08 未探索領域
「な、なにこれ……!?」
「……は?」
わたしが抱きかかえていたシノだけでなく、赤月さんの驚く声も聞こえてきた。サッと周囲を見回すと、それ以外には誰もいない。シノだけでなく少し離れていた赤月さんも同じ場所に飛ばされているのであれば、朝比奈くんと伊藤くんは別の場所に飛ばされたわけじゃなく、そもそも巻き込まれなかったと見るべきだろう。
「……通信は……圏外か」
情報端末で連絡を取れないか取り出してみたけど、圏外マークが付いていた。……そもそも普段のダンジョン配信で電波が届くんだ?と疑問が湧いた。ダンジョン――魔力で生成された物質は電波を通しやすかったり増幅したりするのだろうか? それとも食料や燃料が生産されるように、『人類の願いを叶えて』電波も通るようしたとか? いや、今はそれを考えている場合じゃないな。
「……こっちも無理そうね」
赤月さんが持っているデバイスも同じく無理。ドローンも付いてきていない。ひとまず、朝比奈くんたちがわたしたちの異常を知らせてくれるとは思うけれど……救出は期待できないだろう。トラップは一度発動したら再度起動するのに時間を要するタイプが多いし。……仮に即起動してこちらに来れたとしても二次被害に遭いかねない。
なぜなら、今わたしたちが目にしているこの光景は、トクガワダンジョンのデータベースに一切載っていなかったからだ。
「よりにもよって未探索領域か……」
「ですよね……」
赤月さんも察したようで、苛立ちを示すように爪を噛んでいる。
シノもやっと自分が置かれた状況を把握し、顔色を青くした。
「え。れ、レイカさん……あ、アタシたち、ひょっとして……ここから、出られないの……?」
「それは……」
震える声で絞り出されたそれに、赤月さんは明確に答えを出せないでいた。いかに中堅探索者であろうと、未知の状況を前にしては大口を叩くことはできない。むしろ探索者歴が長ければ長いほどダンジョンの脅威は身に染みることだろう。いつもの通いなれたダンジョンであっても、油断をすれば死に繋がりかねないからだ。今回みたいに異常事態が起こることだってしばしばあるし……赤月さんはこの前メイコーダンジョンでも異常事態に遭遇したばかりなので、なおさらだと思う。運が悪いのやら、今回もわたしがいたので良いのやら。……わたしのせいだったりしないよね?
さりげなく赤月さんを誘導しながら脱出という手もなくはないけれど、シノに強いストレスを与え続けるのはよろしくない。ことここに至って、能力を隠したいなどとは言ってられなくなってしまった。
「二人とも、今回ここで起こったこと……わたしに関することを言わないでもらえますか? もちろん強制ではなくお願いというレベルなのですが」
「……セツナ?」
「……それは一体どういうことかしら?」
「これを見ていただければわかるかと思います」
言いながら、わたしはレッドの仮面を魔力で生成した。赤月さんもシノも、目を見開く。
「偽物が流行っているけど……模造品を取り出した、というわけではないわよね?」
疑っている、というほどではないけれど、念を押してくる赤月さんに対し、わたしは幻影で赤髪に変化させることで回答とした。「え? え?」とシノの戸惑う声が聞こえる。
「まさかメイコーダンジョン入口ですれ違った子がそうだったなんて……偶然って重なるものね」
「……あの一瞬で顔を覚えたんですか?」
「いいえ。ただ、ものすごいスピードで走っていく後ろ姿は見えたから、遠征してきた中級者なのかと印象は残ったわ」
……これ、ひょっとしたらあのナンパ男たちにも疑われていたりするのかしら……メイコーダンジョンに行く時は気を付けないとなぁ。
仮面を消して髪色を戻すわたしに、シノが詰め寄ってくる。
「セツナ……本当にレッドなの……?」
「そうだよ」
「……その、なんで隠しているの?」
