03 異なる時の流れ
「五年前にダンジョンができたって……どういうこと……!?」
「どういうことと言われても……めちゃくちゃニュースになったし、お姉ちゃんも観てたよね?」
……頭の中の記憶を引っ搔き回してもそのようなものは出てこない。混乱するわたしに、隣のエルフェリア様が推測を挟んでくる。
「セツナ様の時を戻したことで、どこかで齟齬が発生してしまったのかもしれませんね……」
「えぇ……」
わたしが勇者として活動してたのは五年。だから五年分の時間を巻き戻してもらって帰ってきたと思ったら……元の世界には五年前からダンジョンが生成されていたことになった。
……これは、もしかして。
「……わたしのせいで、この世界に魔力が湧き出して、ダンジョンが生成された……?」
五年という数字。たかがそれだけのこと。されどそれだけのもの。
嫌な想像に、わたしの顔からサーッと血の気が引き、全身に寒気が走り、くらりと揺れて――
「セツナ様、それは違います」
倒れる前に、エルフェリア様がわたしを支えてくれた。肩に触れた手はどこまでも温かく、じんわりと、いたわりが伝わってくる。
「おそらくですが、セツナ様のこの世界と私の世界は、元々近かったのだと思います」
「近い……?」
「えぇ。だからこそ神は貴女を選び、召喚魔法という経路が繋がった」
遠いようで近い、薄皮一枚で隔てられた世界。
それがなんらかの理由で境界が破れ、魔法が流れ込んだ。
エルフェリア様はダイニングの大きな窓から、ツインタワーのダンジョンを見やる。
「似たダンジョンが生成されたのは、魔力の発生源が同じだからでしょうね」
「でもそれがわたしのせいじゃないという話には――」
「遅かれ早かれそうなっていたということで、決して貴女のせいではありません。強いていうのであれば、召喚魔法で道を繋げた神のせいです」
強い瞳で見つめられ、わたしはそれ以上続けることはできなかった。
神に仕える聖女が神のせいにするとは、随分大胆なことをいうものだ。でもそのおかげで……少し気が楽になった。
へにゃりと情けない笑みを浮かべてから、ヒナタへと視線を戻す。
「……ごめん、そういうことで覚えてないから、この五年のことをざっくり説明してもらってもいいかな……?」
「いいよー。えっとね――」
ヒナタの説明をまとめるとこうなる。
ダンジョンは五年前に突如として世界中に生成された。頻度はとても少ないけど、今でも新たに生成されることがあるらしい。
もちろん世界は大混乱に陥ったが、人間とは強かな生物。ダンジョンの中には凶悪なモンスターがおり危険なのだが、様々な素材が入手できると判明したことで、有効活用しようと舵を切った。ここは異世界と同じだね。
そうして生まれたのが探索者と、探索者協会。十五歳以上で、講習を受けてライセンスを取得する必要はあるが、誰もが探索者としてダンジョンに潜れるようになった。
今ではエンタメとして、ダンジョン配信というものが――
「は? ダンジョンで配信?? ……えっと、事故とか大丈夫なの……?」
「んー、協会としては、慣れさせたいみたいだねぇ。ダンジョンからモンスターが出てくることもあるんだし……慣れておかないと困る、みたいな」
……どうやら、警察官であるわたしたちの両親は、その出てきたモンスターに殺されたらしい。わたしの記憶では、両親は事件に巻き込まれて死んだのだけど……人々を守ろうとして死んだのは、どちらも変わらないみたいで。悲しくもあり、誇らしくもある。
「で、人助け大好きお姉ちゃんは、探索者科のある高校の一年生。探索者になればお金も稼げて人助けもできて一石二鳥だーって」
「なる……ほど……?」
わたしがやりそうなことではある……! 警察官の両親の影響もあって人助けが趣味で、それで勇者にすらなったくらいですからね……!
