13 癒しと、その先を
訓練時にシノと朝比奈くんの視線をやたらと感じたけれど、なんとか今日の授業を乗り切った。
すぐに帰宅して、着替えて、指定された住所の最寄り駅まで電車で移動する。目的の駅で降りると、お出迎えに来てくれた車に乗ってさらに十五分ほど。辿り着いたのは、とある住宅街にある二階建ての大きな家だった。うちも二階建てだけど、明らかに大きさが違うなぁ。
「よく来てくれた、相良くん」
「こんにちは、九条さん」
門の前で九条さんが立って待ち構えていた。挨拶だけして早速中へと案内される。
「ヘルパーの者にはもう帰ってもらったし、親たちにも来るなと伝えてある。家には孫娘以外誰もいないし、防犯カメラも切ってあるのでので安心するといい」
「ありがとうございます」
申告通り人気のない家の中を歩き、お孫さんの部屋へ。九条さんが小さくノックをする。
「サクラ。先日連絡した通り……おまえの怪我を治せる人を連れてきた」
『…………入っていいよ』
小さな、消え入りそうな声。弱々しく……生きる気力の抜けてしまったかのような。
思わず拳をぎゅっと握りしめ、わたしはお孫さん――サクラさんの部屋へと足を踏み入れた。
ツンと消毒の匂いが漂う、広い部屋。わたしの部屋とは違い全体的に上品に彩られているが、どことなく寒々しさも感じた。そして、どうしても目立つ、車椅子。
部屋の中央に設置された、上半身部分が三十度ほど持ち上がった状態のベッドに、力なく背を持たせかけている少女――サクラさんがいた。きちんと手入れをしてもらっているのか髪がボサボサということもなく、むしろわたしより整っているくらいだ。
けれども……目に力がなかった。精気がなかった。……未来への希望が、なかった。ヒナタと似たような年頃の子がそんな目をしていることに……両親が亡くなって絶望したヒナタの顔を思い出してしまい、胸がジクりと痛んだ。しかし怯んでもいられないので、前へと進む。
「こんにちは、相良セツナです。今日はよろしくね」
サクラさんはわたしの挨拶に反応しない。無視しているというわけではなく、戸惑っているようだ。
「おじいちゃん……どういうこと……?」
「どういうことも何も……儂は動画のアドレスを送ったはずだが……」
「み、観てない……。いきなり言われても観るわけないし……」
なるほど。気力がなくて観てなかったってところか。凄腕の大人のお医者さんが来ると思っていたのに、わたしみたいな子どもが来たのであれば、そりゃ戸惑いもするだろう。疑惑すら浮かんでいる。
「……おねえさんが……お医者さんなの?」
「まぁ、お医者さんではないね」
「はぁ!?」
サクラさんは『どういうこと!?』とでも言いたげに声を荒げる。そんな説明では無理もない。怒らせたいわけでもないので、早速エルフェリアを呼ぶことにした。一緒に来ていないのは、夕方の帰宅ラッシュに巻き込まれた時に翼がバレないか心配だったからだ。幻影で隠せはしても存在がなくなるわけじゃないからね。
それに……この方が説得力が強くなると思ってね。動画を観てないのであればなおさら、『魔法』という超常の力を目の当たりにしてもらった方が納得も早いはずだ。
わたしは部屋の端まで下がってから感応紋に魔力を送り、エルフェリアに現在地を知らせる。一分もしないうちに反応があり、天井に魔法陣が現れた。
シーリングライトとは異なる光が部屋に溢れ、広がる。やがてエルフェリアが姿を現し、わたしの元へとふわりと舞い降りた。今回はきちんと用意していたこともあり、ぶつかることなく受け止める。
「ただいま参りました、契約者さま」
「うん、来てくれてありがとう。今回もよろしくね」
エルフェリアに微笑みかけてから九条さんとサクラさんの方へと視線を戻してみれば、二人とも大きく目を見開いていた。
「……映像で観たが……こうして自分の目で見ると随分と迫力が違うものだな……」
今のエルフェリアは微発光していて神秘さが増しているので、慣れていない、一般的な人であれば気圧されるような感覚があるだろう。
何も知らなかったサクラさんの方は、たっぷり二十秒は遅れてからポツリと呟く。
「……て、てんし、さま……?」
「申し訳ありませんが、その呼称は少々当てはまりませんね」
「……っ」
エルフェリアが微笑を浮かべて(あ、これ子ども向けモードだ)サクラさんに近付く。九条さんは圧に押され数歩下がっていたけれど、怪我で動けないサクラさんはそうもいかない。間近で圧を受けることになり……エルフェリアは目を瞬いてから発光をやめた。
「初めまして。私はこちらの方と契約しているホワイトと申します」
「えっ、あっ、は……はいっ。はじめ、ましてっ」
すっごい舌をかみかみだ。わかる、よーくわかる。わたしも初めてエルフェリアに会った時は、めちゃくちゃ緊張したからねぇ……。
しかしホワイトの方を名乗るんだ? まぁいっか。……それとも案外その呼称を気に入ってるとか……さすがにないか。
「あなたの治療をさせていただく者です。よろしくお願いいたします」
「……っ」
「あら、どうしましたか?」
急に口を引き結んだサクラさんに、エルフェリアが首を傾げる。
その柔らかな声に緩むでもなく……サクラさんは、歯を噛みしめた。
「治療って……お医者さんが薬でも手術でもダメだって言ってたのに! そんな簡単に言わないでよ!!」
「こちらのお医者様のことはよくわかりませんが……私が使用するのは魔法ですので」
「……っ」
