01 異世界アルスリオにて
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「あぁん? エルフェリアが消えただと……?」
赤毛の女剣士リオは、応接間の椅子に横たえていた身をのそりと起こしながら、慌てふためき現状説明をする見習い神官に怪訝な声で返した。
「は、はい。どうか、捜索を手伝っていただけないでしょうか?」
その懇願にリオは内心で舌打ちをする。何であのいけ好かない女のためにそんなことをしなければいけないのだ、知っていたら呼び出しに応じなかったのに、と。リオは確かに魔王退治のためにパーティメンバーとして行動を共にしたが、それは勇者セツナに興味があっただけで、聖女だのなんだのと持ち上げられているエルフェリアのことはむしろ気に入らない方であった。嫌悪というほどではない。ただ、道中でセツナに模擬戦を申し込むたびに突っかかってきて、何度邪魔だと思ったことか。
正直に言えば非情に面倒くさい。だが、見習い神官が先ほど言っていた言葉に少し引っ掛かるものがあった。
「もう一度説明しなよ。エルフェリアは、セツナを送還した後に消えたんだな?」
リオはセツナのことは気に入っていたが、帰る時の見送りには行かなかった。行ったところで結末が変わるわけでもなし、これ以上戦えないことへのイライラが余計に募ることになるだけだと思ったからだ。このような事件まで起こってしまっては、行っておくべきだったかという考えが過る。後の祭りでしかないが。
「自分も送還には立ち会っていないのですが、儀式の間から出ていらっしゃったのでそこは確実でしょう」
「……まぁ、あの真面目女が儀式完了前にほっぽりだすことはまずないな」
「けれど、出ていらっしゃってすぐに、勇者様の名を呼び『そちらに飛びます!』と消えてしまわれました……」
リオはそれに心当たりがある。十中八九、いや確実に、セツナに刻んだ感応紋の座標を頼りに転移をしたのだろう。
異世界から召喚された勇者で、アルスリオに不慣れなセツナが万が一はぐれた時のための保険……という建前であるが、実際のところは、自分の魔力を刻んでおきたい所有欲もあったのではないかとリオは睨んでいる。エルフェリアの種族である貴種とは、自身と他者の魔力にやたらうるさいからだ。人間よりも精霊に近く、『魔力が混ざるから』とあまり他者に触れたがらない性質を持っている身。いくら勇者のお守だからといってまずやらない行為だ。それをやる相手は――とまで脳裏に浮かべ、リオは首を振って追い出す。
「転移ができたってことは、セツナの送還に失敗してアルスリオのどこかに居るんだろ?」
セツナの世界に転移魔法で行き来できるなら最初からやっている。そうでなくわざわざコストがバカ高く特殊な召喚・送還魔法を使っているからには、それができない場所だということだ。逆にいえば、転移魔法が使えるならアルスリオにいるという話になる……のだが。
「それが、未だに連絡が取れなくて……」
「セツナにトラブルがあって、そんな暇がねぇんじゃねぇの」
セツナ最優先のエルフェリアなら無視するだろう。神の呼びかけですら後回しにしかねない。もしくは二人きりになったことでこれ幸いとシケこんで……とは言わずに飲み込んでおいた。想像するだけで不愉快だったからというのもある。まぁ送還の日から十日経っているので、さすがにいい加減連絡の一つくらいは寄越しそうなものではあるが……。
しかし見習い神官は、リオの予想に首を横に振る。
「いえ、司祭様がおっしゃるには、そもそも魔法が届いている感覚がない、と……」
「あん? どういうことだ? 届かないくらい遠い場所にいるってことか?」
「そのようです……」
チッと今度こそ舌打ちが零れた。見習い神官が肩をビクリと震わせたのが視界に入り、溜息を吐きながら頭をガリガリと掻く。
