14 種族の違い
あの後、見送りはいらないと告げ、外からも家の中からも見えなさそうな位置で転移魔法を使って我が家へと帰宅をした。
零れる光で察したヒナタがパタパタとスリッパの音を立てながら出迎えてくれる。
「お姉ちゃん、エルおねーちゃん、お帰り~。ご飯できてるよ~」
わたしは、ヒナタの顔を見て……衝動的に、ギュッと抱き締めた。
「お、お姉ちゃん? どうしたの?」
「……いや、ヒナタは今日も元気だなぁ、って思って」
ぐりぐりと頭を撫でてから体を放す。ヒナタの顔には疑問符が浮かんでいたけど、説明する気にはなれない。悲しいことは極力思い出させたくないから。
それを横で見ていたエルフェリアが、ポツリと。
「セツナ。私は抱き締めてくれないのですか?」
「うえっ!?」
「ほら、今日のご褒美にでも」
た、確かにエルフェリアにはお礼をせねばならない。ならないのだけれど……わたしのハグがエルフェリアへのご褒美になるの? それはわたしへのご褒美じゃない??
恥ずかしくて固まっていたらだんだんエルフェリアの耳がしょぼんと垂れてきて、わたしは慌ててエルフェリアにも抱き着いた。
ヒナタからの生温かい視線を感じるけれど……なにやらエルフェリアが喜んでいるのだから気にしないでおこう……。いややっぱり妹の前でこれは恥ずかしい……でも二人きりだと多分もっと恥ずかしい……。うぅ。
九条さんの家であったことを話しながら夕食をいただき、仲良くネットコンテンツをリビングのモニターで見て、エルフェリアがお風呂に入るため退席した。
次は何を見るかなぁと端末で調べていたら……ヒナタが唐突に。
「ねぇお姉ちゃん。ひょっとして、エルおねーちゃんにまだ告白してないの?」
「ぶっふぅ!?」
なにとんでもないこといってるんですかねぇ!?
げほげほとむせて、なにも言えないでいる間にヒナタは勝手に察する。つまり、呆れたような目になる。
「そもそも、なんでわたしがエルフェリアのことを――」
「バレてないと思ってるならお姉ちゃんの評価を改めざるをえないよ。もちろん下方に」
ぐふっ。
……ま、まぁ、そんなこともあるかもしれない。けれど改めて言われると……恥ずかしいじゃん……?
コホンと咳払いをして、『なんで?』とでも言いたげなヒナタに、わたしが二の足を踏んでしまう理由を告げる。
「えっと、ヒナタには、エルフェリアの年齢はいくつくらいに見える?」
「? 二十代前半くらいだと思ってたけど……そういうからには、実は三十超えてたりするの?」
「ぶぶー。正解は……二百歳以上です」
「……え?」
そう、エルフェリアはファンタジーにあるある長命種なのである。しかも本人は『それ以降は数えていません』とのことで、実際は不明らしい。さらに、同種は長命の末に精霊に成ったとかなんとか。
体は人間とは異なり、どちらかといえば精霊に近いくらいで。触れられる肉体も温かな体温もあるけど、根本的な違いがある。
わたしはソファに大きく背を預け、ぼんやりと天井を見る。
「別にわたしは、年の差を気にしているわけじゃないんだけども……」
異世界アルスリオでは、いずれ帰るのだからと、エルフェリアに想いを告げられないでいた。
しかし二つの世界が近いことがわかった。今すぐには無理でも、エルフェリアの能力であればいずれ自由に行き来できるようになるだろう。つまり別れる必要がなくなった。
……だというのに、わたしは未だ何も言えないまま。まぁ、ヘタレだというのも大いにある。好かれていると察してはいても、それがどのような種類かわからないから、この関係が壊れるのが怖いというのもある。わたしは、どんな形であっても彼女の側にいたいのだから。
でも……先のことを考えれば考えるほど、不安になる気持ちはある。どう頑張って生きたところで、わたしはエルフェリアより先に死ぬからだ。わたしにとっては一生だとしても、彼女にとっては人生の一部。その一部をわたしのために使ってほしいという気持ちと、ずっと一緒にいてくれる誰かのために使った方がいいのではという気持ちがせめぎ合う。
