05 広がるレッドの話題
晩御飯を食べ終え、お風呂も終わって、後は寝るだけの状態になると、エルフェリアはわたしの部屋を訪れる。単にエルフェリアの部屋に何も暇つぶし用の物がないのだとしても(情報端末を貸したからあるといえばあるのだけど)、わたしと話したいと思ってくれているならとても嬉しい。
「それで、エルフェリア、今日はしばらく一人で過ごして大丈夫だった?」
「はい、特に問題はありませんでした。元々そこまで外で活動する方でもなかったですし……」
新しい町に着いても物珍しさで見て回りたくなるのは大体わたしで、いつも付いてきてもらってたっけ……懐かしいな。……いや、連れ回してなんかごめん。
今更な謝罪にエルフェリアは小さく笑う。
「私も楽しかったですし、気にしないでください」
「そう? なら良かった」
エルフェリアは発言をオブラートに包むことはあっても、嘘を吐くことはないからね。いやまぁ、他の仲間たちも嘘を吐くことなかったか。いくらわたしが勇者として情けなかったとしても、聖女であるエルフェリアが付いている状態で、そんな人がパーティメンバーになれるわけもない。
「わたしの学校生活は夕方に話した通りだけど、エルフェリアはどうだったの?」
「基本的にはこの情報端末で色々調べものをしていました。操作に慣れるまで大変ですが、非常に多くの情報が入手できてとても便利ですね」
異世界アルスリオではネットなんてなかったからねぇ。代わりに魔法での伝達手段があったとしても、サーバに無数の情報が記録されていて、アクセス許可さえあれば世界のどこからでも閲覧できるという利便性には敵いやしない。ただ、匿名で書き込める場所には偽情報も混じっていたり、情報抜き取りをしてくるサイトもあったりするので、そこは困りものだ。失礼ながら、エルフェリアに貸している情報端末にはこども向け設定がしてあるので、後者の部分は大丈夫だと思うけれども。
「どんなことを調べてた?」
「まずはこの国の法律ですね。たくさんあって覚えるのは大変です」
「お、おおぅ……真面目だ……」
わたしはアルスリオの法律とか勉強してなかったというのに。いつもエルフェリアが一緒で、あれはダメこれは大丈夫と教えてくれたから必要なかったのかもしれないけれど。
その他にも歴史や文化など広く浅く見て回ったと聞いて、ふと思いつく。
「わたしの小学校中学校時代の教科書データが残ってるから、そっちで勉強した方がわかりやすくまとまっているかも」
「……小さな子どもでもそんなに勉強をするのですね」
「この国は義務教育があるからねぇ。むしろ受けさせない親には罰があるくらいだし」
言いつつ、エルフェリアの情報端末にデータを転送する。実物とデータという媒体の違いはあるけれど、エルフェリアは本を読むのが好きだったので嬉しそうだ。ハッ、これはわたしのマンガコレクションを布教するチャンス……ではないですね。あれはあれで馴染みのない人が読むのは大変らしいし、もっと慣れてからにしよう。
「あとは、瞑想しながら魔力について調べていました」
それは予想できた話……というか、これがエルフェリアの最優先調査項目だしね。魔力のことがネットに載っていたとしても、エルフェリアより詳しい人なんて居ないだろうし、直接自分で調べた方が早いに違いない。
「何かわかったことはあった?」
「いえ……大したことは。アルスリオに比べて濃度は低いですが、性質に変わりはないということくらいですね」
濃度が低いのは、まだ世界に魔力が満ちきっていないからだろう。神様直々にアルスリオで管理していた魔力が流れ込んだと言っていたし、性質が同じなのも頷ける。
「それがわかっても連絡はまだ取れそうにないです。もうしばらくお世話になる必要がありそうで、お手数をお掛けします」
「いやいやいや、気にしないで。全然居てくれて構わないからね。わたしがめちゃくちゃお世話になったんだし、そのお返しもあるからさ」
