04 魔法使いの入り口
リビングのソファにヒナタを座らせ、わたしはその前にしゃがみこむ。
「お姉ちゃん、部屋の中でやって大丈夫なの?」
「うん、まずは基本の基本からだしね。いきなりファイアーボールとか出したりはしないよ」
左手でヒナタの右手を、右手で左手を握り、輪のような形を作る。
そして、ゆっくりと魔力を流し始めた。
「わたしの手を通してヒナタに魔力を送っているけど、感じる?」
「……よくわかんない……」
むぅ、わたしのやり方がへたくそなのだろうか。ここはわたしの魔法の先生でありプロであるエルフェリアにやってもらうべきか?と考えたのだけども。
「……すみません、私は、その、ちょっと。セツナがやってあげてください」
「? まぁムリにとは言わないけども。昔、エルフェリアに教えてもらった方法はこんな始まりだったと思ったけど、合ってるよね?」
「……そういえば、そうでしたね。合っていますよ」
うん? なんか言い回しがおかしくない? ……まぁやり方が合っているならいいか。
「えっと、説明が遅れたけど、これはまず第一に魔力を自覚する方法。自分の中の魔力を感じ取れないと使用もなにもないからね」
「……なるほど。マンガとかでもそんな話あったかも」
「だよね。この世界の人たちは魔法の使い方を知らないはずなのに、それを物語で表現してるのってなんだか不思議だったよ」
まぁこの世界と異世界アルスリオは近い位置にあるらしいし、どこからかそういう知識とか意志とかが紛れ込んだのだったりして……というのは、さすがにマンガの読みすぎか。
今度は右手からわたしの魔力を送りつつ、ヒナタの体を通って、わたしの左手へと戻してみる。
「今のはわかった?」
「……うーん……」
難しい顔をしている。ダメだったようだ。
ただ、魔力を流したことでわかったけれど、ヒナタの体内には少量だけど魔力が宿っている。世界に魔力が湧いたことで、わずかずつながら人体にも影響を及ぼし始めているのだ。
この影響を早める行動の代表的なものが、ダンジョンに行くこと。そして、モンスターを倒すこと。ダンジョンは魔力の凝縮によって生成される構造物であるし、モンスターも魔力でできた存在である。双方の共通点としては『(濃い)魔力に触れること』となる。
だから探索者たちはダンジョンに潜って戦うほどに強くなる。単に経験を積んだというだけでなく、魔力を得ることで体が強化されていくのだ。わたしが勇者にまでなれたのも、訓練とモンスター討伐を繰り返し、大量の魔力をこの身に取り込んだからこそだ。
わたしの説明に、ヒナタは感心したように頷いた。
「へー……研究者さんの中にはそんなことを言ってる人もいたかな。一番有力な説は、モンスターを倒して経験値を得ているから……だったかな。一部ではゲーム脳って叩かれてるけどさ」
「その言い方もあながち間違いではないかもね」
モンスターを倒すことで魔力を霧散させ、その魔力を浴びる。その魔力を経験値と捉えれば当てはまる。
「つまり、モンスターを倒さなくても、ダンジョンに行くだけでも強くなるの?」
「魔力を得るという意味ではそうだけど、その魔力を体に馴染ませることが必要になってくるかな。それは訓練でも可能だけど、やっぱり戦うのが一番なんだよね」
これは上手く言葉にできないけれど、訓練と実戦では……なんというか、緊張感とか、空気とかが違うのだ。訓練でそこまで真剣にやれれば話は別だろうけど、実戦には及ばなかった。訓練でできないことは実戦でもできないことの方が多いので、訓練自体も大切だけどね。
すると、ヒナタは顔を曇らせる。
「どしたの?」
「……お姉ちゃんがあれだけ強かったのは、つまり、ものすごく戦ってきたからってことなんだよね……?」
「……まぁ、そうだね」
世の中には天才と呼ばれる人もいて、ちょっとの経験でめちゃくちゃ強くなれる人もいたりしたけど、わたしはそうではなかった。ただただ、努力を重ねるしかなかったのだ。元々の弱さだけでなく成長率も悪いとなれば、史上最弱勇者などと言われても仕方のないことだろう。まぁこの単語を口にするとエルフェリアの機嫌を損ねてしまうので言わないけどね。……今も鋭く察しているのか、微妙な気配を感じる気がする……話を逸らさなければ。