これがダンジョンの現れる前だったら、探索者と縁がなく、配信も観ていないのであれば、魔法などと言われても『ふざけるな!』で跳ね除けられてしまっただろう。
「ま、魔法を使えるようになった人がいる、ってのは、知ってたけど……」
しかしサクラさんはついさっきエルフェリアが魔法陣から現れるのを見たので、そのようなものがあると納得するしかない。
「で、でも、さすがにこんな大怪我を治すのまでは……」
「問題ありません」
笑顔で言い切ったエルフェリアに、サクラさんはごくりと息を呑み。口元を何度も震わせて、目を泳がせて。それでもエルフェリアは態度を崩さない。
根負け(?)したサクラさんは、頷くしかなかった。
「……お、お願いします……」
「はい」
エルフェリアはサクラさんの首の近くへと手を伸ばす。
「完全再生」
詠唱と共に、サクラさんの首元が光に覆われた。その光は体内へと染み入り、そして内側から発光するかのように全身が淡い光を帯びる。
エルフェリアの内面を示すかのような、とても柔らかな、温かさを感じる光。わたしも、何度もお世話になったもの。
光が収まると。……ピクリと、サクラさんの指が動いた。
「!? う、うごく……動く!?」
腕が動き、足が動き、上半身を起こし……床に足を付け、立ち上がる。
「サ、サクラ……っ」
「おじいちゃああん……」
わたしたちの横をすり抜けて九条さんがサクラさんを抱き締め、サクラさんは動くようになった自分の腕で九条さんを抱き締め返す。
祖父と孫、二人が喜びにむせび泣くのを、わたしとエルフェリアは部屋の隅でそっと眺めるのだった。
二人に聞こえないよう、わたしは小声で囁く。……あの様子なら普通の声でも聞こえてないだろうってのはさておき。
「エルフェリア、ありがとうね」
「……セツナがお礼をいうことではないですのに、いつもそれですね」
「だって、エルフェリアはいつもわたしの願いを叶えてくれるから」
わたしの言葉に、エルフェリアは目を瞬いてから。そっとわたしの手を握ってくる。
「それが、私の喜びですから」
「……恩人を放置してすまない……」
「お気になさらずに」
しばらくした後、九条さんが恥ずかしそうに謝罪をしてきた。サクラさんの方はベッドへと座り込んでいる。長期間動けなかったことにより、筋肉が落ちているからだ。その辺りはリハビリを頑張ってもらうしかない。
「ただ、今後の行動は慎重になった方がいいかもしれません。……どこにでも嫉妬する人はいると思いますので……」
「……忠告感謝する」
九条さんが連日メイコー出張所に突撃していたことは知れ渡っているだろう。最終的に引き受ける決断をしたのはわたしだが、権力を使ってねじ込んだと思われる可能性も大いにある。『汚い手を使ったんだろう!』などと九条さんが詰られるのは覚悟の上だとしても、サクラさんまでその対象になったとしたらやりきれない。
「可能な限り早急に治癒魔法使い育成の件を通し、報酬としての身分証を用意することを約束しよう。ただ、それはそれとして……」
「はい?」
「これではサクラの治療の分、儂が得したことになってしまう。他に報酬はいらないのか?」
九条さんの考えでは、育成の件だけでも身分証を発行する説得材料になる計算らしい。わたしとしては『上の人たちと交渉をしてくれる』というのがサクラさんの治療の対価でもいい気はするけど……。
エルフェリアにチラりと視線をやる。彼女は小さく微笑むだけで特に口にしなかった。
「特に欲しい物が思い浮かばないんですよねぇ……。下手にお金を受け取ったら『お金を払うからこっちも治せ!』って人が出てきそうですし……」
「……なるほど、一理ある」
まぁ異世界アルスリオでは『力があるのに金を払わないと治さないのか!』なーんて言ってくる人もいたりしたから、お金を払う意志があるだけマシなんだけど……それを始めたら結局前者の人も現れそうな予感がするんだよね……。これがわたしだけのことなら別にいいんだけど、大怪我であればあるほどエルフェリアの力を借りなければいけないのだから、そうはいかないのだ。
ひとまず保留として、何か困ったことがあったら相談に乗ってもらう、という話に落ち着いた。
「あ、あのっ」
「うん?」
「わ、ワタシも、何か、お返しを……!」
サクラさんが真剣な顔で訴えてくる。報酬は九条さんから受け取ることが決まっているのだけれども……。子どもから受け取るのも気が進まないし。
どう返したものか、答えに詰まったわたしに代わり、エルフェリアが答える。おや?
「では、努力をして魔法を覚えてください」
「ま、魔法、を……?」
「はい。つい先ほど、あなたの中を私の魔法が通ったでしょう? その感覚を忘れなければ多少は覚えやすいはずです」
「!?」
わたしがヒナタと手を合わせて魔力を自覚させたのと似たような原理だろうか。治療用の濃い魔力が宿ることで強制的に目覚めさせる、みたいな。ただ、怪我をしていない人に治癒魔法は逆に体に悪いとも聞いたので、このような機会でもなければやることはないのだろう。
「そして、あなたが助けられたように、他の誰かを助けてあげてください」
「――」
エルフェリアはわたしの手を握り。
「それが、私たちの願いです」
「……は、はいっ。頑張ります!」
感極まったように、そして確かな覚悟を決めて、サクラさんが頷いた。
……うん、そうだね。
わたしたちが助けた人が、また別の人を助けて。その人が、また別の人を。そうやって、世界中の人が助け合うことができれば、どれだけ良いことか。
やっぱりエルフェリアは、わたしの願いを叶えてくれる人なんだなぁ。




