15 ダンジョンの脅威・二
金曜日の朝。五年間勇者として生活し、勉学から離れていた身としては、いきなり週五日の勉強は堪えるものがある。いやまぁ体力は有り余っているので、単にそういう気分というだけで深刻でもなんでもないのだけれども。
エルフェリアにテーブルで待っててもらいながら朝食の準備をしていたら、ヒナタが情報端末を手に難しい顔でダイニングまでやってきた。
「おはよーヒナタ。どうかした?」
「はようございます、ヒナタ」
「おはようお姉ちゃん、エルおねーちゃん。ちょっとイヤなニュースが流れているみたいでさぁ……」
言いながらヒナタはテレビを付け、ニュース番組を映す。そこには――
『――で発生した噴出についての続報です。まもなく、軍と探索者合同での作戦が――』
「えっ……」
なんと、外国のダンジョンで噴出が発生しているらしい。
わたしたちが寝ている間に(時差であっちは朝らしいけど)発生し、六時間経った今でも解決できていない。もちろんただ手をこまねいていたわけではなく、国軍と探索者を集めてもうすぐ反撃開始するとのことで、ダンジョン前で物々しい装備をした多くの人々が整列している様が映されている。
魔力を帯びていない現代兵器は効き辛いが、それでも無意味というわけではない。爆弾の一つや二つ落とせば解決……しそうでしないのが、ダンジョンの厄介なところだ。何せダンジョンの壁はモンスターよりよっぽど固い。モンスター相手でさえ効き辛い武器がダンジョンの壁を壊すのは厳しいだろう。わたしがメイエキタワーダンジョンの壁を壊せたのは、各種バフと剣の刃が魔力そのものでできていたからだ。この世界であればいずれ科学と魔法を融合させた魔力爆弾とか作りそうだけど……魔法使いすら少なそうに見える現状なのでどれくらい先になることか。
……画面の端の方では、明らかに火事によるものと思われる黒い煙がたくさん立ち上っていた。時折轟音やフラッシュも発生し、戦闘が続いていることを如実に物語っている。
わたしは、朝食を作る手を動かしながらも、知らず知らずの内に強く眉根を寄せていた。あれは外国で起きている出来事だ。この世界では勇者でも何でもないただの人間であるわたしが行くことはできないし、仮に行けたとしても太平洋を越えた向こうの大陸まで何時間掛かることか。当然ながらエルフェリアは一度も行ったことがないので座標がわからないし、わかったとしてもさすがに遠すぎて飛べないだろう。
つまり……わたしはこうして画面越しに眺めている以外に、何もできないということだ。
「下手すれば、うちの目の前のメイエキタワーダンジョンでも似たようなことになってたんだよねぇ……。お姉ちゃんが居てくれて本当によかったよ」
できあがった朝食をもぐもぐと食べながらヒナタが言う。
……そう、わたしは、この街を、ヒナタを守ることができた。それくらいは、誇ってもいいはずだ。
心中ではそう思いながらも、表情は険しく画面を見つめ……すると、隣のエルフェリアがそっと手を握ってくれた。
「セツナ。人間は決して弱い生き物ではありません。あちらの方々が乗り越えることを信じましょう」
「……そうだね」
わたしは胸のもやもやを溜息と共に吐き出し、朝食を食べ始めた。
事態は、そう悲観するものでもなかったらしい。
わたしが(わたし以外にも多くの生徒が)そわそわしながら午前の授業を受け、お昼になった頃。攻略完了のネットニュースが流れたのだ。わたしはホッと息を吐き、教室内の男子たちも快哉を上げていた。
噴出解決は喜ばしいこと。しかし犠牲者数の数を見ると、わたしは喜んでばかりもいられなかった。速報なので、この後もっとたくさん増えることだろう。もしわたしがあの場にいれば……いや、たらればの話はよそう。無理なものは無理だ。力を得て勇者となったことで、中途半端に意識が肥大化してしまっているなぁ。傲慢にならないよう気を付けないと……。
「セツナ~。いやぁ、よかったねぇ。遠い国のことなのに、わがことのようにハラハラしちゃったよ」
「そうだねシノ。終わってよかったよ」
「いやでも実際ひとごとじゃないんだよねぇ。この前のメイエキタワーダンジョンの件は白い人が解決してくれたから大事にならなかったけどさぁ……」
「うん……」
ダンジョンの噴出発生条件は、ダンジョン内部に大量に魔力が溜まることだ。なので魔力が発生してたかが五年のこの世界ではそこまで大きな、それこそ国が亡ぶような大災害になることはない。
しかしメイエキタワーダンジョンの時は、想定濃度に比べて明らかにモンスターが強いという異常事態が発生した。まだ大丈夫、などとうかうかしていては足元をすくわれかねない。早いうちにレッドとして配信を始めた方がいいかもしれないな。この辺りは探索者協会の衣笠さんや、現役配信者の赤月さんとも相談してみよう。
「そのためにも、アタシたちも早く強くならないとね。……ねぇセツナ、何かいい訓練方法あったりしない?」
配慮してくれたのだろう、最後は小声で囁くようにシノが尋ねてくる。
わたしもエルフェリアほどじゃないけど回復魔法を使えるから、特訓とかできなくもないけど……異世界式(非人道的)訓練法はどう考えてもおススメできない……。もうちょっといい感じに段階を踏まないと絶対に無理だ。けれどわたしは人に教えるのが得意ってわけでもないんだよなぁ。
とはいえ、放っておくのも忍びない。こういってはなんだけど、テストみたいな形でシノにも協力してもらおうかな? 上手くいったらこれもレッドの配信で流すようにすれば、戦力強化も見込めるかもしれない。
「んー……すぐにとは約束できないけど、考えてみるよ」
「本当? ありがとう!」
午後の授業を終え、朝に比べて楽な気持ちで帰宅した……というのに。
またも事態は転がる。
「は? 今度はスズカダンジョンで噴出だって……!?」
「うん……本当についさっきの話だけれども」
ヒナタが見せてきたのはダイバーストリームのサイトだった。スズカダンジョン探索中の探索者がいたらしく、ドローンによる映像がリアルタイムに流されている。
サーキット場にできたダンジョンは主に地下に広がっているのだけれども、地上部分にも建造物があり、そこがメイエキタワーダンジョンの時と同じように可視化されるほどの濃密な靄で溢れている。地下からどんどん溢れているようで、みるみると靄が濃くなっているのが映っていた。
しかしこのダンジョン、探索者がいたからにはモンスターの間引きがされていないはずはないのに……どうして溢れてしまったのか。いや考えるのは後だ。朝に見た外国のダンジョンの時とは違い、国内で駆け付けられるのだから……!
情報端末で経路を調べると……電車で五十分か。いっそ飛んでいった方が早いか? けれど到着前に魔力を大きく消費するのは避けたいからやっぱり電車か。今はまだ夕方だから全然動いているはず。
「えぇと、精霊装備フルセットは目立つから、サークレットとマントは外した状態にして、着いてから装備するとして――」
「セツナ、もしかして一人で行くつもりですか?」
「……あ、そうか。今回はうちの心配はないから、エルフェリアと一緒に行けるのか」
わたしがあっさりとエルフェリアを連れていくことを決めると、彼女はにっこりと笑みを見せた。
それにエルフェリアの協力があれば飛んでいってもいいかもしれない。わたしよりずっと多い魔力量&回復量なのだから。
「ねぇお姉ちゃん、エルおねーちゃん。ちょっと提案があるんだけども」
「……ヒナタ?」
エルフェリアがいれば百人力だと、先ほどより安心した気分で着替えていると、ヒナタから声がかかった。