く、隣のエルフェリア様の微笑ましいものを見るような視線がとても恥ずかしい……!
「まぁ……勇者の力が使えるみたいだし、その意志を踏襲してダンジョンでお金を稼ぐのは実際にアリだね……」
両親が残してくれたお金があるのでしばらくは生活に困らないけど、一生食っていけるわけでもない。むしろ勇者の力を活かせる場ができたとも言える。……不謹慎か?
とりあえず、わたしのことはこれでいいとして。
「ところでエルフェリア様。転移でこちらに来てしまいましたけど……帰れます?」
「……え? 私は……その……帰った方がいい、ですか……?」
「え? た、多分、周囲の人に何も伝えずに飛んできちゃいましたよね? 大丈夫なんですか?」
「あ……それも、そう、ですね」
エルフェリア様は一瞬だけ不安そうな顔をしてから、アッと問題点に気付いて目を丸くさせる。
もしも……『帰った方がいいですか?』というのが、『離れたくない』という意味だったとしたら、とても嬉しいのだけど……報連相は大事なので放置はよろしくない。聖女様なんだし。
エルフェリア様は目を閉じ、魔力を練り始め……一分もしないうちに、霧散させる。その長い耳をへにょりとさせて。
「……繋がりません」
「……それは……つまり……」
「……帰れません……」
oh……なんてこったい。
「あー……ヒナタ、いいかな? 元はといえばわたしのせいだし……」
「いいんじゃない? 空き部屋もあるし、お姉ちゃんの恩人は放っておけないよ」
「……お手数をお掛けいたします……」
ということで、エルフェリア様は帰還方法を模索しつつ、ついでにこの世界の魔力やらダンジョンやらを調べつつ、うちで暮らすことになりましたとさ。
……むぅ、ちょっと、いや、かなり緊張するぞ? そりゃ異世界ではずっと一緒だったけど……あの時は勇者としての使命とか、緊張感とか……別れることを決めてたとか、そういうのもあったからさぁ……。
空き部屋兼物置部屋を軽く片付けて掃除し、お客様用の布団を出す。日用品はわたしたちの買い置きを流用するとして……。
「エルフェリア様、着替えって持ってます?」
「あ、はい。空間収納に入っています」
言いながらエルフェリア様は虚空から袋を取り出した。……聞いておいてなんだけど、これも使えたのか。後でわたしも中身を確認しておかないとな。
他に何がいるかなぁと考えていたわたしに、エルフェリア様はおずおずと声を掛けてくる。
「あの、本当に申し訳ありません……」
「いやいやいや、さっきも言ったけどわたしのせいだし、気にしなくていいですよ!」
それでも、しゅん、とまた耳を萎れさせている。たれ耳かわいい……じゃない。落ち込んでいる相手になんて失礼な感想を抱いてしまうんだ。
憂い顔をなんとかしようと、わたしはつい軽口を――
「いや本当に! むしろエルフェリア様にまた会えたのがめちゃくちゃ嬉しいくらいですから!」
「……それ、は……」
「今生の別れと思ってたんですけどね! あっさり再会できちゃって、拍子抜けするべきか感動するべきかちょっと悩んじゃいますけど――」
軽口は、そこで止まった。
エルフェリア様に、正面から抱き締められたから。
「……私も、セツナ様にまた会えて嬉しいです」
「――」
その言葉が、胸に刺さって。
……けれど同時にとても恥ずかしくて、ヘタレなわたしは抱き締め返すこともできず。
鼓動と手をあわあわとさせているうちに、温もりが離れていってしまった。……ぐぬぅ。
エルフェリア様はわたしを見て――わたしの顔が赤くなっていることにも気付いているだろうに……いや、気付いているからこそか?――、ふわりと、思わず見惚れる笑顔を向けてくる。
「これからまた、よろしくお願いいたしますね。私の勇者様」
「――っ。はい、よろしくお願いします。わたしの聖女様」




