24 帰還と誤算
あの後、精霊王のマントがボロボロになってしまったので、自力の飛行魔法で姿を隠しつつえっちらおっちら帰ったのだけれども……。
「え゛っ、中継されてたの……?」
「望遠だけど、各社のドローンが撮ってたよ。気付かなかった?」
「……気付かなかったです……」
などというオチが待っていました。なんてこったい。
「セツナ、動かないでください」
「――アッハイ」
エルフェリアに耳元で囁かれて背筋に妙なモノが走った。
思わず前のめりになっていた体を引き寄せられ、ぽすりと収まる。
……わたしは今、自室のベッドの上で、エルフェリアに背後から抱きしめられている状態である。勇気の炉心の反動で魔力が空っぽになっているのと、その直前に瘴気を浴びてしまったので、補給と治療という名目で。そりゃ中継なんてされればバレバレで誤魔化しようがないですよねぇ……どのみちボロボロの装備のせいでバレるか。完全に壊れない限り自動修復が働くけど、一朝一夕で済むものでもないし。
しっかし、勇者時代にこんな形で補給はされなかったんだけどなぁ……どういう理屈でしょうねぇ……。うぅ、ヒナタよ、そんな生温かい目で見ないでおくれ……。嬉しいんだけど恥ずかしい……。
コホンと咳払いをして、背中の柔らかいものをできるだけ意識から締め出して、詳しい話を聞く。
「えっと、どの辺りから映ってた?」
「んー、タワーの真ん中くらいかな?」
つまり、屋上での戦いはバッチリ映ってしまっているわけですね……。
「……レッドと関連付けている人はいる?」
「それは今のところいないかな? 戦い方が拳と剣で全然違ったのと、見た目も雰囲気も全然違ったからかもね」
ヒナタがわたしのイスに座って、器用にもくるくる回りながら情報端末で調べてくれた内容に、わたしは安堵の息を吐いた。そこが繋がらないのなら、しばらくは大丈夫でしょう。
「でもなんか色んな推測が飛んでいるよ。ニホンの秘密兵器とか、勇者とか、天使とか、神様の使いとか」
「……勇者は合ってるけど……神様の使い?」
「全身に淡く神々しい光を纏い、人の身では到底及ばぬ圧倒的な力を振るうあのお方はうんぬんかんぬん」
えぇー……なにそれぇ……。いやまぁ、神様に選ばれて勇者になった身としては間違いとはいえないかもだけど、わたしは精霊の加護をもらっただけの人間だし、わたし程度のレベルなら結構行けると思うけどなぁ。
渋い顔になるわたしに、ヒナタは苦笑を浮かべながらいう。
「でも実際、あの装備をしてるお姉ちゃんはちょっと近寄りがたかったかも?」
「……白髪とかいっておきながら?」
「精一杯の強がり?」
ヒナタは肩をすくめて、でもだんだんと顔をニヤけさせて。
「まぁ、今のお姉ちゃんに威厳なんてないのはわかるけどねぇ」
「うぐっ」
恥ずかしい状態なのはわかってるから、あんまりからかわないで……!
コホンと何度目かの咳払いをして、他の気になる話題へと移る。
「こっちでは、何も異常はなかった?」
「あたしにはなかったよ。でもエルおねーちゃんがたまに魔法を使ってたっぽい?」
「周辺に数体ですがモンスターが湧いておりましたので、倒しておきました」
「そっか、ありがとう。エルフェリア」
エルフェリアは聖女だけど、わたしの魔法の先生だけあって、わたしが使える魔法はほぼ彼女も使える。ヒーラーかつバッファーかつアタッカーのオールマイティ魔法使いだ。
お礼を示すようにおなかに回している腕をぺちぺち叩いたら、ちょっと締め付けが強くなった。……ひぃん……なんでぇ……。
「それでまぁ平和に中継を見てたってわけ。でも遠かったからあまりよくわからなかったんだよね。映ってなかった最初の部分も含めて、解説を聞きたいな!」
「あー、そうだねぇ……」
そうしてわたしは、今回のダンジョン攻略の話をしていくのだった。
……最後の、亀裂の件を除いて。
一応あれも映像に映ってたっぽいんだけど、やっぱり望遠だからよく見えなかったみたい。……それでよかったと思うよ。アレは一般人だと見るだけで卒倒するような代物だから、放送事故になるところだった。とりあえず『変なモンスターがいたから』とだけ言っておいた。全くの間違いでもないけど、ヒナタにこのような隠し事をするのはちょっとばかり心苦しい。
そうして言い淀んでいたのを疲れだと勘違いしたのか、ヒナタが「ここらでお開きにしよっか」と切り上げて。……最後に、
「ごゆっくり~」
などと余計なことを言って、わたしの部屋から出ていった。
……エルフェリアと二人きりになって、またも意識してしまう。背中全体で感じるほんのりとした熱を。……これには魔力譲渡の分も入っているのだけれども、確実にそれだけではなくて。
「……あの、エルフェリア。……なんで今回はこの体勢……?」
「今はうるさいことをいう人がいませんので」
「それは……そう、だね……?」
エルフェリアは聖女である。そして聖女であるがゆえに、様々なしがらみに縛られてしまっていた。誰かにみっともない姿を見られるのなんてご法度だろう。今にして思えば、いつも優しい笑顔を浮かべていたけれど、誰にも踏み込ませまいと気を張って、線を引いていた気がする。
今ここに、彼女との間に線はない。それがこの遠い地でしがらみを気にしなくてよくなっただけではなく、わたしは踏み込んでも大丈夫だと思ってくれているのなら、それはとても嬉しい。
わたしは緊張で丸まっていた背を伸ばし、エルフェリアの方へと体重をかける。
「セツナ?」
「いやまぁ、せっかくなので甘えさせてもらおうかな、と」
背後で顔は見えないけれど、ちょっと驚いてから笑ってくれたような気配がした。
しかし……線と言えば。エルフェリアは、彼女には随分と気安かったような気もするな……?
「……リオ、元気かなぁ?」
「………………どうして、今、その名前が、出てくるのですか……?」
「え? だってエルフェリア、いっつもリオと口ゲンカしてたから、付き合いやすい相手だったのかな、って思い直して」
リオは、魔王退治のパーティメンバーの一員の女剣士だ。剣の腕はわたしよりも強く、バフなしでは勝てない人だった。大雑把で、勝気で、豪快で、エルフェリアの対極のような女性。
いつもエルフェリアと口ゲンカをしていて気が合わないのかと思ってたのだけど、仲が悪いという感じとも言い切れなくて。単に嫌な相手だったらエルフェリアは笑顔であしらいそうなのに、口ゲンカとはいえ繰り返し相手をしていたのなら、多分違う面があったんじゃないかなぁ……と――いででででっ!?
「ちょ、エルフェリア!? おなか、しまってるんだけど!?」
「……いえ、セツナのおかげで、あの日々のもやもやを思い出してしまいまして」
「ご、ごめん!?」
謝ったらなんとか力を緩めてくれてホッとする。いやまぁ、ねぇ……おなかがしまってる痛み以上に、背中が、そのですね……。怒られている時ですらそんなことを考えてしまう自分がなんか悲しい。
「セツナはバカです……」と小さな呟きが聞こえてきたけど、はい、わたしはバカです、ごめんなさい……。




