02 学校へ
「……当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、校舎は普通なんだな」
自分が通っている学校の校舎を見ながら独り言ちる。
わたしは勇者として異世界アルスリオに召喚され、五年の歳月を経てなんとか魔王を討伐し、元の世界へと送還された。五年前の時点に、五年前の姿に戻してもらって。
……そうして無事に帰ってきたと思ったのだが、わたしが戻ってきた世界は、わたしが召喚された時と大きく異なっている点があった。
ダンジョン。
異世界にしかなかったはずの魔力がこの世界へと流入し、世界中にダンジョンが生えてしまっていたのだ。それも、五年前からそうなっていたという。神様がわたしを『今から五年前の』異世界に召喚したことが関係しているんじゃないかと思うんだけど……理由までは教えてもらえなかった。
わたしの持つ記憶に『元の世界にもダンジョンがあった』なんてものはない。元の記憶と、異なる時の流れた今の世界の記憶。その二者間に齟齬があるという状態だ。だから『自分が通っている学校を初めて見る』なんて妙なことになっている。
今のところ大きな問題はない。けれどそれは、帰ってきてから深く接してきたのが妹のヒナタだけだからだ。ヒナタには早々に勇者バレしたこともあって事情を話しているから、「知らなくても仕方がないね」と流してくれた。
……はたして、これから会うクラスメイトたちとはどうなるのだろうか。まだ入学して一か月なので『ごめん、名前覚えてなくてさー』とかでギリ通せるレベルではあるだろうけれども……不安だ。
「まぁなるようにしかならない。教室に行こう」
わたしは他の登校中の生徒の流れに乗って入口へと向かい、ゲートで学生証をスキャンして中へと入る。校舎内でも土足で上がることになっているので、下駄箱での履き替えはない。
ここから先はわかる。情報端末にわたしのクラス、教室の場所、席順まで全て載っていたからだ。ビバ情報化社会。とはいえ初めて通る廊下を不安に思いながら歩いていたら、やがて先の方に目的の『D1ー2』のクラスプレートを見つけた。
ホッと息を吐いて教室に入ろうとしたその時。
「セツナ! おっはよー!」
肩を叩かれて振り向いてみれば、見知らぬクラスメイト……ではなく、見知った顔だった。
「おはよ、シノ」
彼女、成瀬シノは、わたしの中学生時代にできた友人だ。活発な子ではあったけど、同じ学校、それも同じ探索者科だったなんて。これは入学時もしくは中三の進路選択時に済ませたやり取りだと思うので、口には出さない。まぁ連休中にやりとりしていたグループチャットですでに知っていたのだけれども、改めて対面するとなんだか不思議な気持ちになった。
連れだって教室に入る。登校済みの生徒は半数くらいで、さも知ってますよという顔をしながら挨拶をしていく。席に着いて荷物を置いていたら、サッと自分の席に荷物を置いたシノがポニーテール揺らしながらわたしの席までやってきた。
「ねぇセツナ。ちゃんと課題やってきた?」
「あ、うん、大丈夫だよ」
課題とは、『連休中に、実習先のトクガワダンジョンの情報について調べておくこと』だった。実に探索者科らしい。
トクガワダンジョンとは、この高校から近くにある(近くにあるからこそ、探索者科が新設されたのだろう)トクガワ園にできたダンジョンだ。美術館も飲み込まれてしまって貴重な資料がなくなったと嘆いているらしいのだけど、行ったことがないせいか水族館ほどのショックはない。
階層は十五階層と深いけれど、メイコーダンジョンほど広くはない、迷宮型。迷宮といっても浅層はただの入り組んだ通路というだけであり、特に最初の三層は簡単でマッピングされつくしている。だからこそ探索者科の訓練場にも選ばれたのだろう。初心者は浅層で訓練して、慣れてきたら深層に行くこともできる。更に親切なことに、このダンジョンは三層ごとに階層間転送ポータルがあるみたいだからね。
