03 探索者科
探索者科のカリキュラムは半分がダンジョン関係のものであり、残り半分に五教科の授業が詰め込まれていた。卒業時に高卒扱いになるけど……大学などに入るには結局受験が必要になるので、進学したければ自分で勉強する必要が出てくる。まぁ探索者科を選択した生徒は大学に行かずに探索者になると想定されているのだろう。わたしは……どうしようかなぁ。三年あるのだし、ゆっくり考えよう。勇者時代は早く強くならなきゃとあくせくしていたので、のんびりしたいものだね。
「セ、セツナぁ……ちょっと速いよぉ……」
「……おっと?」
シノに後ろから息も絶え絶えに言われ、わたしは走っていたスピードを緩める。
今は探索者として活動するためにもっとも必要な要素……つまり体力を付けるための時間だ。よってわたしたちはジャージ姿でひたすら校庭を走らされている。武器を振り回したい男子たちからは不評らしく方々から不満の声が出ているけれど、体力がもっとも必要なのはわたしも同意なので、みんな頑張っておくれ。武器を振るって戦うのだとしても、逃げるのだとしても、何をするにしても必要になる要素だから、あればあるほど生き延びる確率が高くなる。
そして、校庭の端の方には筋トレ用の器具と、レジャー施設にあるアスレチック設備をハードにしたような物が色々と設置してあった。どうやら自衛隊の訓練も参考にしているらしい。納得できる話だし、ある程度までは有用だと思う。あとは魔法の授業があればなおいいんだけど……誰が教えるんだって話よねぇ。
「……やっぱ、セツナは、体力あるねぇ……」
『五年間勇者をやってたから』なんて当然言えないけれども、召喚前から『人助けに必要になるかも!』ということで体力作りを頑張っていたおかげか、シノには不思議に思われてはいない。普段の行いって大事ね……?
周囲をぐるりと見回してみる。半周くらい後ろの位置にミズキとサラがいた。自分たちのペースは保っているのか、疲れは見えているけどグロッキーというほどでもなさそうだ。男子もバラバラにそれぞれのペースで走っており、始めに速度を出しすぎたのかよろよろと走っている人もいるけれど、女子組とは基礎体力が違うので何周か多く走っていたりする。
その中でも目立つ位置、先頭をぐんぐんと涼し気に走る男子と、意地で食いついているのか顔をしかめながらも並走する男子がいた。
わたしの視線の方向に気付いたのか、シノが男子二人について話す。
「朝比奈くんと、藤堂くんは、相変わらずだねぇ」
シノの口振りからすると、あの二人はいつも争っているみたいだな。ライバル関係というやつだろうか。……なんとなく、何かにつけては模擬戦をしたがる女剣士のリオを思い出した。エルフェリアは苛烈なリオに怒っていたけど、わたしとしては剣の訓練になるので助かっていた。……いつも怪我をしては治してもらっていたので、そこは申し訳ない。
リオも最後には「もうセツナと戦えなくなるのかよ……クソッ!」と言っていたので、おそらくは別れを惜しんでくれていたのだろう。サンドバッグがいなくなることを残念に思っていたわけではないはずだ。さすがに。
シノの呼吸が怪しくなってきた頃、ホイッスルが鳴り響く。規定の時間が経過したみたいだ。
「シノ、大丈夫?」
「……はぁ、はぁ」
「まず大きく吐いて、それから小さく吸って」
『苦しい時ほど吐け』と勇者になりたての頃は散々言われた。まぁ当時は「たかがこれだけのことができないのか」と嘆かれたり、時には罵倒されたりもしたのだけど……う、思い出すと泣きたくなってくる。
心の中で黄昏ている間に、シノは回復を果たしていた。
「……ありがとね、セツナ」
「これくらい、どういたしまして」
ポンポンとシノの背中を叩いてやる。……うん?
