18 いくら勇者であっても
情報通り、第二層はゴーレムの比率が半数になったけど、わたしたちからすれば手強い相手ではなかった。剣による一閃、あるいは魔法による一刺しで倒すことができるので、どんどん蹴散らしていく。道中でまだ残っていた探索者を救出することも忘れない。大怪我をしている人はいたけれど、どれもエルフェリアの治癒魔法で治せる範囲だった。死人が居なくてホッとした。
……その結果自体は喜ばしいことなのだけれども、だとしたらあの量の魔力は一体どこに消費されているのだろう? 魔力の濃さからして、一層、二層のモンスターが弱すぎる。単に三層以降に集中されているのだろうか?
「まぁ、考えても仕方がないか。人の反応がなくなったし、第三層へ進もう」
「はい」
そうしてやってきた第三層。まず手始めに探知を使用する。モンスターの反応はあるけれど、人の反応はない。どうやら今日は第三層まで潜っている探索者はいなさそうだ。要救助対象がいなくなり、あとはコアを何とかするだけの段階になって少し気が楽になる。
ここもレーシング場なのは変わらないのだけれども……やけに地面がデコボコとしていた。モンスターが暴れた破砕痕ではなく、土魔法でアスファルトが砕かれ、その下の土と岩が隆起しているのだ。……この層に土魔法が得意なモンスターが居るってことか?
「いいえ、それは違います。セツナ」
「? じゃあ何で?」
「……実演する方が早いですね」
「え?」
エルフェリアが杖を向けた先を見てみると……なんと、レーシングカーが突っ込んできた。
ギョッとして剣を構える、のだけれども。
「土の壁」
ドガンッ!!!
「あー……」
軽く時速百キロは超えているだろうスピードだったのだが……当然そのスピードで目の前に現れた土の壁を避けられるわけもなく。真正面から突っ込んだレーシングカー、もといゴーレムは呆気なく壊れるのだった。
なんともいえない結果に、わたしは頭をポリポリとかく。
「この階層のゴーレムの攻略法として、これが広まっているそうです。あとは壁におびき寄せて直前で避ける方法も記載されていました」
「な、なるほどぉ……」
固くて倒せないのなら、勝手に自爆してもらえばいいじゃない、ってことか……? まぁ、知恵を駆使するのは全然ありだけど……どうしてそんなゴーレムが生まれてしまったんだ……。アルスリオでもこんなのはいなかったから、ビックリですよ……。
「ちなみに、壁の強度が足りなかったり、避けるタイミングを間違えると……」
「ひえっ……」
対処できる立場からすればいっそ笑えるような存在だけれど、そうでない人からすれば十分に驚異的な存在だった。
エルフェリアが残骸に近付き、ドロップを確認する。大きな塊に彼女は首を傾げてから鑑定魔法を使用し、困惑したように呟く。
「……あるみごうきんと、かーぼんふぁいばー? なんですか、これは……」
「え、工業加工品がドロップするの?」
異世界アルスリオでもゴーレムから鉱石類がドロップされることは多々あった。しかしそれは銅や鉄などの原材料がほとんどであり、たまに鋼などの加工品がドロップされるくらいだった。まぁ魔法銀や魔法金などのいわゆるファンタジー素材もあったけれども。
それが、加工された状態でドロップするだって? アルミはともかく、カーボンファイバーって結構色んな工程を経ていなかったっけ? いやこれってつまり……レーシングカーに使われていた素材がドロップしているってこと?
