02 早々の再会と勇者バレ
私は慌てて窓を開けてベランダに飛び出し、ツインタワーを見る。
視界拡張を行いじっとあちこち確かめてみると、細部はちょこちょこ違うけれど全体的によく似た、異世界のあの――
「いやいやちょっと待って、なんで魔法が使えてるの!?」
あまりにシームレスに行われたものだからスルーするところだったけど、元のわたしは魔法なんて一切使えない普通の女子高生だったのだ。わたしだけじゃなく、みんながそうだ。世界に特殊な力なんて存在していなかった。今のわたしが使えるはずがないのに……!
「ひょっとして、勇者としての力を持ったまま帰ってきた……? それは辛うじて理解できるとしても、エネルギー源となる魔力もなしに魔法が使えて、ダンジョンも生えているのはなんで……?」
魔法の発動には魔力を必要とし、魔力切れ中は使用できない。
ダンジョンは、異世界において魔力の凝縮と歪みから生成された構造物だった。
どちらも魔力が存在しないこの世界では使用できない、存在しないものであるはず。
「逆に考えると、ダンジョンが生えているということは、魔力が存在するということで……だからわたしは魔法が使える……?」
わたしの気付かぬ間に天変地異が起こって、魔力が湧きだした。世界に魔力が漂うことでダンジョンも生成され、魔力を必要とする魔法も使える。それならちょっと苦しいけど辻褄は合う。
「だからといって……異世界と同じようなダンジョンが生えているのはおかしいよ。偶然にしてはできすぎている……」
腕を組んで唸りながら部屋をぐるぐると周ってもみても、ベッドの上でごろごろ転げてみても、答えなどでない。わたしはそんなに頭が良いわけでもないのだ。
天井を眺めながら体内の魔力を巡らせてみる。勇者時代と特に変わりなく動かせる。大気中からの魔力補充も……できる。世界に、魔力が存在している。
その時――胸が、チリと疼いた。
視線を胸元へと移す。そこは傷も何もないけれど、見えない紋章――感応紋が刻まれている場所だ。トラブルで離ればなれになった時に、聖女様に素早く所在地を知らせるための目印。
「……まさか……これも、機能が生きている……?」
私はおそるおそる、感応紋へと魔力を流し、起動してみる。
すると。
『――? ――っ!? ――ツナ様!?』
何回かノイズが走った後に……繋がった。
――もう二度と聞くことはないと思っていた、好きな人の声。
つい先ほど別れたばかりだというのに、声が聞けたことで放心してしまい。
『――まさか、送還に異常が生じましたか!? 今、そちらに飛びます!』
「えっ」
応答もできないでいるうちに。
天井に、魔法陣が展開された。
部屋いっぱいに光が溢れ、人の輪郭が次第に浮かび上がり――
「セツナ様! ……きゃあっ!?」
「エルフェリア様! げふっ!?」
落ちてくるエルフェリア様を受け止めようと身を起こすけどほんの少しだけ遅く、そのままわたしのお腹の上へと落下してきた。……クッションの利いたベッドの上だったのと、鍛えた勇者の体のままだったのが幸いだった。ひ弱なただの女子高生のわたしだったら痣の一つもできていたことだろう。
ゲホゲホと咳込むわたしの上に乗ったまま、エルフェリア様は肩を掴んで揺さぶってくる。
「ご無事ですか!? 体の一部が消失していたりしませんか!?」
「ちょ、送還ってそんな物騒なものだったの!?」
「感応紋が起動できるということは、魔力がある場所ということです。つまり、貴女が故郷ではなく別の場所、最悪の場合は狭間に飛ばされたのかと……!」
「こっわ!? えっと……ちゃんと、わたしの部屋だよ?」
「……え?」
エルフェリア様は体を起こし、ゆっくりと周囲を見回す。何の変哲もない、ただの部屋。……散らかってなくてよかった。
混乱で状況が飲み込めないでいるエルフェリア様にどう説明したものかと考えている間に、さらなる、ある意味順当な乱入者が追加される。
