10 ほっと一息、からの
「それで、そいつがエリアボスだったみたいで、すぐ近くに転送ポータルがあったから無事に出られたよ」
「そっかー……良かった良かった」
「お疲れ様でした、セツナ」
帰宅し、今日のダンジョン実習中に起こった出来事をエルフェリアとヒナタに話していく。ヒナタはホッと胸を撫でおろし、エルフェリアは動じず微笑を浮かべている。これは、この程度でわたしがどうにかなるわけがないという信頼からだろう。実際に怪我一つしてないしね。一番痛かったのは壁にぶつかった時かもしれない。
「トクガワダンジョンで未発見のトラップが発動した!ってニュースが流れてきた時はビックリしたけど、まさかお姉ちゃんが巻き込まれていたなんてねぇ」
おっと、さすが情報化社会。情報が出回るのが早い。
ニュースをざっと確認してみたところ、トクガワダンジョンはしばらくは探索禁止にして、近日中に罠探知の魔法を使える人が再調査するみたいだ。今回みたいな突発トラップを事前に知るのはすごく難易度が高いのだけど、事情を知らない人たちからすればそう判断するしかないだろう。今回のトラップを発見できなかったことでこの人が責められないか心配だけど……それはわたしが関与できる部分ではない。
「セツナの場合、巻き込まれていなかったとしても、何とかするために巻き込まれにいった可能性は大いにありますね」
「……その場合はどう突っ込むか考えなきゃいけない事態になっただろうから、そう考えると巻き込まれて良かったのかもね……?」
講師として呼ばれた探索者たちはともかく、表向きは新人ということになっているわたしが探しに行くのは絶対に止められたことだろう。生徒が解散させられた後にこっそり侵入はできるけど、あの領域の難易度からするとそれだけの時間が経過するのは致命的な事態になっていたと思われる。いや、巻き込まれて本当に良かった。
出てきた時に色々と説明を求められたけど、わたしとシノは当たり障りのないことを話して、細かいことは全て赤月さんに投げておいた。「終始置き物だったからそれくらいはやらないとね」と引き受けてくれたのだ。実際、実績のある彼女の説明が一番信用度が高いだろうし。
帰り際、シノは色々とわたしに聞きたそうにしていたものの空気を読んでくれたのか、普通に別れた。……彼女にどこまで話すかも考えないとなぁ。
そして話すといえば赤月さんも。あの人の目の前でレッドであることを明かしたことで、今回の件と前回の件も兼ねて、メイダイバーズ総員でお礼を言いたいという要望が出てきた。とりあえず連絡先だけ交換して保留にしてもらったけど、会うこと自体は構わないと思っている。質問責めに遭うだろうから、どこまで話すか決めてからだけども。開示の義務なんてないので、全黙秘でもいいんだけどさ。
「あー……ところでエルフェリア」
「? なんでしょうか?」
「今すぐどうこうの話じゃないけど、多分メイダイバーズの人たちと会うことになると思う。エルフェリアはどうする?」
わたしの発言に、エルフェリアは小さく首を傾げた。
エルフェリアは精霊という話がそこら中に流れている。いっては悪いけど、わたしの付属品というか、そんな扱いだ。だから彼女が会う必要はないのだけれども……。
「セツナは、会ってほしいですか?」
「んー……どうだろう……。現時点でエルフェリアのことが知れ渡るのはマズイという気持ちと、この世界でのコネを作っても良いんじゃないかって気持ちがある。……異世界に帰れるようになったらすぐ帰る、っていうなら後者は必要ないだろうけど」
「……すぐに帰る気はありませんし、可能な限り滞在したいと思っています。ですが……そうですね、今現在の私は密入国者のようなものなのでしょう?」
そうなのである。よっぽど怪しい行動でもしなければ「不法滞在者では?」なんていちいち疑われることも早々ないだろうけど……変に噂が広まった場合、どこかからちょっかいを掛けられないとも限らない。
「でしたらやめておきましょう。セツナの心労を増やしたいとは思いません」
「わかった。会うとしてもわたし一人で行ってくるよ」
「……何か困ったことがあったらすぐに呼んでくださいね」
「あはは、大丈夫だよ」
わたしの実力を知っているあちらさんが敵対してくるとも思えないし。
その時、ピロンと情報端末の通知音が鳴る。何だろう、と思って差出人を確認したら……メイコーダンジョンの受付のお姉さん――衣笠さんだった。あの話し合いの後に彼女とも連絡先を交換しておいたのだけども、来るのはこれが初めてだ。
テキストに視線を走らせ……「うぐ……」と呻き声が思わず漏れた。
「セツナ?」
「お姉ちゃん?」
「……どうやら、探索者協会経由でも、どうしてもわたし……というよりエルフェリアに会いたがっている人がいるみたい」
あの日の話し合いで、問い合わせは全部シャットアウトしてくれると言っていたのだけれども……非常に申し訳なさそうな文面で事の経緯が語られていた。
なんでも、とある議員のお孫さんが交通事故による怪我で首から下が動かなくなり、ほぼ寝たきりの生活を送っているらしい。治療法が確立されておらず、新しい技術が開発されるのを待つばかりだった状態で、エルフェリアが腕を生やす映像を観たことにより、希望を見出してしまった。本来なら探索者協会に干渉はできないのだけれども、連日出張所にまで詰めかけてきて。「断るにしても、せめて本人に取捨選択させてくれ!」と懇願までされるようになって、折れてしまったのだとか。これはさすがに責められない。
「……どこの世界でも、権力者のやることは似たようなものなのですね」
「アルスリオでもそんなことあったねぇ……」
……わたしとしては、助けられるものなら助けてあげたい。けれども……障害と闘っているのはその子一人だけではない。しかし、全員助けるのはどう考えても現実的ではない。その不公平に対し、救われなかった誰かは必ず不満を持つ。アルスリオではその辺りは貴族や神殿がコントロールしてくれたけれど、この世界では何もないのだ。
実際に行動するのがわたしだけであれば、この手の届く範囲でいくらでも助けにいっただろう。救われなかった誰かにどれだけ非難されようとも、何も考えずに動いたことだろう。……それにエルフェリアを巻き込むのは、絶対に違う。
深く溜息を吐き、断りのメールを出そうとしたところで、エルフェリアにそっと手を握られる。
「セツナ。貴女の望みはなんですか」
「……いや、でも……」
「以前にもお伝えしましたが、私が癒しの力を行使するのは構いませんし、貴女の望みを叶えるのが私の最優先事項です」
ぐぬぬ……そういってくれるのはとてもありがたい。ありがたいのだけれども、エルフェリアの能力頼りになってしまう。いや、精霊シリーズを装備してバフもりもりにしてもらえばわたしでもなんとかなる範囲かもしれない。……それでも結局祝福を掛けてもらう必要があって――
などとぐるぐると回るわたしの思考を遮るように、エルフェリアが頬をつねってくる。いひゃい。
「セツナ、どうか頼ってください」
「うぅ……」
笑顔の圧が強い……!
そんなわたしたちを眺めていたヒナタが、呆れたように言う。
「お姉ちゃんさぁ、そんなに気になるなら、エルおねーちゃんのためになるような報酬をもぎ取ってきたら?」
「……え?」
「だってその人、議員さんなんでしょ? どこまで可能かはわかんないけど、いうだけいってみたら? たとえば――」
ヒナタの挙げた『報酬』の内容に、わたしは目を丸くするのだった。




