25 セツナの決意
治療があらかた終わったみたいなので、密着状態から脱出して隣に座る。正直惜しい気持ちはあるけど、わたしの気がそぞろになってしまうので……。しかしエルフェリアの方は涼しい顔である。気にしているのはわたしだけ……というか、治療なのに邪な気持ちを抱くわたしが悪いのだろうか……ぐぬぬ。
「速度重視で簡易版だったとはいえ、祝福が途中で消えてしまったのは私の手落ちですね……魔王を倒したといえど、研鑽は必要ですね」
「いやいや、十分助かったから。本当にありがとう」
不満そうにするエルフェリアに繰り返しお礼を伝えると、気を取り直してくれたようだ。一つ小さく息を吐いてから、おそらく先ほどからずっと聞きたかったであろう質問をしてくる。
「セツナ、勇気の炉心を使用したということは、貴女にとって譲れないことがあったのですね?」
「……そうだね、エルフェリアにはきちんと話しておきたいかな」
当然ながらエルフェリアも魔王を見ているので、魔王に似ているアレについては話すべきだろう。
屋上で現れた、魔力チャージ量にそぐわない強敵のこと、精霊喰らいのこと、亀裂の中の濃密すぎる闇のことと、そして……助けを求める声のこと。
「強敵が出現した理由も気になりますが……魔王に似た存在、ですか……。それは確かに、考慮しなければいけないことですね」
「わたしが倒したばっかだし、神様も最低十年は発生しないと言っていたから、似てるとわたしが感じただけで、違うとは思う……んだけども……」
神様の勘違いとか、イレギュラーとか、そういうのを考えだしたらキリがないけれど、それでもなんとなく、違う気がする。
大きな理由としては……わたしがアレを見た時に、『倒したい』、『倒さなければ』という感情が湧かなかったから。魔王相手に感じた、『在ってはいけないモノ』という感覚がなかった。亀裂の奥に蠢いていたドロドロの負の感情は見ててゾッとしたけれどもね。
「私が対面したわけではないので断言はできませんが……セツナのその感覚は正しく、魔王ではないのでしょう」
「……その理由は?」
「魔王であれば、助けを求めるという理性はありません」
……なるほど?
わたしが聞いた話によると、魔王とは魔力を核にした負の想念の集合体だ。強いモンスターが王になるとか、過去の悪い魂が誰かを依り代にして……とか、そういう話ではない。つまり、理性どころか物事を考える思考力そのものがないともいえる。……悪辣な行動は色々やってきたけれども、まともな会話ができない時点で理性がないというか、狂気しかないというか。
……あの「たすけて」の一言だけで会話ができたと判断するのは早計なのだろうけれども……。俯くわたしの手をエルフェリアが握ってきた。目線を上げてみれば、どこか困ったような、でも優しい笑みで。
「それでも、セツナは助けたいと……助けると、決めたのでしょう?」
そう、助けたいという『願望』ではなく、助けるという『決意』。
こればかりは、誰に止められても変えられない。たとえその相手が、エルフェリアであっても――
「私が貴女の行動を阻むことはありませんよ。むしろ協力させてください」
「え……でも、これは……」
完全に、わたしのわがままでしかない。
メイコーダンジョンの時のように、できることをやってもらうのとは大きく事情が異なってくる。それこそ魔王相手の時のように危険なことだってあるかもしれない。……というか、予感でしかないけど、きっとある。それに、相手がどこの誰だかもわからないし、どんな状況に陥っているかもわからない。わからないことだらけなのだ。多くの人は無計画すぎると眉を顰めるだろうし、何でもできると思い込んだ傲慢野郎と咎めることもあるだろう。そんな危険でバカみたいなことにエルフェリアを巻き込むのは、大いに気が引ける。わたしは彼女を傷付けたくないのだ。
「私が、ただ貴女一人だけが苦労する様を放置できると思っていますか?」
「えっと……」
「私が一人で苦しんでいたとしたら、その理由が何であろうと貴女は必ず助けてくれるでしょう?」
「うん。それは絶対」
わたしの即答に、エルフェリアは笑みを深くする。
「この前にもお話ししたばかりですが、私も同じように、貴女を守りたいのですよ」
握ったままだった手を、より強く握ってくる。離さないというように、逃がさないというように。
……まぁ、うん、わたしが彼女を好きになってしまった時点で、逃げることなどできなかったのだ。あの時は今生の別れで、再会できるとは思ってなかったけれど……この奇跡が叶ったからには、もう二度と離したくない。
わたしはくるりと手の向きを変えて、しっかりと指を絡めるように繋ぐ。同じような笑みを返したかったけど、わたしだとただへらりとなってしまうのが様にならない。
『あなたのことが好きです』
世界という壁がなくなった今、あの時言えなかった想いを伝えてもいいのだろうか。
……やばい、頭に思い浮かべただけで心臓がバクバクしてきた。言うべきか、言わざるべきか。……しばし悩んだ末、ヘタレて別の話題を出す弱いわたし。
「でも……いいの? エルフェリアは当面は忙しいんじゃない?」
「……忙しい、とは?」
「だって、まずは異世界ときちんと連絡取らないとダメでしょ? 来れたんだから帰れないってことはないと思うんだよね。場合によっては引き継ぎとかで一回は帰る必要も出てきたり……」
わたしの言葉にエルフェリアは目を瞬いた。……あれ、ひょっとして……忘れてる……?
