にあるまじき感想を抱く。
ダイニングのテーブルで炭酸ジュースを飲んで一息ついてから、プライベート配信にも映らなかった探索者協会との会話を報告していった。早々にトラブル?に巻き込まれたことにヒナタがしゅんと肩を落とす。
「ごめんねお姉ちゃん、あたしが助けてほしいって頼んだばっかりに……」
「ヒナタのせいじゃないよ。ドローンでそのまま録画したのはわたしの意志。どうせずっと隠してるのは無理だっただろうし、それが早くなっただけだよ」
あのゴタゴタでドローンが壊れた、と言い訳をすることも可能だった。もっといえば、水圧とか水棲モンスターとの戦いで壊れたと誤魔化すこともできた。でもやらなかった。特に深い意味があったわけじゃない。ただ、嘘を吐いて規約違反することができなかっただけ。子供じみた、あるいは肝の小さい理由。
「それよりもわたしがエルフェリアに謝らなきゃ。……おそらく、ではなくほぼ確実に、エルフェリアの能力を狙う人が出てくる。……わたしのわがままに巻き込んでごめん」
「聖女が勇者の……いえ、私が貴女の願いを叶えるのは当然のことです。先ほどの貴女の言葉をお借りするのであれば、協力すると決めたのは私の意志です。お気になさらずに」
……科学という力が発達したこの世界であっても、失った部位を再生する技術はまだない。魔法技術も始まったばかりで、エルフェリアの領域まで到達できるのは何年かかることか。魔法が発達した異世界であってもできる人は数少なかったので、かなり長いこと希少な技術となるだろう。
あの時はヴェールで顔を隠してもらって、銀髪にも変えてもらったし、外出する時は幻影で翼を隠してもらっているし、すぐにここに辿り着くことはできないと思う。けれども絶対安全とは当然ながら言い切れない。そもそもレッドの情報が知られている時点で芋づる式に掘り出されてしまうのが想像できる。
「探索者協会の人は情報を漏らさないと約束してくれたけど……場合によっては不法行為、もっと言ってしまえば武力行使する人だって出てきかねない」
「……セツナ。お忘れですか?」
「え? なにを?」
「聖女である私の防御を、貴女以外のこの世界の人間の力で突破できるとは思えません。人質をとって言うことを聞かせようにもヒナタを守ることも容易いですし、命の危険などありませんよ」
笑顔で言い切ったエルフェリアの言葉の内容に目が丸くなった。……言われてみれば、なるほど。
お偉いさんとか、世間一般?の意見とかで圧力がかかることはあっても、死ぬことはまずないんだ。それに気付いて、わたしの肩から力が抜けていった。
「あはは……安心したらちょっと眠くなってきちゃったな」
「あたしが晩ごはん作るから、お姉ちゃんは時間まで休んでていいよ!」
「メニューは?」
「んー……生姜焼き!」
それは美味しそうだ。両親がなくなってから二人で家事をやっているので、料理の腕も安心だしね。……むしろ五年の間あまりやってなかったわたしの腕の方が心配かもしれない。
ヒナタに任せて、わたしは自室へと引っ込むことにした、のだけど。
「……エルフェリア?」
「少し、お話をしたいと思いまして」
「もちろんいいけど……」
エルフェリアが後ろに付いてきたので部屋に入れてあげる。……着替えを散らかしてたりしないよね? よしセーフ。
続いて部屋に入ったエルフェリアは、わたしをスッと追い抜かしてベッドの端へと座る。そしてなんと、膝をポンポンとたたくのだった。
「えっと……それは……」
「初めてでもないのですし、今更恥ずかしがるものでもないのではありませんか?」
「いや、あれはその、怪我とか疲労とか……」
「では問題ありませんね。お疲れのようですし」
にっこり笑顔に押し切られ、わたしは渋々(内心ではバクバク)とベッドに上がりエルフェリアの膝に頭を乗せる。顔の向きはもちろんお腹とは反対側だ。うぅ、柔らかい。いい匂いがする……。
これはある意味余計に疲労が溜まるのでは?などと勝手かつ失礼なことを考えているわたしの髪を、エルフェリアは貴重品を扱うかのような丁寧な手付きですいてきた。……あ、これ軽くだけど沈静がかかってる……。
魔法効果でぼんやりとする頭に、エルフェリアが囁いてくる。
「セツナは昔から人助けが好きでしたが、どうしてそうなったのですか?と以前に聞いたことがありましたよね」
「……そんな話もしたねぇ」
実際には大した話ではない。両親が警察官だったのと、マンガやアニメのヒーローたちが大好きだったから。
両親が人々を助けるのが誇らしかった。ヒーローたちが人々を助けるのがカッコよく見えた。憧れを抱き、自分も誰かを助けられる人になりたい、そう思った。ただそれだけのこと。
「それだけと仰いますが、強い意志でもって勇者をやり遂げましたよね」
「……ただ単純なだけじゃないかな……」
本当に、他に何も理由などないのだ。自分でもよくわからない、体の内から湧く熱に従っていただけ。失敗した時は悲しいけれど、成功した時はそれ以上に嬉しい。だからまた、行動することができる。
わたしが単純なことはエルフェリアもよく知っているはずだけれども……とゆるゆる考えているうちに、「先ほどの件ですが」と別の話題に映る。
「今すぐどうこうするという話ではありませんが、探索者協会が仲介……貴族の方々のように後ろ盾になっていただけるなら、癒しの力を行使するのも構いませんよ」
「え?」
思わず体を起こそうとして、やんわりと押されて元の体勢に戻る。眠さも相まって逆らうことはできなかった。
「それと、人に教えてしまうのもありかと。秘匿する技術ではありませんので。……こちらに関してはセツナも習得できなかったので、どれくらい結果が出るかはわかりませんが」
……なるほど? エルフェリアが魔法の先生になれば習得も早くなることだろう。希少な技術でなくなってしまえば、相対的にエルフェリアの危険度も減る。
「……でもそれ、エルフェリアの負担になるんじゃ……」
「魔法を使うこと自体は苦痛でもなんでもありませんし、私としては貴女の心労を減らす方が重要事項です」
わたしのため。そういってくれるのは、とても嬉しい。
けれどもわたしは、ここでもエルフェリアに迷惑をかけてしまうのか……?
などと煩悶しかけるわたしを止めるように、言葉が滑り込んでくる。
「セツナ。私は貴女にとって、守られるべき存在ですか?」
「……え? 守られるべきというか……守りたいというか……」
「私も同じように、貴女を守りたいのです。だからどうか、甘えてください」
……エスパーかと疑いたくなるようなことを言われてしまった。
エルフェリアが望むのなら、それでもいいのだろうか……でもやっぱり甘えすぎもなぁ……。あ、もうだめ、ねむい……。
意識が落ちていく。その手前で何か聞こえた気がするけど、わたしの記憶に残ることはなかった。
――『それだけのこと』で行動ができるからこそ……勇者の資質……あるいは、呪いとも言えそうな……。