「……以前セツナからトクガワダンジョンの話を聞いた時も思ったのですが、ダンジョンが『その地の歴史を読み取ることがある』という話もあながち間違いではなさそうですね……」
「え?」
「アルスリオにおいては、私が生まれる前からダンジョンが出来ていたので実感は湧かなかったのですが……」
エルフェリアのいうことをまとめると、ダンジョンはランダムっぽく作られることもあれば、その地に合った物が作られることもあるとのことで。たとえば森の中なら森林フィールドになったり、街中であればアンデッドがうようよいる地下墓地になったり。
メイコーダンジョンであれば港なので半分海だし、メイエキタワーダンジョンはビルだし、トクガワダンジョンは美術館から鎧武者を作り出し、ここではレーシングゴーレムを作り出す。そういえば、田園地帯を飲み込んだアンジョーのダンジョンはプラントになってるんだっけ。いわれてみれば、なるほどとしか頷けない。
「あとは、『人の望みを叶える』という話を聞いたこともありますが……いえ、この話はまた今度にしましょう」
「あ、そうだ。ゆっくりしている場合じゃなかった」
探知に反応したモンスターは全て倒していっているけども、通り過ぎた後に新たに湧く可能性だってあるのだ。コアを破壊するまでは安心してはいられない。
わたしはとりあえずドロップ品を空間収納に突っ込む。
これは後で知ったことであるけれど、船による輸入が減った現在、アルミ合金は高騰しており、手間が掛かっていそうなカーボンファイバーは再加工が難しいとのことで安値がついていた。まだ石炭の方が喜ばれるらしい。なるほど……こんな変化も発生しているのか。
進行を再開し、迫りくるゴーレムたちを作業のようにひたすら土の壁で壊していくわたしたちであるが……。
その光景に、思わず凍り付いた。
「――は」
ぐちゃぐちゃに引きつぶされているけれど、さすがに元が何だったのか、わかる。
アルスリオでいくつも見てきたので、わかってしまう。
人の、死体。
血は流れ、肉が弾け、骨が砕け、内臓は飛び散り。
モンスターと違って塵として消えたりしない、残り続けるもの。
現実を、突き付けてくるもの。
「セツナ、落ち着いてください」
「――……はっ」
エルフェリアに耳元で囁かれ、支えられ、やっとわたしの体が倒れかけていたことを知る。呼吸が止まっていたことに気付く。
でも、呼吸をしようにも、喉が引きつって上手く吸えない。あれ、どうやって息をするんだっけ……?
「セツナ!」
「っ」
バシンと背中に走った衝撃で、やっとわたしは呼吸の仕方を思い出す。ぜぇはぁと、まるで何キロも走った後のように乱れに乱れてはいるけれども。
しかしそれでも震えは止まらない。ぼうっとした目で、人間だったものを見る。
「エルフェリア……探知に、反応、なかったのに……」
「……ないでしょうね。これは決して、セツナの探知ミスではありません」
探知の魔法が探知するのは主に、人、モンスター、トラップの三つだ。
……死体には、反応しない。
つまりこの人は……わたしたちが第三層に足を踏み入れた時点で、亡くなっていたことになる。
さすがにそれでは、いくら勇者でも、助けられない。
わかっている。わかっているのだけれども……いつまで経っても、この感覚に慣れることはできない。
「セツナ。探索者たちは、死も覚悟して探索しているはずです。今回のような、突如として噴出が発生するという不運が原因だとしても」
「……そう、だけども」
「その結果を、貴女が背負う必要はありません。人の痛みを我がことのように感じるのは貴女の美点かもしれませんが……過ぎると、傲慢です。私も貴女も、神ならぬ身で全能とは程遠いのですから」
「……っ」
エルフェリアのいうことは正しい。
以前、とある神様にこう言われたことがある。勇者は魔王を倒して世界を救うための存在であり、人を救うための存在ではないと。
たとえわたしの手抜きが原因で救えなかったのだとしても、元はといえば彼ら自身の手でもって生き延びるのが義務なのだと。
……これは、神様なりの慰めだったのだろう。あまり気にするな、って。
それでも……わたしは、助けたかったんだ。人の死を、見たくなかったんだ。……まぁ、結果として、数えきれないくらいの死を見てきたわけなのだけれども。
冷たくなったわたしの手を、エルフェリアがそっと握ってくる。
「セツナ、悔やむなとはいいません」
「……」
「けれど、ここで立ち止まるべきではありません。貴女ならわかるでしょう?」
「……まだ、噴出を解決していないから」
そう、わたしはここで立ち止まっている場合ではない。モンスターが外で湧くかもしれないから。新たに人を傷付けるかもしれないから。
わたしは胃の重たいものを無理矢理吐き出すように大きく息を吐き、エルフェリアの手を握り返す。
「――行こう」
「はい」
コアを破壊すればしばらくモンスターは湧かなくなる。その時に遺体は回収できるだろうから、アルスリオのように勝手に火葬したりせずに黙祷だけして。
わたしたちは先へと進む。