「わ、忘れてはいません。その、優先順位がかなり後ろの方になってはいましたけれど」
「……それはそれで大丈夫なの?」
わたしと違ってエルフェリアは異世界生まれだし、聖女だけあって友人知人も多いはずだ。突然こちらに来てしまって連絡の一つも取れなければさぞ心配であろう。わたしが迂闊に感応紋を起動してしまったせいなのだけど、あの時は通じると思ってなかったからねぇ……。
エルフェリアはそっと目を逸らして、パタパタと羽を振っている。そんな仕草も可愛い。
「だ、大丈夫です。きちんとやります。あの、その……この世界の色々なものにビックリして、甘い物も美味しくて……魔王も何も関係ない日々を、セツナと過ごせたのが、楽しくて」
「――」
最後に付け加えられた言葉に、今度はわたしが目を丸くした。
『わたしと過ごせたのが楽しい』
それが、とても嬉しくて。同じ気持ちを持っていられるのが、幸せで。
わたしはもう一度、エルフェリアの手をきゅっと握る。
「この世界に魔王はいなくて、もうわたしも勇者じゃないけれど。わたしも、これから先をエルフェリアと過ごして、色んなものを一緒に楽しんでいきたいと思うよ」
「……セツナ、それは一つ間違っています」
「うえっ!?」
ひょっとしてバカみたいな願望だって呆れられちゃった? ……というのは杞憂で。訂正されたのは別の個所。
「今でも、貴女は私の勇者様ですよ」
きれいな花のような……花よりももっとずっときれいだと思える、笑顔。
わたしは、この笑顔が曇らないようにしなければ。
「ふふ、そうだったね。わたしの聖女様」
もう一つの決意も、しっかりと胸に刻み込んだ。
「お姉ちゃん、もう出るよー。途中まで一緒に行くんでしょー?」
「今いくー」
玄関でわたしを呼ぶヒナタに応答しつつ、リュックの中身を最終確認する。テキストは入れた、提出物も入ってる。よし。
「じゃあわたしたちは学校行ってくるけど、エルフェリアは自由に過ごしてくれていいからね? 昼ごはんは冷蔵庫のやつ好きにしていいし、外に食べに行っても買いに行ってもいいから」
エルフェリアには合カギを渡しているし、情報端末にお金もチャージした。一応現金でもいくらか渡している。家のどこに何が入ってるかも教えたし、困ることはそうない……と思いたい。ここは生まれ育った異世界じゃなくて勝手が違うだろうから、どうにも心配になってしまう。
「セツナ……さすがに心配しすぎです」
「でもさぁ……」
「もし困ったことがあったら、メールを送りますから」
たしかにメールと通話のやり方は教えたけど、あれだけあたふたとした(可愛い)姿を見せられて、本当にいざという時に使えるのかどうかやはり心配に……!
「おねーちゃーん?」
「ほら、ヒナタが呼んでいますよ」
背中を押されて、渋々と玄関まで向かう。靴を履き、扉を開けたところで。
「行ってらっしゃい。セツナ、ヒナタ」
エルフェリアが笑顔で手を振ってくる。
このやりとりに、ほんの少し……両親を思い出して。
まるで家族みたいだな、って……ヒナタと顔を見合わせて、二人して自然と笑みが零れた。
「「行ってきます!」」
これにて第一章完です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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