「たしかにすごく大変だったけど……わたしにはエルフェリアが居てくれたからね」
勇者として召喚されながらも弱かったわたしを、見捨てたりせず、諦めも呆れもせず、ひたすら根気よく付き合ってくれた。色々教えてくれた、怪我を治してくれた、側に居てくれた。その大きな献身があったからこそ、わたしは頑張れた。……だから、好きになってしまっても仕方がないよねっていう。コホン。
「この世界もダンジョンのせいで危険になってしまったかもしれない。強くなることも必要になってしまったかもしれない。でも、大丈夫」
握ったままだった手に、少しだけ力をこめる。
「わたしがヒナタを守るから。ヒナタはムリせず、ゆっくりと育っていけばいいよ」
「…………お姉ちゃんは過保護だねぇ」
「そう?」
「そうだよぉ」
呆れたような声だけど、顔が笑っているから大丈夫なのだろう。これで「お姉ちゃんは過干渉だよ!」などと言われたら大きなショックを受けたことだろう。……なんか思春期の娘を持つ親みたいだな? わたしはまだ十五(プラス五)歳なんだけどな。でも両親が亡くなってしまった今、ヒナタの家族はわたしだけだし、ここはやはりお姉ちゃんが守らねばいけないのですよ。
わたしの肩に、そっと触れる手。エルフェリアのものだ。
「できれば私も仲間に入れてほしいものですね」
「うん、エルフェリアも居てくれれば百人力だね」
「エルおねーちゃんなら大歓迎だよ」
……エルフェリアも『家族』になってくれたら嬉しいなぁ。なんて浮かんだけれど、心にしまっておく。告白すらできないヘタレには過ぎた願いだ。……いやまじでどうしようね……。
悶々と心中で悩むわたしの両肩にエルフェリアが手を置いてくるものだから、一瞬鼓動が跳ねてしまった。いや内心と全く関係ない行動だったんですけれどもね?
「セツナ、私が貴女の補助をします。もう一度、ヒナタに魔力を送ってください。少しずつ」
「え? わかった」
なんでエルフェリアが直接やらないんだろ?と思いつつも、指定通りに少しずつヒナタに魔力を送っていく。わたしの魔力のはずなのに、エルフェリアの手を借りたことでよりヌルっと動いたのは気のせいではないようで。
「わ、わわっ……なんか、来たかも……!?」
「おおっ」
「すごいすごい、これが魔力なんだ……! あったかいというのは同じのに、おひさまを浴びたとか、お風呂に入ったとか、そういうのとは違う感覚がする……」
うむうむ、そうでしょう。わたしも初めて感じた時は、形容しがたい感覚にものすごーくビックリしたものだよ。
「その魔力を感じるのが基本の基本だよ。その次は、自分自身の魔力を掴んで動かすことかな。わたしの送った魔力がヒナタの魔力に混じってしまっているだろうけど――」
「セツナ、それは間違いです」
「え?」
最初に教わった時はこうだったはず……もしかして記憶違い?と首を傾げたけど、別に間違っているわけではなかった。
「混じるのは私の魔力が精霊に近かったからです。人同士であるセツナとヒナタであれば違います。ヒナタ、セツナの魔力に押されるような感覚はありますか?」
「えっと……これかな?」
「それが貴女自身の魔力です。それを自覚して、意識して動かしてみてください。セツナは魔力を送るのを止めてください」
「あ、うん」
ほーん、そんな違いがあるんだ? などと感心している間に、ヒナタは早速コツを掴んだらしい。きゃーきゃーとはしゃいでいる。当時のわたしを思い出してなんだか微笑ましいものがあるなぁ。エルフェリアも同じく思い出したのか、小さく笑みを浮かべていた。
そうして二人してヒナタを眺めていると、ぐぅ、と大きな音が響いた。音源は……ヒナタのおなか。
「……うっ」
「あはは、魔力運用に慣れないうちはカロリー消費も激しいからね。慣れれば消費量も減ってくるよ」
「やりすぎると倒れてしまうので、当面の間はセツナか私の前で練習した方がいいでしょう」
「はーい」
さて、ヒナタのお腹を満たすためにも晩御飯にしようか。お祝いにお姉ちゃん張り切っちゃうよ?