どこか引っ掛かりがあるが、それが口から出る前に教師の声が届く。うっかり口に出さなくてよかったと、後になって思い返すことになるのだが。
「この後は着替えて明日の実習に向けての座学だ! 疲れたからって寝るんじゃないぞ!」
疲れた後の頭を使う授業に「うえぇ……」とシノがうめいた。……まぁ、頑張ってね。
「……ん?」
その時、ふと、何かを感じた気がして……地面を見る。
「どしたの、セツナ?」
「今、揺れた?」
「そう? 何も感じなかったけど?」
じゃあ気のせいか、もしくは震度一の弱い地震が起こったってところかな。地震大国だしねぇ。
「……こちらの世界では、そのような感じなのですね」
一日の授業を終えて帰宅。笑顔で出迎えてくれたエルフェリアにてれてれとしながら、学校での出来事を話していた。すでに帰ってきていたヒナタも興味深そうに聞いていた。
「まぁ探索者科は新設されたばかりだからね、手探り状態なんだと思うよ。エルフェリアみたいに回復魔法が堪能な人も少ないだろうし」
異世界基準でぬるく感じるのは仕方のないことだろう。わたしの場合は「勇者が戦えないのでは困る!」と特にスパルタで鍛えられたらしいし……落差に風邪を引いてしまいそうだ。いまさら風邪に罹るような柔な体ではないんだけども。
吐くまでひたすら走らされ、筋肉痛でろくに剣が握れなくても容赦なく打ち込まれ、魔力枯渇して気絶するまで魔法を使わされ、ダンジョンに放り込まれ……さすがに人権意識のあるこの世界でそんなことはやってられないだろう。なによりわたしがそんなひどい訓練をくぐり抜けてこられたのは、エルフェリアが魔法で回復してくれていたからだ。……回復してはすぐに訓練に戻されたっけな。ウフフ。
「お姉ちゃんの目が死んでいるよ……」
おっと、意識を戻そう。
魔力が湧いてたったの五年だ。軍人や武道の心得がある人以外はろくに戦えないし、魔力運用に至っては知識ゼロから始まった中、効率的な訓練方法なんて早々に確立できやしないだろう。
わたしとしては、そんな状態であっても体を張ってダンジョンに潜ることを選んだ探索者たちには賞賛を贈りたいくらいだ。きっちり訓練されたわけでもないだろうに、とても勇気が必要なことで、わたしなんかよりよっぽどすごいとも言える。それがお金目的であったり……メイコーダンジョンでナンパをしてきたあの男たちであってもだ。
「セツナは十分にすごいですよ」
「……ありがとう」
エルフェリアがにっこりと、それでいてどこか圧のある笑顔で言う。いわく、もっと自分に自信を持ってとのことで。魔王討伐をしてのけたくらいだし、自信がないわけじゃないのだけど……ある意味至れり尽くせりだったわたしと比べるとねぇ……? ……ンン、これ以上圧を向けられないように話題を逸らそう。
「そ、それで、明日は実際にトクガワダンジョンに潜っての実習に行くんだよね」
「おぉー、探索者科らしいね!」
ダンジョン実習なんて、むしろ探索者科でぐらいでしか行わないだろう。すでに活躍している探索者を講師として呼んで一緒に潜るらしい。ぶっちゃけわたしは一人でも大丈夫だけど、これはこれで楽しみだ。
「でもお姉ちゃんの場合、うっかり力を見せないようにしないとね」
「そうだね、そこは気を付けるよ」
本当にね……うっかりしないようにね……。
「でも、さりげなく誘導とかは可能ならしたいかな」
「誘導、とは?」
「こう、素質のある子の能力をちょっと引き出すみたいな?」
「それは……先ほどのお話に出てきた、アサヒナという方のことでしょうか?」
「え? いや、シノのことだよ」
なんでその名前が? 体力はかなりある方っぽいけど、あの人の力なんてわたしは知らないよ?
わたしの回答にエルフェリアはぱちぱちと目を瞬かせてからそっと目を逸らした。……うん? なんだろう? まぁいっか。
「背中に触れた時に引っ掛かるものがあったんだけど、今それが何かわかった。あの子、魔力で微回復してたんだ」
「まぁ」
「? お姉ちゃん、それはどういうこと?」
「無意識にだけど回復魔法を使ってたってことだよ。つまりシノには回復魔法使いとしての素養があるってこと」
さすがに回復魔法そのものを教えることは不自然だからできないけど、魔力の使い方をそれとなく教えることくらいならできるかもしれない。
……そして今になって、あることをハッと思い出す。以前ちょっと思い浮かべていたはずなのに、すっかり頭から抜けてしまっていた。
「……ヒナタも魔法使ってみる?」
「え? うん、使ってみたい!」
「ふふ、それは面白そうですね」
よし、エルフェリアと一緒にヒナタ育成だ! ……もちろん無理のない範囲でね!




