01 勇者は異世界を救った
儀式の間は淡い光で揺らめいていた。光を放つは、部屋の中央に描かれている魔法陣。部屋の隅に幾人か立っていたが、言葉を発することなく見守っている。
動いているのは、ただわたしたち二人のみ。
「……セツナ様。本当に帰ってしまわれるのですか……?」
「はい、エルフェリア様。……妹を、一人にはしておけませんから」
魔法陣を挟んで、わたし――相良セツナは、聖女エルフェリア様と向き合っていた。
腰にまで届く長い金髪に碧眼。美術品のように綺麗な顔をしており、性根も心優しく穏やかで、まさに聖女と呼ぶに相応しい人。光に照らされる姿は幻想的で、こんな時でなければ溜息をいくつも漏らしていたことだろう。
……その顔をわたしが曇らせてしまっていることに、胸に痛みを覚えた。
でも、仕方がないのだ。
わたしは……魔王退治のために勇者として召喚された、別の世界の人間なのだから。
あれは忘れもしない、五年前の十五歳の春。床に召喚魔法陣が突如として現れ、光に包まれたかと思えばこの異世界アルスリオにやって来ていた。
『勇者様、どうかこの世界をお救いください』と。
……普通であれば、『勝手なことを言うな!』と怒るべきシーンなのだろうけれど、人助けがライフワークのわたしは二つ返事で引き受けてしまった。我ながら単純すぎると思う。
資質があるから召喚されたのだとしても、血を伴う戦いとは無縁だった子どもの身。初めの頃はモンスター一体倒すのも一苦労だった。
いっぱい傷付いて、悔しい思いをして、厳しさに泣いて、それでも立ち上がって。なんとかかんとか、五年の歳月をかけて魔王を倒すことができた。
わたしが魔王を倒せたのは、わたしの目の前に立っているエルフェリア様のおかげだと誇張なく言える。もちろん他の色々な人にもお世話にはなっているけれど、彼女には一際お世話になった。
召喚当初のとても弱かった時、誰もがわたしに落胆する中で、根気よく付き合い続けてくれて。勇者のパーティーメンバーとして直接的に、そうでなくても間接的に。いっぱい、一番側で支えてくれた人。
じっと、エルフェリア様を見る。熱と諦観の籠った瞳。
その色にわずかに決心が揺らぎ……口を引き結んで我慢する。
『あなたのことが好きでした』
なんて、帰ることを決めたわたしが言うことではない。
……自惚れでなければ、わたしも彼女に好かれているのだと思う。だからこうして、最後まで引き止められている。帰りたくないという気持ちがないでもない。
それでもわたしは……両親を失い、たった二人だけの家族となった、元の世界に残してきた妹を一人にはしておけない。
だから未練を断ち切る。せめてありったけの感謝を込めて、笑顔で。
「エルフェリア様。今までありがとうございました。わたしは決して、あなたのことは忘れません」
「……っ。はい、セツナ様。私も、貴女のことは忘れません。どうか……お元気で」
その言葉を最後に、一度は交差したわたしたちの道は、分かたれた。
「……ん……」
送還の光が収まり、瞼を開けると……そこは、懐かしき自室だった。
「えっと……元の時間に戻してくれるっていう話だったけど……」
机の上に置きっぱなしだった情報端末を手に取る。バッテリーは……切れていない。ディスプレイに映るのは、わたしが召喚されたその日、『四月三〇日』の文字。続けてスタンドミラーで全身を見る。何の変哲もないショートカットの自分の顔。五年の間で大して身長は伸びなかったのだけど、十五歳の頃の、少し幼い自分に戻っている。
大きな懸念事項が問題なかったと確認できて、わたしはほぅっと息を吐いて肩の力を抜いた。魔王を倒せばリソースが回復するから可能と聞いていたけど、帰ることそのものも含めてずっと不安として残っていたのだ。
「はは、あれもこれも懐かしいや」
本棚の本(ただし大半はマンガである)。ベッドの上のお気に入りのぬいぐるみ。そして……卓上の、家族写真。
わたしと、妹と、両親の。
五年振りの家族の顔に、わたしの目は思わず潤んだ。
「……ただいま。お父さん、お母さん、ヒナタ」
そういえばヒナタはこの時間どこに居るんだったか。自分の部屋に居るかな? いや、時間を置いて落ち着いてからじゃないと駄目だ。出会い頭に姉に泣かれては妹も迷惑だろう。……五年間勇者として戦ってました、なーんて言っても信じてもらえないだろうし。
目元を拭い、窓の外を眺める。わたしの部屋からは、駅前のランドマークであるツインタワーがよく見え――
「……は?」
目をこすり、何度も瞬きをして、見直して。
それでもやっぱり……ツインタワーが見える。
片方は、上部が崩れて。
もう片方は……異世界で何度も見慣れた、超高層タワーダンジョンが生えていて。
「…………………………なんで?」
わたしの呆然とした呟きは、誰に届くでもなく虚空に消えていった。