「ちょっとお姉ちゃんー、変な音がしたけど大丈夫ー?」
そんな声と共に部屋のドアが開けられる。
わたしのことをお姉ちゃんと呼ぶのはただ一人、ヒナタだけだ。
五年振り(わたし視点)に会うヒナタは中を……つまり、わたしたちを見て。徐々に、目を見開き。
「お姉ちゃんが知らない女のヒトを連れ込んだ挙句に押し倒されてるー!?」
「間違ってないけど誤解ィ!!」
ダイニングへと移動し、テーブルを三人で囲ってのお話し。わたしとエルフェリア様が隣でヒナタが向かいの位置だ。なんだか尋問を受けている気分になって落ち着かない。
勇者としてのことを話すかどうか迷っていたけれど……エルフェリア様が居てはごまかしもできず、ちびちびとホットココア(これも懐かしい味である)を飲みながら正直に話してみたら。
「そっかぁ……お姉ちゃん、大変なことしてたんだね……」
ヒナタは短めのポニーテールを揺らしながら頷き、あっさりと受け入れた。元よりヒナタは『まぁいいか』で流して受け入れることが多い、よくいえば大らかな性格だけれど……あまりにもあっさりでわたしの方がびっくりする。
「……ヒナタを騙す気はひとかけらもないんだけど……その、こんなとんでもない話を信じるの?」
「いや、だってさぁ……明らかにニホン人どころかチキュウ人ですらなさそうな人が目の前に居たらねぇ……?」
遠慮がちにヒナタはエルフェリア様に視線を向ける。……まぁ、そうかも?
エルフェリア様は金髪碧眼だ。これだけなら外国人にいそうだけれども……彼女はそれに加えて耳が長く、背中に羽が生えている。異世界において貴種と呼ばれる種族だ。耳が長いだけならまだしも、羽が生えていては疑う余地もないだろう。パサパサと動いて作り物でないことも確認済だ。
「わたしが勇者だったってことに、笑わないの?」
「んー、お姉ちゃんがあたしにそんなウソついてもなーんにもならないし、むしろめちゃくちゃお姉ちゃんのやりそうなことだーって納得したかなぁ」
「……さいですか……」
しっかりと性格を把握されてますねぇ……ウフフ。
「えっと、えるふぇりあさま、でしたっけ?」
「は、はい」
ヒナタに改めて声をかけられ、エルフェリア様が身を固くする。果たして何を言うのだろうか、わたしも固唾を飲んで見守っていると……意外な、言葉が出てくるのだった。
「お姉ちゃんがお世話になりました」
「え……? わ、私は、貴女のお姉さんを危険な目に……」
「お姉ちゃんを勇者に選んだのはカミサマで、おねーさんが選んだわけじゃないんでしょう?」
「それはそうなのですが……」
「だとしたら、あたしがいうべきはやっぱりお礼です。お姉ちゃんの言葉の端々からおねーさんへの信頼が見えます。おねーさんのおかげで、お姉ちゃんが元気なままで帰ってきてくれました。ありがとうございました」
「「――」」
……帰ってきた。
そう、わたしは、帰ってきたのだ。
だとしたら……言わなければいけないことがある。
わたしは椅子から立ち上がり、ヒナタの背後に向かって……椅子の背もたれごとヒナタを抱き締める。
「……うん、帰ってきたよ。ただいま、ヒナタ」
「ンフフ……あたしからすればお昼ご飯で顔を合わせたばかりなんだけどねぇ…………お帰り、お姉ちゃん」
しばらくの間、しみじみと噛みしめて。
少し照れ臭くなって、へらりと笑ってから席に戻り、気になっていた話題へと移る。
「ところでヒナタ。ツインタワーの……あのダンジョン、何? いつの間に生えてきたの……?」
無事に帰ってきたと思ったのだけれども、大きく異なる一点。バタバタしてて説明できていなかったので、エルフェリア様も窓の外を見て目を丸くしている。
わたしの問いに対し、ヒナタは首を傾げ。
「? 何言ってるのお姉ちゃん。ダンジョンは五年も前にできたでしょう?」
……え?