そんなわたしの心情の吐露にヒナタは難しそうな顔をして、それ以上追及してくることはなかった。
◇◇◇◇◇
エルフェリアがお風呂から出てきて、交代でセツナが入っている間。
「――と、お姉ちゃんが申しておりました」
先ほどのセツナの悩みを、あっさりとヒナタがエルフェリア当人に暴露していた。
ヒナタとて考えなしで、興味本位の軽い気持ちで行ったわけではない。姉の幸せを考えているからこそ、あえてエルフェリアに話したのだ。自他共に認めるシスコン姉妹であるゆえに。
エルフェリアはそれを聞いて何度か目を瞬かせ……「あ」と口元に手を当てる。
「種族の差……。なるほど、確かに失念していたようです」
エルフェリアは長く生きてきたのだが、貴種かつ聖女という立場もあって一般の人々と線を引いていた。それゆえ、自分の(もしくは自分たちの種族の)思考にズレがあったのかもしれないということに、今更ながらに思い至る。ましてやセツナは異なる世界の出身だ。文化は大きく異なり、伴って基本的な考え方も異なってくるだろう。実際セツナは帰郷してから、アルスリオにはない本を読んで、テレビ番組やアニメ、ネットを楽しんで、これだけでもうアルスリオとは違うところだらけである。
考えが及ばなかったことに小さく溜息を吐きながら、ズレを自覚するためにもヒナタに問いかける。
「質問なのですが、こちらの人間は相手に好意を伝える時はどのような行動を取るのですか?」
「え? えーと……手を握ったり、抱き締めたり……これくらいは家族や同性の友だちでもやることあるか。だから最初に『好き』って伝えないと、そういう意味に伝わらないかも?」
「……それだとアルスリオの人間と大して変わらないように思えますが……」
「んー……あたしにはアルスリオの常識がわかんないからなぁ……」
「……常識……。あぁ、なるほど」
思い当たる節があり、道理でセツナは以前からずっと態度が変わらないままなのですね、とエルフェリアは独り言ちる。
「なにか違うところがあるの?」
「そうですね……。私たち貴種はまず、他者に触れることをしません。魔力が混じってしまいますから」
「……まじる?? んー……魔力のお話の時に、なんかそんなのを聞いたような?」
「はい、それも関係しています」
エルフェリアたち貴種は、人と似たような姿形をしていながら、人よりも精霊に近しい種族だ。
その大きな特徴の一つが、肉体の大半が魔力により形成されていること。肉もあり、骨も組まれ、血も通っているけれど、切り離されてしばらくすると塵のように消え去る。……このせいで一部排斥派が『貴種はモンスターだ!』と喚き立てているのだが、神が実際に降臨することもあるアルスリオにおいて、やがて神の遣いである精霊へと至る彼ら彼女らにそのような扱いをするのはタブーである。
そして欠点として、他者に触れるとその魔力に影響されてしまうことが挙げられる。この世界では魔力が発生したばかりなので人間たちの纏う魔力が薄く影響は少ないが、長年魔力と共に過ごしたアルスリオではそうもいかない。防御もなく下手に触れると、痛みが走ったり、体調を崩したり、最悪の場合は体が崩れかねない。なお、一度魔法として放出されるとその限りではなく、特に魔法攻撃に弱いというわけでもない。
エルフェリアの説明にヒナタは「うわぁ」と表情を曇らせ、しばらくして首を傾げる。
「……その割には、お姉ちゃん相手だと平気そうだね? その防御とやらをしているの?」
「いいえ、セツナの魔力を受け入れるように調整したからです」
「へぇ、そんなこともできるんだね」
「調整をする必要があるからこそ、私たち貴種からすると、自らの意志で他者に触れるということは好意を示すことそのものなのです」
「……なるほどぉ」