「というか、オマエらお得意の神託で神サマに聞けばいいだろ。なんでオレの助力が必要なんだよ」
個人的に気に食わない相手であろうが、エルフェリアは聖女だ。神に愛された女だ。そのエルフェリアが行方知れずとなれば、そして勇者にも何かがあったのかもしれないのであれば、保護のために神託の一つや二つくれるはずだ。いくらパーティメンバーだったからとはいえ、何故ただの剣士でしかないリオに声がかかるのか。武力が必要になる場所にでも飛んだのかと思えば、それも違うようで。
「それが……神々は応えてくださらなくて……」
「……なおさらオレにどうしろっていうんだよ」
アルスリオは広い。どこにいるともしれない二人を、手がかりもなくどう探せというのか。
とはいえ、エルフェリアのことはともかく、セツナのことは気になる。通算で勝ち越しされてしまっているので、もし帰ってないようならばまた戦いを挑みたい。
「仕方ねぇなぁ……」と呟きながらリオは立ち上がった。
「とりあえず、オレにも神託の間を使わせろ。これでも魔王退治をした身だ。神サマだって恩を感じて応えてくれるかもしれねぇ」
「は、はい」
そうして連れてこられた神託の間。道中で会った司祭に使用許可ももらったので問題はない。協力要請しておきながら許可を出さなかったら殴っていただろうが。
さして広くもない空間の中央、創世神の像が頭上の窓から差し込む柔らかな光を浴びながら佇んでいる。その場には小うるさいことをいう人間がおらず一人であることをいいことに、リオは跪きもせず、腕を組んで横柄な態度で神像へと語りかける。
「おい、さすがにアンタらならセツナとエルフェリアの居場所知ってんだろ? 教えてくれよ」
ぞんざいなリオの言葉に、神像はわずかに光を発した。
『知ってるよ。というか、セツナはちゃんと故郷に着いたから心配するようなものじゃないよ』
応えたのは、子どものような高い声。口調も緩いものであったがリオは確かな神威を感じ取り、わずかに冷や汗を垂らす。それでも、気になるワードを前にして畏れてなどいられない。
「故郷に着いた……? じゃあエルフェリアは?」
『一緒に居るね』
「はぁ!? なんで!?」
『……色々と計算違いがあったんだよ』
計算違いなどという簡単な話で済むなら、一体何のためにリオは我慢をしたのか。たまらず声を上げる。
「ふざけるなよ、転移で行けるならオレも行かせろよ! セツナに負けたままでいろってのか!?」
『えぇ……なんなのその理由……。……いや、まぁいいか。キミはセツナの味方だし、僕たちのお願いを聞いてくれるなら飛ばしてあげてもいいよ』
「……お願いだとぉ?」
魔王を倒したばかりで一体何があるというのか。身構えたリオに告げられるそれは、意外なものであった。
『魔王教団のせいで噴出が起こりそうでさ。対処してきてくれる?』
「あん? アンタらは下々の者が何をしようと不干渉じゃなかったのか?」
神が首を突っ込んでくるのは魔王絡みか、世界に対する脅威くらいだ。魔王教団という名前ではあるがあくまで『人』がやらかしたこと、それもたかが噴出程度で神が出てくることなどありえない。
リオの指摘に対し、神は何やら言いづらそうに答える。
『……まぁ、僕たちの不手際もちょっとばかりあるからね。それなのに手助けも何もなしだと、さすがにセツナが可哀想でしょ』
「は?」
セツナは故郷に着いたという。それなのに何故魔王教団の暗躍がセツナに関係する?と疑問が湧きあがったが、それを口にする前に神は動き出した。
リオの足元に転送の魔法陣が展開され、溢れた光がその身を包み込む。
『がんばってねぇー』
「おいこら! もうちょっと説明を――」
視界が光で潰されたかと思えば、闇に覆われ。
次にリオが目を開いた時には――
「……おいおい、なんだよこれ……」
黒いヘドロのような何かの真っ只中に、立っていた。