「一番の理由は、ヒナタに迷惑を掛けたくないからかな」
マスコミや企業に狙われる、場合によっては家にまで詰めかけられてしまうことになる、というヒナタの懸念を話すと、シノは「なるほど……セツナはシスコンだったわね……」と納得の色を見せた。え、理由そこなの?? 否定はできないけどさ。
……時折、勇者としての力を有効に使わなくていいのだろうか?と悩むことはある。けれど、それでエルフェリアやヒナタに迷惑を掛けることだけはしたくない。彼女たちが第一、他の人はそれ以降。ちゃんと線引きをしないと……また、傷付けることになってしまうから。
よみがえりかけた過去の苦い記憶を飲み込み、二人に改めて視線を送ると、口外しないと頷いてくれた。安全を盾にしているようで申し訳ない気持ちはあるけれど、それも飲み込む。
「もし何か聞かれたら、逃げてたら出られたとか、あとは赤月さんの手柄にしてもらっても構いませんので」
「それはそれで気が引けるわね……まぁ適当に誤魔化すようにするわ」
「シノも、絶対に家に帰してあげるからね」
「……う、うん」
力は見せるけれど、メイエキタワーダンジョンの攻略者とまでは知られたくない。なのでわたしは剣は出さず、レッドとして戦うために魔力でガントレットとグリーブを作成する。……似せる必要もないのにジャスティスヒーロー・レッドの装備品に似てしまったけど……まぁいっか。
「……さっきの仮面の時も思ったのだけど、それはどうやって出しているのかしら?」
「魔力で作っています。装備品の重さを感じないので便利ですよ。もちろん魔力を消費するので、状況によっては止めた方がいいですが」
「……そ、そう」
油断できないのはそうなんだけど、周囲から感じる魔力圧から察するに全力装備を出すまでもない。おっと、わたしはともかく二人は不安だな。ごそごそと空間収納から腕輪を取り出し、魔力チャージしてから二人へと渡す。
「セツナ、これは?」
「防御の魔法が掛かった腕輪だよ。攻撃を後ろに通す気はないけど、万が一がないと言えないからね」
「……もうなんでもアリね……」
シノはまじまじと、赤月さんは何故か遠い目をしながら腕輪を身に着ける。……魔道具もまだそんなに出回っていないのかな? まぁ二人の安全には変えられない。
ちなみに、このアイテムは一見便利そうだけど、敵が強ければ強いほどギリギリの見切りとなって無駄に発動して魔力を消費してしまうので、旅の後半にはほぼ使わなくなった品物である。必要になった時はエルフェリアが魔法を使用してくれたしね。
「探知」
ここはマップも何もない領域だ。まず周辺把握のために使用する。また赤月さんが突っ込みたそうに口をむずむすさせていたけれどスルーです。ごめんなさい。
廊下の後方は行き止まり、前は……想像通りにモンスターが多数だ。わたしの報告にシノが不安そうに言う。
「さ、避けていくとか、できないの?」
「んー……迷宮型だけあって複雑に入り組んでいるみたいなんだよねぇ。モンスターがいる方を突っ切った方が早いかも」
「……その判断の理由はなにかしら?」
「基本的に侵入者……というと飛ばされた身では理不尽ですね。トラップに引っ掛かった哀れな犠牲者を逃がさないためにモンスターが配置されていることが多いんです」
門の前に門番がいるとか、宝箱の前に番人がいるとか、そんな感じだ。
「適当に避けてからバックアタックされても面倒ですし、やっぱり全部ぶちのめした方がいいですね」
「………………そう」
脳筋と思われてしまったかな? 頭脳担当はエルフェリアだったからね……わたしの頭脳では探知情報からいい感じにルートをピックアップできなくて……。
「まぁ、立ち止まっていてもどうしようもないですから。行きましょう」
「……えぇ」
「わ、わかった」
わたしを先頭に、先へと足を向ける。