などと述べてから、『そういえば、セツナの魔力は最初からそう不快でもなかったですね……?』と脳裏に思い浮かべるエルフェリア。単に偶然相性が良かったのか、セツナが神に選ばれた勇者だからなのか、理由は不明だけれども……悪い気がしなくて、そっと笑みを零した。
「ちなみにそれ、お姉ちゃんは知ってるの?」
「アルスリオでは普通の話でしたので……何も言っていませんね……」
「……お姉ちゃんのことだから気付いてないと思うよ」
「……でしょうね……」
二人そろって溜息を吐く。姉妹ではないのに、その様はどこか似ていた。
「セツナが恥ずかしがりながらも私に触れてくれるものだから、てっきり受け入れてくれたものと思っていたのですが……まさか何も知らなかったからとは、不覚でした」
「あはは……。ま、まぁ、そんな感じで、お姉ちゃんにちゃんと言ってあげるといいと思うよ。それともお姉ちゃんの方をそれとなく焚き付けようか?」
ヒナタのその提案に、エルフェリアはゆっくりと首を傾げ。思い切って、ここ数日の間に疑問に思っていたことを尋ねる。
「……ヒナタは、随分と私に好意的ですね」
「え? んーと、最初に言った気はするけど、エルおねーちゃんはお姉ちゃんを無事に帰してくれたし? それに、お姉ちゃんがすっごく信頼しているし?」
会ってから日は短いけど、とても優しくて、いい人で、おまけに美人。これで嫌えというのは無理がある話で。ヒナタが信頼しているセツナが信頼しているから、というのが一番大きいのかもしれないが。
「……私などは、一時期ヒナタに嫉妬をしていたくらいなのですが……」
「えっ」
苦笑と共に出てきたその言葉にヒナタは目を丸くした。『こんなすごい人が何故?』と。
「お恥ずかしい話ではありますが……。セツナが帰る理由が、あなたを一人にしておけないから、という理由でしたので」
「あー……。まぁお姉ちゃんを帰してくれなかったらすごく恨んでたと思うけど、実際は帰ってきてくれたからねぇ。また改めて連れて行こうってわけでもないんでしょ?」
「はい、そのようなことはしません」
ポリポリと頭をかくヒナタ。両親を失い、残ったたった一人の身内である姉まで失ってしまったら、どうなっていたことか。想像するだけで寒気が走ったので、本当に帰ってきてくれてよかったと改めて思う。
……一方的に勇者として召喚されて、『神に選ばれたのだから』と厳しい戦いに追いやったことに思うところはないでもないけど、それを決定したのではないエルフェリアに言うことではない。と中学生ながらに広い器の持ち主であったのは、エルフェリアにとって幸運だったのだろう。エルフェリアにとってセツナが第一であっても、セツナが大切にしている家族に嫌われては気が重いものとなっていたはずだから。
「話を戻しますね。ありがたい申し出ではありますが、ヒナタの方から伝える必要はありません」
「じゃあエルおねーちゃんの方から?」
「……いえ、勝手なのでしょうけれども、もうしばらくこのまま進めてしまおうかと思います」
「……進めるって……なにを?」
ヒナタの問いにエルフェリアは答えず、ただ笑みを見せるだけに留まった。それが逆に、ヒナタの背をぞわぞわとさせていたけれども。
「ヒナタの心配には及びませんよ」
「……えっと……」
「セツナが何を考えていようと……世界という壁がなくなった今、私は決して、セツナを逃がす気はありませんので」
「……」
まさに聖女と呼ばれるに相応しい柔らかさを備えた笑みでありながら、あまりにも大きな意志が宿っており。もう少し生々しい感情が乗っていれば、『捕食者』などという感想をヒナタは抱いていたかもしれない。
これが他の相手だったら、セツナに警告なりなんなりして逃がそうとしただろう。しかし相手はエルフェリア。まだ十日も経っていないけれど、それでもありありとわかるくらいにセツナが深く好意を寄せている相手。それゆえヒナタはこれに関しては手出しをせず。
ただ『……お姉ちゃん……ご愁傷様……』と天井を仰ぐのだった。……まぁある意味、セツナにとっても本望だろう。おそらく。