「シノ、セツナ、おはよう」
「おはよう……」
おっと、女子のクラスメイトが来た。シノとは違い見知らぬ子で曖昧に「おはよー」と返すけど、シノがさくっと名前を呼んでくれたことで解決する。
「ミズキ、サラ、おっはよー! サラは眠そうだねー」
「連休明けの早起きはつらい……」
「わかるー」
ロングのお嬢様っぽい子が佐伯ミズキ、おさげの大人しそうな子が高坂サラね。グループチャットで見た名前と顔を一致させていく。……どっちも探索者を選びそうにない……と、見た目で判断するのは失礼か。それでいうと、エルフェリアとか戦いとは無縁な清楚系にしか見えないからね……。
『連休は何してた?』などといかにも女子高生っぽい会話をしながら周囲も観察する。机の数は二十。クラスのチャットルームもあったのですでに知っている数字だ。ここは二組だからもう一クラスあるとして、探索者科一年の生徒は四十名か。多いのか少ないのかよくわからないな。そして机はほぼ男子で埋まっており、このクラスの女子はわたしたちだけ。まぁこういうのは確かに男子の方が多そうだな。
そうこうしているうちに予鈴が鳴った、会話を切り上げて各々の席へと戻り、本鈴も鳴る。同時に、ガタイのいい男性が教室内へと入ってきた。担任の佐々木先生だろう。学校紹介パンフレットによると警察OBらしい。たしか警察って柔道か剣道が必修らしいので、あの人も武術の心得があるのだろう。……まぁ人型のモンスターって少ないんだけどさ。だとしても、経験があるのとないのとでは大きく変わってくるだろう。
「全員席に着けー」
先生は軽く教室を見渡し、全員登校していることを確認してからホームルームを開始する。この後の授業に関する話と……雑談のチョイスに少しばかりドキリとなった。
「つい先日、メイエキタワーダンジョンで噴出が起こったことに、おまえたちなら当然注目していることだろう」
他でもないわたしが対応したやつだ。バレているはずはないと思いつつも、つい手に汗を握ってしまう。
「今回は幸いにして怪我人が数人出ただけで終わった。……まぁ、解決した奴が謎の人物となっているんだが」
ざわざわと教室がざわめく。みんなその『謎の人物』について話していた。クラスチャットでも大盛り上がりだったのに、直接顔を合わせての会話だとまた違うのだろう。
わたしはといえば、怪我人が出たという言葉に眉をひそめてしまった。……わたしが全てを救えるだなんて烏滸がましいけれど、痛ましく感じてしまう。
勝手に罪悪感を感じているわたしを余所にみんなは正体は誰だの、魔法がすごかっただの飛び交い……その中の一つが、胸に刺さる。
「でもあいつ、強すぎてバケモノみたいだったよなー」
バケモノ。
……言いたいことはわからないでもない。
ここは異世界アルスリオとは違い、あのように戦える人間はとても少ない。魔力が湧き出し、ダンジョンが生まれ、探索者などという職業が生まれたのがつい最近なのだから。
そんな中、一人だけ突出している人間がいたら……とても異質に映ることだろう。
唇が歪まないようにするので精いっぱいだったわたしの耳に……シノの声が届く。
「いやバケモノってなにさ!? あの人いなかったらこの街は大変なことになってたんだよ? むしろ感謝しないとダメでしょ!」
――。
「い、いや、もちろん感謝してるって」
「そう? だったらよし! でもそれはもう言ったらダメだぞ!」
「……お、おう」
当の男子――シノの隣の席だった――は、シノにニカっと笑われて顔を赤くしていた。……いやぁ、シノも罪作りですねぇ。
表立っては言えないけれど、わたしは心の中で大きくシノに『ありがとう』と頭を下げる。
「あれくらいになれ……とまではさすがに言えないが、おまえたちも探索者科に入ったからには努力をするんだぞ」
「うぃーっす! 任せてくれよ!」
「俺だって強くなってやるんだ……」
「負けてらんねぇよなー」
先生の締めの言葉に、男子たちは三々五々に気炎を上げるのだった。