むしろ一生居てください……とはヘタレなので言えない。その手前すら言えてないのに、問題外である。そもそも、エルフェリアに好意を向けられているとわかってはいても、種類まではわかっていないのだ。『友達だと思っていました……』なんて返ってくる可能性だって全然ある。……うっ、想像したら胸が痛くなってきた。
「……セツナ、なんだか妙なことを考えていませんか?」
「い、いや、うん、大丈夫」
エルフェリアからなんともいえない視線が向けられるけれど、ピロンという音が遮ってくる。グループチャットの通知だ。なお、クラスチャットの方は個別メンション以外の通知は切っている。結構流れが早いので。エルフェリアに「見てもいいかな?」と許可を得てから目を通す。
内容は明日のダンジョン実習についてだった。シノの『楽しみ!』という会話を皮切りに『緊張する』『だねー』などピロピロと通知が届く。わたしは『きちんと寝て、万全に体調を整えて臨もう』と送信しておいた。睡眠大事。
その通知に紛れて、ヒナタからもチャットが届く。なんだろう、と見てみたら……思わず変な声が出た。
『メイコーダンジョンにレッドの目撃情報がたくさんあるってさ。ウケる』
わたしは休日の間はずっとヒナタとエルフェリアと一緒にいた。夜中に抜けだしたりもしていない。ヒナタもそれを知っているからこそ、わたしを疑うでもなく『ウケる』と言っているのだろう。
エルフェリアが何を話しているのか気にしだしたので、ヒナタとのチャット画面を見せると。
「……あぁ、そういえば。気分転換にだいばーすとりーむも観ていたのですが、そのようなのもありましたね」
「え、観たの?」
「はい。……セツナの能力には全くもって及びませんでしたが」
「……あはは」
エルフェリアがおかんむりだけど、そんな顔もかわいい。
ダイバーストリームのサイトを開いて検索してみると、確かにいくつものアーカイブが残っていた。軽く観てみたけど、まぁどれも酷い。
まずレッドの体型に似ていない。明らかに大人の男性だ。わたしと同じにしようと思ったらほぼ同じ年代の少年少女に限られるのだけれども……だからこそ『なんで真似しようと思った』という感想が出てくるわけでありまして。視聴者からも多数のツッコミやら罵詈雑言やら飛び交っている。さもありなん。とはいえ、中にはネタとしてあえてやっている人もいる。……むしろネタ以外がいるのが怖いんだけど……あらゆる手で視聴数を増やそうとするのはこの時代にも居るものでして。……そういえば、勇者時代にも勇者の偽物の情報が出回っていたっけ。世界を越えても同じようなことをしている人がいるんだなぁ、などと思わず遠い目をしてしまった。
その他も『レッドの正体に迫る!』と言いつつ、てんで見当違いなことを言っている人とか、『実は友達なんだよね』と嘘八百を並べ立てている人とか、どれもまともに取り合う必要がないレベルである。
「……ん?」
その中で一つ、異色なものを見つけた。しかもやたら再生回数が多い。それは『レッド、私と勝負しろ!』と少し年上くらいの(今のわたしの見た目と比べて)外国人の少女が宣戦布告?している内容で。……リオを彷彿とさせるなぁ。
ヒナタに『この人知ってる?』とアドレス付きでチャットを送ると、『若手探索者の中でもかなり有名で強い人だよ』と返ってきた。ふーん?
「……セツナ、その人に興味があるのですか?」
「ちょっとね。……もちろん、探索者として、という意味であって、他意はないよ……?」
「……そうですか。会うのですか?」
「いやいや、会わないよ。というか無理でしょ」
現在、探索者の出入国には制限が掛かっているらしい。人材の流出を防ぐために出国を制限し、資源泥棒を防ぐために入国を制限している。申請して、対象国双方の審査が通って、契約書を書いて、やっと出入国ができるのだとか。わたしはそこまでして会いたいとも思わないし、あちらさんもさすがにそこまでの熱意はないでしょう。『レッドと勝負したいから』なんてバカみたいな理由で申請が通るとも思えないし。
わたしの答えに、エルフェリアは曖昧な笑みを浮かべ。
「……それ、セツナの言葉をお借りすると、ふらぐというものになるのではありませんか?」
「え? いやいや、まさかそんな……」
……ないよね?




